尿検査で希少疾患の早期診断が可能に
ファブリー病の診断に尿検査が有用であることを証明
研究成果のポイント
- 希少疾患ファブリー病の腎病変の診断、治療効果判定に、マルベリー小体が有用なことを証明
- ファブリー病は、遺伝病の一種。細胞内消化の場であるライソゾームの機能障害によって心臓、脳血管、腎臓などで障害を起こし、全身に様々な症状を引き起こす。しかし、ファブリー病に特有の症状が少なく、見逃され病気が進行してしまうことがあったため、早期に診断できる方法が必要であった。
- 尿検査という患者さんに負担のない検査で希少疾患の診断や治療後の効果が評価できる
概要
大阪大学大学院医学系研究科の難波倫子助教、猪阪善隆教授(腎臓内科学)、酒井規夫教授(成育小児科学)、名古屋市立大学大学院医学研究科腎臓内科学分野の濱野高行教授、大阪大学医学部附属病院臨床検査部の日高洋部長らの研究グループは、希少疾患であるファブリー病の早期診断および治療効果判定に、尿中に見られるマルベリー小体が有用であることを明らかにしました。さらに、これまで不明であった尿中マルベリー小体の起源が、腎臓を構成する細胞の一つであるポドサイトに由来することを証明しました(図1)。
ファブリー病は遺伝病の一種で、細胞内消化の場であるライソゾームにグロボトリアオシルセラミド(Gb3)とよばれる脂質が蓄積することにより、ライソゾームの機能が障害されます。ライソゾームの機能障害は、心臓、脳血管、腎臓 といった重要な臓器に障害を引き起こし、様々な症状の原因となります。しかし、ファブリー病は全身に様々な症状があらわれ、かつ特徴的な症状が少なく、見逃されることが多い疾患です。
これまでファブリー病患者によく見られる尿沈渣所見として、尿中マルベリー小体が知られていました。しかし、尿沈渣に含まれる尿中マルベリー小体はごく少量であるため、尿中マルベリー小体が何であるか、そしてファブリー病の診療においてどのような意義をもっているのかについては明らかにされていませんでした。
今回、研究グループは、ファブリー病の尿中に見られる尿中マルベリー小体が、従来腎疾患の指標とされていた尿蛋白よりも早期に出現することを示しました。また、ファブリー病に特異的な治療を開始すると、この尿中マルベリー小体が減少することも明らかにしました。これらの結果から、尿中マルベリー小体がファブリー病の早期診断および治療効果判定に有用であることが示唆されました。本成果により、尿検査という日常の診療で行われている検査で患者さんの負担も少なく、迅速かつ簡便に希少疾患であるファブリー病をより早期に発見できる可能性が期待されます。早期発見により、将来的に起こりうる重篤な合併症(腎不全、心不全、脳梗塞)の予防にも繋がります。
本研究成果は、欧州科学誌「Nephrology Dialysis Transplantation」に、12月24日に公開されました。
図1
(a, b) マルベリー小体の中にはGb3(緑)とライソゾーム(赤)が含まれる
(c, d) マルベリー小体はポドサイトのマーカーであるポドカリキシンが陽性となる
研究の背景
ファブリー病はαガラクトシダーゼという酵素の遺伝子に異常を生じる遺伝病の一種で、約4万人に1人の発症頻度という希少疾患です。αガラクトシダーゼは脂質を分解する酵素で、遺伝子異常により酵素の活性(機能)が低下することで、全身の細胞に分解されなかったグロボトリアオシルセラミド(Gb3)とよばれる脂質が細胞内小器官の一つであるライソゾームに蓄積します。Gb3が蓄積するとライソゾームの機能が障害され、細胞機能の低下を来し様々な症状の原因となります。ファブリー病は子供の頃から症状は始まっており、手足の痛みや汗をかきにくいといった症状が小児期から見られます。そして成人期になり心臓、脳血管、そして腎臓といった重要な臓器にも障害を生じ、これらが主な死亡原因となります。心臓、脳血管の症状は30歳以降から見られるようになりますが、腎疾患は20歳以降と比較的早期に出現し、40歳以降で透析になることがあります。
ファブリー病は遺伝子変異で欠損したαガラクトシダーゼの活性測定や遺伝子検査で診断されます。しかし、全身に様々な症状を生じるため、本疾患を疑われず見逃され病気が進行してしまうことがありました。現在、ファブリー病には欠損した蛋白を補う治療が数種類存在します。さらに、これらの治療は早期から開始する方が高い効果を得られることも分かっています。しかしながら、これまでファブリー病の早期診断に有用で簡便な検査がないことが課題となっていました。
研究の成果
研究グループは、尿沈渣を染色することで、尿中マルベリー小体がポドサイトの細胞質内にある、Gb3が蓄積したライソゾームに由来することを明らかにしました(図1)。さらに、尿中マルベリー小体は従来腎疾患の指標とされていた尿蛋白よりも早期に出現することを示しました。このことは、ファブリー病による腎病変の早期発見に重要であることを意味します。前述のポドサイトは腎臓の中でもGb3の蓄積しやすい細胞です。当院では以前より、尿中マルベリー小体の独自の半定量評価を日常臨床で行ってきました。尿中マルベリー小体はポドサイト内のGb3の蓄積が増えるほど尿中マルベリー小体の数も増えていました(図2)。さらにファブリー病に特異的な治療を開始すると、この尿中マルベリー小体が減少することも明らかにしました(図3)。これらの結果は、尿中マルベリー小体が腎臓に対する治療効果の目安になることを意味しています。このように、本研究グループは尿中マルベリー小体の起源だけでなく、その半定量評価がファブリー病の診断・治療において臨床的に有用であることを見出しました。
図2
( a ) ファブリー病患者の糸球体所見。ポドサイトに脂質の蓄積を示す(黄色で囲った部分)
( b )ポドサイトへの脂質の蓄積はマルベリー小体の半定量評価と正の相関を示す
図3
(a) 治療期間によって4群に分けると、治療期間が長いほど、マルベリー小体は少量しか見られなかった
(b) 18ヵ月間の酵素補充療法でマルベリー小体は有意に減少した
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、ファブリー病やこの疾患に伴う腎病変の早期診断が期待されます。早期診断は早期治療につながるため、将来的に起こりうる重篤な合併症(腎不全、心不全、脳梗塞)を予防できます。この尿中マルベリー小体は、通常の尿検査で検出することが可能なので、迅速かつ簡便、低コストで行うことが出来ます。また患者さんにも大きな負担をかけない優れた検査であると言えます。
特記事項
本研究成果は、2020年12月24日に欧州科学誌「Nephrology Dialysis Transplantation」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Urinary mulberry bodies as a potential biomarker for early diagnosis and efficacy assessment of enzyme replacement therapy in Fabry nephropathy”
【著者名】 Hiroaki Yonishi, Tomoko Namba-Hamano, Takayuki Hamano, Masaki Hotta, Jun Nakamura, Shinsuke Sakai, Satoshi Minami, Takeshi Yamamoto, Atsushi Takahashi, Wataru Kobayashi, Ikuhiro Maeda, Yoh Hidaka, Yoshitsugu Takabatake, Norio Sakai, Yoshitaka Isaka
参考URL
医学系研究科 腎臓内科HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kid/kid/index.html
用語説明
- ライソゾーム
細胞の中で生じた老廃物など不要になった成分を消化する機能を備えている細胞内小器官です。ファブリー病ではαガラクトシダーゼという、ライソゾームに含まれる酵素が遺伝的に欠損しているために、分解の対象であるGb3が細胞に蓄積してしまいます。
- ポドサイト
腎臓の中で血液をろ過して尿を作る部位を糸球体と呼びます。この糸球体の表面を覆っている細胞がポドサイトで、体にとって必要なタンパク質などが尿に漏出しないようにするバリアの役割を担っています。ファブリー病では全身の細胞にグロボトリアオシルセラミド(Gb3)と呼ばれる脂質成分が蓄積しますが、腎臓ではポドサイトに最も蓄積が見られます。
- 尿沈渣
尿を遠心分離機にかけて、沈殿した成分を調べる検査です。尿に白血球や赤血球、細菌、結晶などが含まれていた場合、尿路や腎臓の病気が疑われます。マルベリー小体はファブリー病患者さんの尿に見られる特徴的な尿沈渣所見です。
- ポドカリキシン
ポドサイトに発現しているたんぱく質です。ポドサイトであることの指標として使用されています。
- 細胞内小器官
細胞内にある細胞の活動に必要な特定の役割を果たす構造の総称です。主な細胞内小器官は6つあり、1. 遺伝情報が含まれる核、2. エネルギーを作り出すミトコンドリア、3. 様々な物質の合成を行う小胞体、4. 小胞体で合成されたたんぱく質に装飾を施すゴルジ体、5. 脂肪酸の分解などを行うペルオキシソーム、6. ライソゾームなどが含まれます。