オートファジーを介した細胞老化の制御メカニズムを解明
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科の井本ひとみ 特任助教(常勤)(遺伝学)、中村修平 准教授(遺伝学/大学院生命機能研究科 細胞内膜動態研究室/高等共創研究院)、吉森保 教授(遺伝学/大学院生命機能研究科 細胞内膜動態研究室)のグループは、猪阪善隆 教授(腎臓内科学)、微生物病研究所 原英二 教授らのグループと共同で、オートファジーを介して細胞の老化を遅延させる新たなメカニズムを明らかにしました。
これまでに研究グループは、オートファジーを抑制する因子Rubicon(ルビコン)を発見し、Rubiconの抑制によるオートファジーの活性化が個体の老化を抑制すること、またモデル動物の加齢性疾患を抑制して健康寿命を延長することを明らかにしてきました。一方、脂肪細胞ではRubiconが加齢によって減少し、これが生活習慣病をもたらすことを示してきました。このように、Rubiconによるオートファジーの制御メカニズムの解明は老化や加齢性疾患の病態発症・進行の理解につながると考えられます。
今回、研究グループは、転写因子MondoAがRubiconを抑制することでオートファジー活性を維持し、細胞の老化を遅らせることを明らかにしました。また、MondoAは、抗酸化酵素であるPRDX3(ペルオキシレドキシン3)を保ちミトコンドリアを正常に機能させることによっても、細胞の老化を遅延させることを示しました(図1)。さらに、マウスやヒトの腎臓を用いた解析で、老化や急性腎障害後の慢性腎臓病進展の病態にMondoAが関与していることも明らかになりました。これにより、MondoAの活性化が個体の老化抑制や加齢性疾患の治療に応用されることが期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Cell Reports」に、3月2日(水)午前1時(日本時間)に公開されました。
図1. 研究概略
転写因子MondoAは、Rubiconを抑制することでオートファジー活性を保ち、またPRDX3を維持してミトコンドリアを正常に機能させることにより、細胞の老化を遅延させる
研究の背景
これまでオートファジー活性の維持は個体老化の抑制や寿命の延伸に関わると考えられてきましたが、なぜオートファジーが老化過程で低下するのか、またなぜオートファジーが活性化すると個体の老化や加齢性疾患が抑制されるのか、といった詳細なメカニズムは不明でした。本研究グループは以前、オートファジーの負の制御因子Rubiconが加齢に伴って増加すること、またRubiconを欠損したマウスではパーキンソン病や腎線維化など加齢性疾患の病態が改善することを明らかにしてきました。
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190219_2
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220118_1
一方で、脂肪細胞では加齢に伴ってRubiconが減少し、これが生活習慣病につながること(https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200820_2)、精巣内のセルトリ細胞ではRubiconが低下すると精子形成や妊よう性が低下するといったことも示してきました(https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210806_1)。これらのことから、Rubiconによるオートファジー制御の理解は、様々な疾患の理解につながると考えられます。
老化したマウスから老化した細胞を取り除くと加齢性疾患の発症が遅延するという論文が2011年に発表されて以来、細胞の老化に着目する研究が増えましたが、オートファジーと細胞の老化を制御するような因子はこれまでに見つかっていませんでした。一方、本研究グループは寿命が延長した線虫ではオートファジーが活性化し、その経路に転写因子MondoAが関わっていることを報告していました。しかしながら、MondoAが哺乳類の老化をコントロールするのか、またその詳細なメカニズムについては不明なままでした。
研究の内容
本研究グループは、老化した細胞でRubiconが増加し、Rubiconをノックダウンしてオートファジーを活性化すると細胞の老化の程度が軽減することを明らかにしました。また、転写因子MondoAをノックダウンすると、オートファジーの低下とともに細胞の老化が誘導されました(図2)。MondoAによって制御される因子をRNA-sequence(RNA-seq)を用いて探したところ、MondoAがRubiconを抑制していることを発見しました。MondoAとRubiconの両方をノックダウンすると、オートファジー活性の回復と共に細胞の老化が軽減したことから、MondoAのRubicon抑制によるオートファジーの維持は細胞の老化を遅延させることを示しました。さらに、RNA-seqでMondoAがミトコンドリアにある抗酸化酵素PRDX3量を維持していることも明らかになりました。PRDX3をノックダウンした時の細胞の老化の程度を調べたところ、MondoAをノックダウンした時と同様に、細胞が老化した時にみられるミトコンドリアの形態異常や機能異常が観察されました。RubiconとPRDX3は互いに独立した経路であることも明らかにしています。これらのことから、転写因子MondoAがRubiconを抑制してオートファジー活性を維持し、またPRDX3を介してミトコンドリア機能を保つことで細胞老化を抑制することを解明しました。また、腎尿細管細胞の老化は急性腎障害後の慢性腎臓病の進展に中心的な役割を果たすことが知られていますが、腎尿細管細胞のMondoAを欠損させたマウスでは老化した細胞が増加しました。さらに高齢者や急性腎障害後の腎臓では老化細胞の増加とともにMondoAが減少していました(図3)。この結果はMondoAの減少がヒトにおける老化や加齢性疾患の進行に深く関わっていることを示唆するものです。
図2. MondoAのノックダウンは細胞の老化を促進する
転写因子MondoAをノックダウンすると(右)、老化した細胞(青)が増加する
図3. ヒト腎臓において老化細胞の増加とともにMondoAが減少する
若齢者(上)、高齢者(中)と急性腎障害後(下)の腎臓。転写因子MondoAの核(青紫色)における染色性は高齢者や急性腎障害後の腎臓では低下しており(左、茶)、これと一致して老化した細胞が増える(右、茶)
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、細胞の老化とそれによって引き起こされる個体の老化、さらには加齢性疾患の発症メカニズムの一端を明らかにしました。MondoAはオートファジーだけでなく、ミトコンドリアの機能を維持することによっても細胞の老化を遅延させることから、その両者をコントロールすることで、歳を重ねても老化を遅らせることができれば、それによる加齢性疾患の発症が遅延して健康寿命も延長することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年3月2日(水)午前1時(日本時間)に国際科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Age-associated decline of MondoA drives cellular senescence through impaired autophagy and mitochondrial homeostasis”
著者名:Hitomi Yamamoto-Imoto1, Satoshi Minami1,2, Tatsuya Shioda3, Yurina Yamashita3, Shinsuke Sakai2, Shihomi Maeda2, Takeshi Yamamoto2, Shinya Oki4, Mizuki Takashima3, Tadashi Yamamuro1, Kyosuke Yanagawa1,5, Ryuya Edahiro6,7, Miki Iwatani1, Mizue So1, Ayaka Tokumura1, Toyofumi Abe8, Ryoichi Imamura8, Norio Nonomura8, Yukinori Okada6,9,10, Donald E. Ayer11, Hidesato Ogawa12, Eiji Hara13,14, Yoshitsugu Takabatake2, Yoshitaka Isaka2, Shuhei Nakamura1,3,15*, and Tamotsu Yoshimori1,3,10*(*責任著者)
所属:
1 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝学
2 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学
3 大阪大学 大学院生命機能研究科 細胞内膜動態学
4 京都大学 大学院医学研究科 創薬医学講座
5 大阪大学 大学院医学系研究科 循環器内科学
6 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
7 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
8 大阪大学 大学院医学系研究科 泌尿器科学
9 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学
10 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
11 ユタ大学 Huntsman Cancer Institute, Department of Oncological Sciences
12 大阪大学 大学院生命機能研究科 細胞核ダイナミクス学
13 大阪大学 微生物病研究所
14 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 老化生物学
15 大阪大学 高等共創研究院
なお、本研究は日本医療研究開発機構(AMED) 「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト(分担課題名:オートファジーによる寿命延長機構)」(吉森保)、革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域(研究開発課題名:生殖腺によるオートファジー活性化を介した寿命制御機構の解明)(中村修平)、日本学術振興会科学研究費補助金によりサポートされる研究の一環として行われました。
参考URL
大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝学/生命機能研究科 細胞内膜動態学
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/yoshimori/jp/
用語説明
- オートファジー
細胞が自己の一部を分解する機能のこと。まず、オートファゴソームと呼ばれる脂質二重膜で隔離され、それがリソソームと融合したあと、リソソーム内の加水分解酵素により分解される。
- 転写因子
複数種類のタンパク質の合成を制御することで、個々の細胞にとって必要な機能を維持している。
- Rubicon(ルビコン)
Run domain Beclin-1 interacting and cysteine-rich containing protein。本研究グループの吉森教授らがオートファジーの抑制因子として発見したタンパク質である。PI3Kという酵素複合体に結合し、オートファゴソームとリソソームの融合を負に制御している。
- 抗酸化酵素
活性酸素を無害化する酵素群。スーパーオキシドジスムターゼ、グルタチオンペルオキシダーゼ、カタラーゼなどがある。
- RNA-sequence
全転写物の塩基配列を決定する手法。転写産物の発現定量だけでなく、選択的スプライシングの同定や新規転写産物の予測もできる。