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遺伝子異常に基づく動静脈奇形の病態を解明

遺伝子異常に基づく動静脈奇形の病態を解明

新しい治療戦略の開発に期待

2025-7-14生命科学・医学系
歯学研究科助教廣瀬 勝俊

研究成果のポイント

  • 難治性の血管疾患である「頭蓋外動静脈奇形」について、世界最大規模の症例を対象にDNA遺伝子異常を調査し、原因遺伝子が病気を引き起こすメカニズムの一端を解明した。
  • これまで、RAS/RAF/MEK(MAP2K1)経路の遺伝子異常がどのように動静脈奇形を引き起こすかという具体的なメカニズムについては未解決だった。
  • 原因遺伝子とRNA、蛋白質、臨床所見、顕微鏡像を包括的に解析することで、RAS/RAF/MEK経路が活性化していることを明らかにし、病気の形成に関与する候補因子MAP4K4を特定した。
  • 動静脈奇形に対する治療薬としてMEK阻害薬の臨床試験が国外で進行中である。本研究成果は、その治療根拠となり得ることや、新たな治療戦略につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院歯学研究科の廣瀬 勝俊助教、豊澤 悟教授、大阪大学大学院医学系研究科の堀 由美子招へい教員、森井 英一教授らの研究グループは、ヒト動静脈奇形検体を用いて、特定の原因遺伝子異常の有無により臨床症状や顕微鏡像が異なること、遺伝子異常の有無に関わらずRAS/RAF/MEK経路が活性化していることを見出しました。さらに病気の形成に関与する候補因子群を特定しました。

動静脈奇形は動脈の構造異常であり、出血や血管周囲組織の破壊を繰り返す難病です。これまでの研究で、動静脈奇形の発症原因としてRAS/RAF/MEK経路に関連する遺伝子の異常が関わっていることがわかっていました。しかし、その遺伝子異常がどのように病気を引き起こすかという具体的なメカニズムについては、未解決のままでした。 

今回、研究グループは、ナイダス(動静脈奇形の本体とされる異常なつながり)に着目し、動静脈奇形の病態を解明しました。次世代シークエンサーを用いた遺伝子異常解析や空間的トランスクリプトミクス解析という最新技法を用いて、動静脈奇形の「原因遺伝子」と「RNA」「蛋白質」「臨床症状」「顕微鏡像(病理所見)」との関連性を明らかとしました。本研究成果は、MEK阻害薬の治療根拠となることや、そのほかの新たな治療薬開発へとつながることが期待されます。本研究成果は、欧州病理学会公式科学誌「Virchows Archiv」に、7月2日(水)(日本時間)に公開されました。

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図. 動静脈奇形は、動脈と静脈との間に異常なつながりが形成される先天的な疾患である。この異常な吻合部分は「ナイダス」と呼ばれ、動静脈奇形の主たる病変と考えられている(左図)。RAS/RAF/MEK経路の遺伝子異常が動静脈奇形の形成に関与する(右図)。

研究の背景

動静脈奇形は、胎生期に動脈と静脈との間に異常なつながりが形成される病気です。この異常な吻合部分は「ナイダス」と呼ばれ、動静脈奇形の主たる病変と考えられています。頭蓋外動静脈奇形の発生率は2-7人/100万人と報告されており、非常に稀な疾患です。時間の経過とともに病状が悪化し、血管の破綻、周囲組織の破壊と壊死などを引き起こし、重症例では心不全や致死性出血をきたすこともあります。生涯にわたる長期的な病状管理が必要とされ、大きな頭蓋外動静脈奇形は難病指定されています。根治的な治療法は外科的切除ですが、重要臓器、筋肉、神経と複雑に絡み合い、切除困難な症例も少なくありません。また、切除後の5年以内の再発率も85%以上と非常に高いため、非侵襲的かつ根治的な治療法が切望されています。

これまでの動物実験から、RAS/RAF/MEK経路の遺伝子異常が、動静脈奇形のナイダス(動脈と静脈の異常な吻合)の形成に関与していることが示唆されています。また、動静脈奇形に対しては、同経路を標的とした分子標的薬であるMEK阻害薬が新規治療法として注目され、国外で臨床試験が進められています。しかし、実際のヒト動静脈奇形検体において、RAS/RAF/MEK経路の活性化が起こっているのか、原因遺伝子がどのようにナイダスの形成に関与するのかについてはわかっていません。

研究の内容

研究グループは、世界最大規模の30件の頭蓋外動静脈奇形症例を対象に遺伝子異常を調査し、病気の発生メカニズムについて包括的な検討を行った結果、以下の重要な知見を得ました。

① 特定の遺伝子異常を有する症例は、若年者の女性患者に多いこと、特徴的な顕微鏡所見を呈することを見出しました。
② 特定の遺伝子異常の有無にかかわらず、動静脈奇形の血管特異的にRAS/RAF/MEK経路が活性化していることを明らかとしました。
③ RAS/RAF/MEK経路に関連し、動静脈奇形のナイダス形成に関与すると考えられる候補因子群(MAP4K4など)を特定しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、動静脈奇形初の治療薬であるMEK阻害薬の治療根拠となり、切除が難しい症例の新たな治療選択肢となることが期待されます。また、原因遺伝子の種類、RNAや蛋白質の発現パターン、そして最終的な表現型である臨床所見や病理所見との関連性を明らかにすることにより、病気発症のメカニズムをさらに解明し、新たな治療薬の開発につながる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2025年7月2日(水)(日本時間)に欧州病理学会公式科学誌「Virchows Archiv」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Pathogenic Mechanism of Extracranial Arteriovenous Malformations: Insights from Clinical, Pathological, and Genetic Analyses”
著者名:Katsutoshi Hirose, Yumiko Hori, Kazuaki Maruyama, Daisuke Motooka, Kenji Hata, Shinichiro Tahara, Takahiro Matsui, Satoshi Nojima, Masaharu Kohara, Kyoko Imanaka-Yoshida, Satoru Toyosawa and Eiichi Morii.
DOI:https://doi.org/10.1007/s00428-025-04158-7

参考URL

用語説明

頭蓋外動静脈奇形

動脈の先天的な構造異常で、動脈と静脈との間にナイダス(異常な吻合)が形成される。動静脈奇形は脳に発生することが最も多く(脳動静脈奇形)、脳以外の全身に発生した症例は頭蓋外動静脈奇形と呼ばれる。巨大な病変は「巨大動静脈奇形(頚部顔面又は四肢病変)」として難病指定されている。

RAS/RAF/MEK(MAP2K1)経路

細胞の生存、代謝、増殖などに関わる重要な細胞内シグナル伝達経路である。このシグナル伝達経路の活性化亢進はがんの形成に関与しており、創薬の治療標的となっている。RAS、RAF、MEK(MAP2K1)は、この経路を構成する主要な蛋白質であり、それぞれが順番にシグナルを伝達する。

分子標的薬

病気の原因となる特定の分子(遺伝子や蛋白質)にだけ作用するように設計された薬で、がんを含む様々な疾患の治療に用いられている。