加齢に伴う慢性腎臓病における脂質異常のメカニズムを発見
想像以上に高齢者では腎アミロイドーシスをきたしている?
研究成果のポイント
- 加齢に伴う慢性腎臓病における脂質異常のメカニズムを明らかに。
- 加齢に伴い近位尿細管の転写因子TFEB(transcription factor EB)の活性が低下することで、脂質異常症をきたす。
- 高齢者における近位尿細管のTFEB活性低下はアポリポタンパク質A4(APOA4)アミロイドーシス発症の原因となる。
- TFEBを標的とした、加齢に伴う慢性腎臓病関連の脂質代謝異常、ならびに、APOA4アミロイドーシスによる腎障害への新しい治療法の開発に期待。
概要
大阪大学医学部附属病院 中村 隼 医員(腎臓内科学)、医学系研究科 山本 毅士 特任助教(常勤)、猪阪 善隆 教授(腎臓内科学)らのグループは、加齢に伴う慢性腎臓病における脂質異常のメカニズムを明らかにしました。
社会の超高齢化に伴い、高齢の慢性腎臓病(CKD)および透析患者数は増加し、医療的にも社会的にも問題となっています。CKD患者では脂質異常症を認める患者が多いことが知られていますが、脂質異常症の発症に加齢がどのように影響しているのか、そのメカニズムは明らかになっていませんでした。
研究グループはこれまで、老化進行に関係するオートファジーやリソソーム生合成を制御する転写因子TFEBの、腎臓の近位尿細管における役割に関して研究してきました。これまで、肥満関連腎臓病や急性腎障害にTFEBが保護的な役割を担うことを明らかにしています。
本研究では、加齢に伴い近位尿細管のTFEBの活性が低下すること、近位尿細管のTFEBを欠損すると加齢に伴い全身の脂質代謝異常をきたすことを明らかとしました。さらに、TFEBの活性低下は高齢患者で稀に発症するアポリポタンパク質A4 (APOA4) アミロイドーシス発症の一因となること、APOA4アミロイドーシスの実際の患者数は、現在同定できている数より多い可能性が示唆されました(図1)。
これらの研究により、TFEBを標的とした、加齢に伴う慢性腎臓病関連の脂質代謝異常、ならびに、APOA4アミロイドーシスによる腎障害に対する新しい治療の開発が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「JCI Insight」に、12月20日(金)2時(日本時間)に公開されました。
図1. 研究概略
近位尿細管のTFEBを欠損すると、脂肪酸(Fatty acid: FA)の利用・APOA4の分解に障害が生じ、全身の脂質代謝異常やAPOA4アミロイドーシスをきたす
研究の背景
社会の超高齢化に伴い、高齢の慢性腎臓病(CKD)および透析患者数は依然増加し、医療的にも社会的にも問題となっています。老化研究が近年著しく進展していますが、老化腎の病態は依然不明な点が多い現状です。そこで、老化進行に細胞内小器官であるミトコンドリア・リソソームが関与することを踏まえて、双方の制御因子である転写因子transcription factor EB(TFEB)に着目しました。
研究の内容
まず、高齢マウス(2年齢)が若齢マウス(6週齢)と比べ、また高齢者が若齢者と比べ、近位尿細管のTFEB核内移行が低下、すなわち活性が低下することを見出しました。そこで、加齢に伴い、近位尿細管のTFEBがどのように影響するかを明らかにするために、近位尿細管特異的TFEBノックアウトマウスを作成し、2年齢まで飼育したところ、一部のマウスでAPOA4アミロイドーシスを発症しました(図2)。原因としてリソソーム機能低下によるAPOA4分解抑制が考えられました。また、ヒトAPOA4アミロイドーシス患者でもTFEBの核内移行が低下しており、近位尿細管のTFEB活性はAPOA4アミロイドーシス発症に関与することが示唆されました(図3)。APOA4アミロイドーシスは、高齢者における緩徐に増悪する腎機能が特徴であるため、腎生検を施行されずに経過をみられている可能性があります。しかしながらCKD患者の血中APOA4は高値を示すことから、APOA4アミロイドーシスの実際の患者数は、現在同定できている患者数より多い可能性があります。
図2. 高齢近位尿細管特異的TFEBノックアウトマウスはAPOA4アミロイドーシスを発症する
高齢近位尿細管特異的TFEBノックアウトマウスのコンゴレッド染色画像(赤橙色がアミロイド沈着を示唆)・APOA4染色画像を示す。特に糸球体にAPOA4陽性のアミロイドが沈着している
図3. ヒトAPOA4アミロイドーシス患者で近位尿細管のTFEBの核内移行は減少している
ヒトAPOA4アミロイドーシス患者のコンゴレッド染色画像(赤橙色がアミロイド沈着を示唆)・APOA4/TFEB染色画像を示す。APOA4アミロイドーシス患者では糸球体にAPOA4陽性のアミロイドが沈着し、近位尿細管では核のTFEB染色性が低下している。
また、高齢の近位尿細管特異的TFEBノックアウトマウスでは脂肪肝増悪や脂肪肥大などを認め、全身の脂質代謝異常をきたしていました。電子顕微鏡検査により、リソソーム機能低下に伴うミトコンドリアクリアランス(細胞内で損傷し機能不全に陥ったミトコンドリアを除去する機能)の低下により生じたミトコンドリア障害が全身代謝に影響を及ぼしたことが示唆されました(図4)。CKD患者では脂質異常症を認める患者が多いことから、加齢に伴い生じる近位尿細管のTFEB活性低下が脂質代謝異常に関与することが示唆されました。また、APOA4は脂質代謝とも密接に関係しており、脂質異常症により生じるAPOA4増加もAPOA4アミロイドーシスの一因と考えられます。
図4. 高齢近位尿細管特異的TFEBノックアウトマウスの近位尿細管にはmitochondria-lysosome-related organelle(MLRO)を多く認める
MLROはミトコンドリアとリソソームが融合して形成されたハイブリッドの細胞内小器官であり、ミトコンドリア品質制御機構を担う。MLRO(赤矢頭)の蓄積はミトコンドリアクリアランス低下を示し、ミトコンドリア障害を示唆する。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
社会の超高齢化に伴い、高齢CKD患者が増加し、医療経済を圧迫しています。この喫緊の課題に対して、新たな治療戦略開発が求められています。本研究により、高齢CKD患者のAPOA4アミロイドーシスによる腎機能増悪や、脂質異常症に対してTFEBを標的とした治療が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年12月20日(金)2時(日本時間)に米国科学誌「JCI Insight」(オンライン)に掲載されました。
タイトル: “Age-related TFEB Downregulation in Proximal Tubules Causes Systemic Metabolic Disorders and Occasional Apolipoprotein A4-related Amyloidosis”
著者名: Jun Nakamura1, Takeshi Yamamoto1,*, Yoshitsugu Takabatake1, Tomoko Namba-Hamano1, Atsushi Takahashi1, Jun Matsuda1, Satoshi Minami1, Shinsuke Sakai1, Hiroaki Yonishi1, Shihomi Maeda1, Sho Matsui1, Hideaki Kawai1, Isao Matsui1, Tadashi Yamamuro2, Ryuya Edahiro3-5, Seiji Takashima6, Akira Takasawa7, Yukinori Okada3,5,8-10, Tamotsu Yoshimori11, Andrea Ballabio12-15, and Yoshitaka Isaka1
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学
2. Division of Endocrinology, Diabetes and Metabolism, Beth Israel Deaconess Medical Center and Harvard Medical School, Boston, MA, USA.
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
5. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学
6. 大阪大学 大学院医学系研究科 医化学
7. 旭川医科大学 病理学講座 腫瘍病理分野
8. 大阪大学 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)
9. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 免疫統計学
10. 東京大学 大学院医学系研究科 遺伝情報学
11. 大阪大学 大学院医学系研究科 総合ヘルスプロモーション科学
12. Telethon Institute of Genetics and Medicine (TIGEM), Via Campi Flegrei 34, 80078 Pozzuoli, Naples, Italy
13. Medical Genetics Unit, Department of Medical and Translational Science, Federico II University, Via Pansini 5, 80131 Naples, Italy
14. Department of Molecular and Human Genetics, Baylor College of Medicine, Houston, TX 77030, USA
15. Jan and Dan Duncan Neurological Research Institute, Texas Children’s Hospital, Houston, TX 77030, USA
DOI:https://doi.org/10.1172/jci.insight.184451
参考URL
山本 毅士 特任助教(常勤)研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/44d6ff1f0b8a80e4.html?k=%E5%B1%B1%E6%9C%AC
用語説明
- 近位尿細管
腎臓は主に糸球体と尿細管から構成される。糸球体で濾過された血液は原尿となり、近位尿細管・遠位尿細管・集合管からなる尿細管で水分や電解質、栄養素などの再吸収が行われ、尿として体外に排泄される。なかでも近位尿細管は糖やアミノ酸、アルブミンなどの再吸収を担っており、エネルギー代謝が盛んで、またストレスにさらされやすいことから、オートファジーが重要な役割を果たす。
- 転写因子
DNAに配列特異的に結合することで、mRNAの発現を開始・停止させる、あるいはその量を増加・減少させるタンパク質の一群。
- アミロイドーシス
アミロイドと呼ばれる線維状の異常タンパク質が様々な臓器に沈着し、機能障害を起こす病気の総称。アミロイドーシスの病型は多岐にわたり、AAアミロイドーシスやALアミロイドーシスが多くを占める。アポリポタンパク質A4アミロイドーシスは加齢関連のアミロイドーシスとされるが、詳細はまだ明らかとなっていない。
- リソソーム
細胞内小器官の一つであり、加水分解酵素を内部にもち様々な物質の分解を行う。ライソゾームとも呼ばれる。