中止されたRAS阻害薬の再開が腎予後・生命予後を改善する
慢性腎臓病患者6,065の症例から判明
研究成果のポイント
- 慢性腎臓病(CKD)患者において、中止されたRAS阻害薬を再開することが、腎予後・生命予後の改善と関連することを明らかに。
- RAS阻害薬はCKD治療の中心となる薬だが、副作用のためしばしば投与が中断されることがある。
- 腎臓内科医が管理するCKD患者であっても、RAS阻害薬中止後の再開率は37%にとどまった。
- RAS阻害薬を再開したグループは、再開していないグループと比較して、複合腎アウトカムと全死亡のリスクが低かった。また、副作用である高カリウム血症と再開との関連は認められなかった。
- ただし、急性腎障害後に中止された症例ではRAS阻害薬の再開の利益が減弱する可能性がある。
概要
大阪大学医学部附属病院の服部洸輝 医員(研究当時、現: 淀川キリスト教病院腎臓内科医長)、大阪大学大学院医学系研究科腎臓内科学の坂口悠介 特任助教(常勤)、猪阪善隆 教授らの研究グループは、研究グループとその関連施設の腎臓内科が構築した保存期CKD患者のリアルワールドデータベースOCKR(The Osaka Consortium for Kidney disease Research)を用いて調査を行い、レニン-アンジオテンシン系阻害薬(RAS阻害薬)投与が中止された慢性腎臓病(CKD)患者において、同薬を再開することが腎予後・生命予後の改善と関連することを明らかにしました。
RAS阻害薬は高血圧や心不全、慢性腎臓病の治療に使用される薬剤で、降圧効果に加えて、心・腎保護効果をもたらします。CKD患者に対しても腎予後を改善する効果が認められており、CKD治療の中心的な薬剤として処方されています。しかし、高カリウム血症や急性腎障害などの副作用という理由からしばしば中止されることが課題とされてきました。また、中止後の再開の是非はこれまで不明でした。
データベース中、RAS阻害薬の処方が中止された6,065例のCKD患者のうち、1年以内に処方が再開されたのは2,262例(37%)でした。RAS阻害薬の再開と非再開をTarget trial emulationと呼ばれる統計手法を用いて比較したところ、再開群では、複合腎アウトカムと全死亡のリスクが非再開群よりもそれぞれ15%および30%低かったことが判明しました。一方、RAS阻害薬の副作用である高カリウム血症の発生に有意差は認められませんでした。
本研究結果から、いったん中止されたRAS阻害薬をその後適切に再開することにより、腎予後・生命予後の改善につながることが期待されます。高カリウム血症等の副作用に一定の注意を払う必要はありますが、再開を積極的に考慮する診療スタンスが有益である可能性があります。
本研究成果は、2024年6月18日に米国科学誌「Journal of the American Society of Nephrology」(オンライン)に掲載されました。
研究の背景
慢性腎臓病(CKD)は日本人の約10%が罹患する慢性疾患であり、超高齢化社会における新たな国民病として注目されています。CKDは主に生活習慣病や加齢により進行し、末期腎不全に至れば透析療法を要するだけでなく、心血管イベントや骨折のリスクを著明に上昇させます。医療費への負荷も甚大であることから、CKDの進行を抑制するための治療戦略の確立は喫緊の課題です。
RAS阻害薬はCKD患者の腎予後を改善することが証明された数少ない薬剤の一つですが、高カリウム血症や急性腎障害などの副作用のためにしばしば中止されます。RAS阻害薬の中止はCKD進行や死亡と関連するため、一端中止されても適切に再開することが望ましい可能性がありますが、臨床エビデンスは不足していました。
研究の内容
研究グループは、CKD患者のリアルワールドデータベースであるOCKRを用いて、登録されたRAS阻害薬中止症例(6,065例)を対象としてRSA阻害薬とCKD患者の予後の関連を調査しました。
その結果、まず、中止後1年以内に再開された症例(再開群)は2,262例(37%)と半数以下であり、いったん中止されると再開されにくい臨床実態が浮き彫りとなりました。
次に、RAS阻害薬再開の有無と臨床アウトカムの関連を調査しました。両者の関連を観察データで解析する場合、RAS阻害薬を再開された症例は、『再開までは透析をせずに必ず生存している』という“不死時間バイアス(Immortal Bias)”を生起し、再開群に不当に有利な結果をもたらします。本研究ではこのようなバイアスに対処するため、Target trial emulationと呼ばれる観察研究を用いてランダム化比較試験(RCT)の結果を模倣する統計手法を導入しました。
Target trial emulationの手法としてCloning-Censoring-Weighting法を用いて、再開群と非再開群を比較したところ、非再開群に比し、再開群では複合腎アウトカム(腎代替療法開始、推算糸球体濾過率[eGFR]50%以上低下、eGFR 5mL/分/1.73m2未満への到達)のハザード比(HR) 0.85 (95%信頼区間[CI]: 0.78-0.93)、および全死亡のHR 0.70 (95%CI: 0.61-0.80)と、いずれも有意に低値でした。一方、高カリウム血症(血清カリウム値 ≥5.5 mEq/L)の発生に有意差は認めませんでした(HR: 1.11, 95%CI: 0.96-1.28)(図1)。
以上のことから、RAS阻害薬の再開は良好な腎予後・生命予後と関連するが、高カリウム血症の発生とは関連しないということが明らかになりました。
ただ、興味深いことに、RAS阻害薬の中止前3か月間に急速な腎機能低下(eGFR低下率30%以上)や急性腎障害(AKI)があったサブグループでは、RAS阻害薬再開と腎予後・生命予後の関連が消失しました。このような患者層では、再開後にもAKIを繰り返すリスクが高いことが予想され、再開することのメリットが減弱すると推察されました。
図1. RAS阻害薬中止後からの月数と、複合腎アウトカム、前死亡、高カリウム血症の関連
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
RAS阻害薬によるCKD患者の予後改善が大規模ランダム化比較試験で証明されて以来、同薬は20年以上に渡りCKD診療における薬物治療の根幹として広く処方されてきました。しかしながら、実臨床における使用方法については課題も残されており、特に中止率の高さや、その後の再開の是非についてはエビデンスが不足していました。
本研究は、RAS阻害薬中止後の再開が末期腎不全への進行や死亡のリスクを低下させる可能性を見出した一方で、AKI後に中止された症例では再開の利益が減弱する可能性も示しました。これらの結果は、個々のCKD患者の臨床コンテクストに即したRAS阻害薬投与ストラテジーの最適化実現に重要な情報をもたらすと考えられます。
今後、RAS阻害薬の中止後再開が腎予後・生命予後に及ぼす効果を検証するためのランダム化比較試験が実施されることが望まれます。
特記事項
本研究は、各施設の倫理委員会による承認を得た後に実施しております。
本研究成果は、2024年6月18日に米国科学誌「Journal of the American Society of Nephrology 」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Estimated effect of restarting renin-angiotensin system inhibitors after discontinuation on kidney outcomes and mortality ”
著者名:服部 洸輝 1); 坂口 悠介 1); 岡 樹史 1);、河岡 孝征 1);朝比奈 悠太 1);土井 洋平 1);橋本 展洋 2);楠 康生 3);山本 聡子 4);倭 成史 5);松井 功 1);水井 理之 1);貝森 淳哉 1);猪阪 善隆 1);
所属:
1. 大阪大学大学院医学系研究科 腎臓内科学
2. 大阪急性期・総合医療センター 腎臓・高血圧内科
3. 市立豊中病院 腎臓内科
4. 市立池田病院 腎臓内科
5. 堺市立総合医療センター 腎臓内科
DOI:https://doi.org/10.1681/asn.0000000000000425
参考URL
用語説明
- RAS阻害薬
レニン-アンジオテンシン系阻害薬。高血圧や心不全、慢性腎臓病の治療に使用される薬剤で、降圧効果に加えて、心・腎保護効果をもたらします。RAS阻害薬にはアンジオテンシン変換酵素阻害薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬があり、近年ではアンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬も広く使用されています。
- 不死時間バイアス(Immortal Bias)
観察研究の生存時間分析において、特定の治療を受けた対象者は、その治療を受けるまでの死亡確率がゼロであることに起因するバイアスです。このバイアスは治療の効果を過大評価する原因となるため、観察開始時点の設定等に関して注意が必要になります。
- Target Trial Emulation
観察データを用いて特定のランダム化比較試験のデザインを模倣する統計手法であり、種々のバイアスを制御しながら、介入効果に対する因果推論を可能にします。