正体不明だったアミノ酸に驚きの新発見! “体内時計”を整えて体調を良くするD-アミノ酸

正体不明だったアミノ酸に驚きの新発見! “体内時計”を整えて体調を良くするD-アミノ酸

生活習慣病や睡眠障害治療への応用に期待

2024-1-24生命科学・医学系
医学系研究科招へい准教授木村友則

研究成果のポイント

  • 栄養素の一つであるアミノ酸で、概日リズム(=“体内時計”)を調整できることを発見
  • 微量すぎて謎の多かったD-アミノ酸に注目し、体内量を精密に測定することでその機能を発見
  • 生活習慣病や睡眠障害に関する医療へ応用

概要

大阪大学医学部附属病院 酒井晋介 医員、大学院医学系研究科 腎臓内科学 猪阪善隆 教授、木村 友則招へい准教授らは、D-アミノ酸の一種であるD-アラニンが概日リズムを調整すること、さらには、概日リズムの調整を通して体内の恒常性維持の一端を担っていること、を発見しました。

概日リズムは体内の糖質の代謝や感染症への免疫応答、さらには加齢など、さまざまな生体応答や生理現象に関与しており、D-アラニンはこれらの概日リズムに関連した応答を誘導します。特に糖質の代謝においては、D-アラニンは血中の糖質濃度を一定に保つように体内の糖質の産生量を制御していました。

本研究では、生体内に微量しか存在していないことから、その生理学的意義が長い間不明であったD-アミノ酸の新たな生理機能の解明を通して、生命の謎の一つを解明しました。

D-アラニンは日常的に摂取する食物に含まれていますが、体内の量は疾患や体調により変動することが知られています。D-アラニンを利用した概日リズムの調節により、概日リズム異常に起因する疾患、例えば糖質代謝異常症(糖尿病など)をはじめとした生活習慣病や、睡眠障害などにおいて、新たな治療法の開発が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Kidney360」に、2023年12月15日(金)14時(日本時間)に公開されました。

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図1. D-アラニンは概日リズムを調整し、関連する疾患の発症を抑制する。

研究の背景

ヒトを含む多くの生物は、概日リズムという内在する周期で活動しています。その周期は約25時間とされていますが、光や食事などの影響によって修正されています。概日リズムが異常である場合には睡眠障害はもとより、肥満や糖尿病、高血圧などの生活習慣病に罹患しやすくなります。

一方で、血液中の糖質(血糖)は生物の活動によって消費されますが、必要な糖質量を維持するため、体内において糖質を合成する機構があり、これを糖新生といいます。腎臓と肝臓は、糖新生をつかさどる主要な臓器です。腎臓における糖新生は概日リズムを有していることが知られていますが、それがどのような機構を通じて関連しているのか不明でした。

本研究グループは、これまで、独自に保有するキラルアミノ酸 (鏡像異性体のアミノ酸、図2)の高精度な分析技術を用いることで、さまざまな疾患における生体内D-アミノ酸の変動を発見し、腎臓病やウイルス感染症の検査技術について報告してきました。これらの研究から得た知見として、D-アラニンは糖質代謝に関連する臓器に存在し、さらに、血液中のD-アラニンが概日リズムを示すことから今回の研究を着想しました。

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図2. キラルアミノ酸。アミノ酸には鏡像異性体として、L体(左図)とD体(右図)が存在するが、性質は異なる。生体にはL-アミノ酸しか存在しないと長らく考えられていた。

研究の内容

本研究グループは、まず、マウスの血液中において、D-アラニンが既知の物質と比較して明確な概日リズムを示すこと、また、このリズムは腎臓からのD-アラニンの尿への排泄により形成されていることを明らかにしました。

そこで、マウスにD-アラニンを投与したところ、腎臓において糖質代謝(糖尿病など)、免疫(感染症など)、さらには長寿など、概日リズムとの関連が示唆されるさまざまな生理現象のシグナルが誘導されました。糖質代謝に着目して検討したところ、D-アラニンは腎臓において糖新生を誘導することがわかりました。腎臓のD-アラニンへの感受性にも日内変動があり、D-アラニンと概日リズムによって、生体内の血糖濃度が安定していることがわかりました。

さらには、D-アラニンは生体の概日リズムにも作用することがわかりました。これを示すために、光を完全になくした暗室状態でマウスの行動変化を解析しました。この状態では、マウスの概日リズムが次第にずれてくるのですが、Dアラニンを補充することによって、マウスの1日のリズムが改善しました。

本研究によりD-アラニンには概日リズムを正常化し、糖新生による血糖調整に作用があることが明らかになりました。生命の謎とされてきた、D-アミノ酸にはこのような重要な生理活性があることから、今後、D-アラニンを利用して、概日リズムが関連する生活習慣病や睡眠障害、さらには感染症などの治療への応用が期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

D-アラニンは概日リズムと、概日リズムが関連するさまざまな生理現象を結びつけることが明らかとなりました。特に糖質代謝に関与して、体内の血糖値を一定に維持する作用がありました。D-アラニンは日常摂取する食品に含まれており、わたしたちの概日リズムの調節に重要な役割を果たしている可能性があります。近年問題となったCOVID-19や、現在流行しているインフルエンザウイルス感染症において、体内のD-アラニンが不足すること、そしてD-アラニンを補充すると症状が軽減することもわかってきています。適切なD-アラニンの使用は、概日リズムに関連する生活習慣病や、感染症、さらには不眠において治療効果を発揮する可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2023年12月15日(金)14時(日本時間)に米国科学誌「Kidney360」(オンライン)に掲載されました。

論文タイトル:d-Alanine affects the circadian clock to regulate glucose metabolism in kidney
著者:Shinsuke Saskai, Youichi Tanaka, Yusuke Tsukamoto, Shihoko Kimura-Ohba, Atsushi Hesaka, Kenji Hamase, Chin-Ling Hsieh, Eiryo Kawakami, Hiraku Ono, Kotaro Yokote, Mitsuaki Yoshino, Daisuke Okuzaki, Atsuko Fukushima, Hiroyo Matsumura, Masashi Mita, Maiko Nakane, Masao Doi, Yoshitaka Isaka and Tomonori Kimura* (*責任著者)
DOI: https://doi.org/10.34067/KID.0000000000000345

本研究成果は、日本学術振興会 科学研究費助成事業からの助成と、日本医療研究開発機構(AMED)の「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」における「老化機構・制御研究拠点(研究開発分担者:木村友則、土居雅夫、川上英良、横手幸太郎)」の一環として得られました。本研究成果のアミノ酸分析はKAGAMI 株式会社の技術支援のもと行なわれました。

参考URL

木村友則 招へい准教授 研究者総覧
https://researchmap.jp/KimuraUNM

用語説明

概日リズム

おおよそ24~25時間周期で変動する体内時計のリズムであり、ほとんどの生物に存在している。概日リズムは内在的に形成されるが、光や温度、食事など外界からの刺激によって修正され、概日リズムが異常になると睡眠障害はもとより、肥満や糖尿病、高血圧などの生活習慣病にかかりやすくなる。

D-アミノ酸 

アミノ酸はタンパク質の構成要素であり、ほとんどのアミノ酸には鏡像異性体(キラル体)であるL-アミノ酸、D-アミノ酸が存在する。しかし、生物界に存在するアミノ酸は、ほとんどがL-アミノ酸である。最近の技術の進歩により、生体内にD-アミノ酸がごく微量存在し、さまざまな生理活性を持つことがわかってきた。

糖新生

生体内において、アミノ酸や脂肪酸など、糖質以外のものから糖(グルコース)を作り出す仕組み。主として肝臓と腎臓がその役割を担っている。糖新生は、体内の血糖値を維持する役割がある。

鏡像異性体

3次元の物体などが、その鏡像と重ね合わすことが出来ない性質を持つ物質。例えば、L-アミノ酸は、鏡に映すとD-アミノ酸として見える(鏡像)が、別の物質であり重ね合わせることができない。L-アミノ酸、D-アミノ酸は、お互いがキラル体である。