老化による腎臓病のメカニズムと対策をまとめた総説を発表
老化による慢性腎臓病が全身の老化を呼び起こす
研究成果のポイント
- 加齢に伴う腎臓病の病的メカニズムや早期診断、治療方法に関する最新の研究成果をまとめ、将来の臨床応用を見据えた視点から解説した総説を発表。
- 人々の平均寿命が延伸する一方、老化関連疾患の発生率も増加し、特に近年、慢性腎臓病(CKD)の増加が顕著である。加齢に伴う腎機能低下はCKDの増加に直結し、社会的および経済的に大きな負担となっているが、この腎機能低下の正確なメカニズムは十分に理解されていない。
- 本総説では、加齢が腎臓の老化に与える影響と、CKD患者で腎臓および全身の老化が加速するメカニズムを包括的に整理し、新しい技術とバイオマーカー、治療法の可能性についても解説。
- 本総説により、高齢者におけるCKDの特徴を理解し、対策することの重要性がこれまで以上に認知されることが期待される。さらに、これをターゲットにした治療法を開発することで、健康寿命の延伸に貢献できる可能性がある。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の山本 毅士 特任助教(常勤)、猪阪 善隆 教授(腎臓内科学)らの研究グループは、加齢に伴う腎臓病の病的メカニズムと、その早期診断や治療法に関する最新の研究報告をまとめ、将来の臨床応用を見据えた視点から解説した総説を発表しました。(図1)
医療技術の進歩により人々の平均寿命は延びていますが、同時に加齢に伴う病気の発症率も増加しています。特に日本では高齢化が進む中、慢性腎臓病(CKD)を患う人が増えています。
今回の総説では、腎臓の老化の病的メカニズムに関する最新の様々な研究報告を包括的に理解することを目指しました。老化による腎疾患の早期診断と、老化メカニズムを標的とした新しい治療法の開発に重要な示唆を与えるものです。また、CKD自体が全身の老化を加速させることから、腎臓の健康を維持することが全身の健康を保つために重要であることを強調しています。
本総説により、高齢者におけるCKDの特徴を理解し、対策することの重要性がこれまで以上に認知されることが期待されます。さらに、これをターゲットにした治療法を開発することで、健康寿命の延伸に貢献し、将来的に社会全体の医療負担を軽減できる可能性があります。
本研究成果は、2024年7月18日(木)に科学誌「Nature Reviews Nephrology」(オンライン)に掲載されました。
図1. 本総説の概要図
慢性腎臓病(CKD)進展や急性腎障害(AKI)脆弱性は、老化の古典的な特徴と重なるさまざまな病的メカニズムの影響を受ける。CKDは、他臓器の老化を加速させ、心血管疾患、認知機能障害、サルコペニアなどの増加として現れ、フレイルのリスクを高める。一方、フレイルと早期老化は、腎老化とCKD病態をさらに悪化させる。
研究の背景
人間の寿命は医療の進歩により伸び続けていますが、同時に加齢関連の疾患の発症率も増加しています。CKD(慢性腎臓病)もその一つで、現在の日本では、急速に進む高齢化を背景に、CKDの患者数が増加しています。
CKDは電解質異常や高血圧のリスクを高めるだけでなく、治療や検査において医療的な制約をもたらすことがあります。加齢に伴う腎機能低下はCKDの増加に直結し、社会的および経済的に大きな負担となっています。
この腎機能低下の正確なメカニズムは未だ解明されていません。超高齢化社会において健康寿命を延ばすためには、加齢に伴う腎臓の病的メカニズムの理解を深めることが重要です。
総説の内容
本総説では、老化の特徴として知られるいくつかの生物学的プロセスが腎臓病の発症や進展にどのように関連しているかを明らかにしています。
腎臓は代謝的に非常に活発な臓器であり、年齢とともにその機能が低下します。この機能低下には、細胞老化、炎症、ミトコンドリアの働きの低下、Sirtuin(長寿遺伝子)やKlotho(抗老化ホルモン)というタンパク質のシグナル伝達の変化、オートファジーやリソソームの働きの変化など、さまざまな分子レベルのメカニズムが関与しています。これらの要因が腎臓の老化を促進させます。
この点について、本総説の前半では、特にオートファジーの役割や加齢に伴うオートファジー活性の変化に焦点を当てています。若いマウスの腎近位尿細管では、ストレスに対してオートファジーが活性化し、適応機構としてストレスに対抗します。しかし、高齢マウスの腎近位尿細管では、持続的な加齢ストレスに対抗するためオートファジーが働いているものの、さらなるストレスに対してオートファジー活性を十分に増加させることができません。このような加齢に伴うオートファジーの調節異常は、リソソームの機能不全やオートファゴソームの成熟の異常によって引き起こされます。具体的には、加齢と共に転写因子MondoAの活性低下がRubiconの発現を増加させ、これがオートファゴソームの成熟を負に調節します。このような腎老化の病的メカニズムは、CKDの進展や急性腎障害(AKI)の脆弱性に悪影響を与えます。
次に、生物学的年齢と暦年齢(実年齢)の概念を紹介しています。生物学的老化は組織や生体機能の低下を指し、暦年齢は出生からの時間の経過を示します。正常に老化する個体では、暦年齢と生物学的年齢は一致します。しかし、CKDは腎臓の生物学的加齢を加速させ、早期老化を促進します。そのため、個人の生物学的年齢と暦年齢の差異である「年齢ギャップ」が生じます。CKDは心血管疾患、認知機能障害、サルコペニアなどの老化関連疾患の発症や併存疾患の増加を引き起こし、フレイルのリスクを高めます。さらに、早期老化とフレイルは腎臓の老化と腎疾患の病態を悪化させ、悪循環を形成します(図1)。
本総説の後半では、前半で解説した腎老化のメカニズムに関連して、新しい技術とバイオマーカー(体の状態を示す指標)、そして新規治療法の可能性についても解説しました。新しい技術とバイオマーカーは、腎臓の老化や早期老化の早期発見、診断、管理に役立つことが期待されています。特に、炎症、ミトコンドリア機能、酸化ストレス、細胞老化、オートファジー・リソソーム系に関連する経路を標的にした治療法は、動物実験において、腎臓の老化を予防・遅延させることが判明しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回発表した総説は、腎臓の老化のメカニズムを理解し、老化関連腎疾患の早期診断と治療法の開発に役立つものです。腎臓の健康を維持することが全身の健康を保つために重要であることを強調しています。高齢者におけるCKDの特徴を理解し対策することの重要性が、これまで以上に社会に認知されることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年7月18日(木)に科学誌「Nature Reviews Nephrology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Pathological mechanisms of kidney disease in aging”
著者名:Takeshi Yamamoto1 and Yoshitaka Isaka1* (*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学
DOI:https://doi.org/10.1038/s41581-024-00868-4
本論文は、日本学術振興会科研費、日本医療研究開発機構(AMED)「腎疾患実用化研究事業」、日本医療研究開発機構–革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「プロテオスタシスの理解と革新的医療の創出」、アステラス病態代謝研究会、加藤記念バイオサイエンス振興財団、ソルト・サイエンス研究財団、三井住友海上福祉財団、G-7奨学財団、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団、の一環として執筆されました。
参考URL
山本 毅士 特任助教(常勤)研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/44d6ff1f0b8a80e4.html
猪阪 善隆 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/e6f37e55995dcccf.html
用語説明
- オートファジー
細胞構成成分を分解し、エネルギーの再利用や細胞内小器官の修復に関与する。分解基質がオートファゴソームという二重膜小胞に隔離され、分解酵素に富むリソソームに融合することで分解が行われる。
- 近位尿細管
腎臓は主に糸球体と尿細管から構成される。糸球体でろ過された血液は原尿となり、近位尿細管・遠位尿細管・集合管を通って再吸収される。この過程で、水分、電解質、栄養素が再吸収され、最終的に尿として体外に排泄される。特に近位尿細管は、糖やアミノ酸、アルブミンなどの再吸収を担い、エネルギー代謝が活発であり、また、虚血再灌流傷害などのストレスにさらされやすいため、オートファジーが重要な役割を果たす。
- Rubicon
Run domain Beclin-1 interacting and cysteine-rich containing protein。大阪大学の吉森保教授らがオートファジー抑制因子として2009年に発見したオートファジーを抑制する働きを持つタンパク質である。オートファゴソームの成熟を負に制御している。
- 生物学的年齢
生物学的年齢(biological age)は、暦年齢(chronological age)とは異なり、体の健康状態や機能に基づいた年齢を示す。暦年齢は生まれてからの経過年数を表すが、生物学的年齢は、その人の体がどれくらい若々しいか、または老化しているかを反映する。