正しい診断まで平均20年 「実は希少疾患だった」

正しい診断まで平均20年 「実は希少疾患だった」

未診断期の患者の経験を辿り明らかに

2022-3-19生命科学・医学系
医学系研究科教授加藤和人

研究成果のポイント

  • 長期にわたる診断の遅れを経験した遺伝性血管性浮腫(HAE) 患者にインタビュー調査を実施し、未診断期の受診経験や、当時直面した困難・心情を明らかにした。
  • 患者の多くは、症状に苦しみながらも、難病・希少疾患に罹患している可能性を疑わず、体調や病院での対応に慣れ、何年も症状を抱えながら生活していたことが明らかになった。
  • これまでの報告は数量的な調査に限られ、患者が正しい診断を得るまでに長期を要する理由は明らかにされていなかった。
  • 本研究の結果は、患者や医療者が「難病・希少疾患」の可能性に気づきやすくするための施策の必要性を強く示唆している。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の磯野萌子さん(博士課程)、小門穂招へい准教授(医の倫理と公共政策学/神戸薬科大学 准教授)、加藤和人教授(医の倫理と公共政策学)は、遺伝性血管性浮腫(HAE)の患者に、症状が出てから正しい診断がつくまでの期間(未診断期間)の経験に関するインタビュー調査を実施しました。その結果、治らない症状に患者が長年苦しんでいても、当時の患者や医療者は「診断が難しい疾患(難病・希少疾患)」に罹患している可能性に思い至らず、このために正しい診断を得るまでの年数が長期に及んだ場合があることが明らかになりました。

難病・希少疾患では、正しい診断が遅れるという課題があります。患者は、病名が見つからないまま様々な症状に悩み、多くの医療機関を受診することが知られています。欧米のレポートでは、未診断の年数は平均4-9年とも報告されていますが、この期間の患者の経験を深く分析し、記述的に明らかにする研究はこれまでありませんでした。

今回、研究グループはインタビュー調査により、患者は症状に苦しんでいても、その症状や病院での対応に慣れてしまうことで、積極的に診断を探さないまま苦しむ状態が続く場合があることを明らかにしました。早期に正しい診断をつけられる医療体制の構築に向けて、これまでは「診断が難しい患者」を高度な診断機能を有した病院へ適切に紹介するための施策に注力されてきましたが、目の前の患者が「診断が難しい患者」である可能性に気づくための施策も重要であることが示唆されました(図)。

本研究成果は、「PLOS ONE」に、3月19日(土)午前3時(日本時間)に公開されました。

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図. 難病・希少疾患の診断の遅れをもたらす問題点

研究の背景

難病・希少疾患領域では、患者は何年にもわたって“Diagnostic Odyssey(診断をつけるための終わりのない旅)”を続けると言われています。既に診断方法の確立した疾患でも、患者は正しい診断を得るまでに平均で4-9年程度を要し、この間、患者は複数の医療機関での不要な検査や誤診を経験します。しかし、この期間に関する報告は、未診断期の平均年数や受診した医療機関の数などの数量的なデータに限られ、患者が実際に医療機関をどのように受診し、自分の体の不調をどう理解していたのかといった側面は、これまで明らかにされてきませんでした。

一方、各国で問題の解決に向けた取り組みが進められています。日本では、2018 年の厚労省通知により、「早期に正しい診断ができる」体制構築が開始されました。しかし、特に日本では、政策的な問題解決に関する動きが行われているものの、患者の経験に関しては数量的報告も乏しく、実情把握が十分になされていない状況があります。そこで研究チームは、患者が実際に抱えた問題を把握し、現在の対策が適切かどうかを検討する必要があるのではないかと考えました。

この考えのもと、研究チームは、難病・希少疾患の一つである遺伝性血管性浮腫(HAE)の患者の経験に着目しました。HAEは、全身に浮腫を繰り返し起こす疾患で、患者は手足など体表面の腫れや、嘔吐や下痢などの症状を発作性に生じます。症状の1つの喉頭浮腫は、気道閉塞という致死的状況をおこしますが、診断がわかっていれば発作時の治療が可能です。診断の重要性が高い一方で、日本での未診断期間の平均年数は13-15年と報告されています。

研究の背景

本研究では、症状が出てから確定診断までに5年以上を要したHAE患者を対象としました。9名の患者が研究への参加に同意し、1人あたり1時間半程度のインタビューが行われました。得られた内容は、「内容分析」という手法を用いて分析されました。

9名の参加者がHAEの症状初発から診断が確定するまで要した年数は、平均で約23年でした。HAEと異なる診断を受けた経験や奏功しない治療の経験が多く報告されました。

分析の結果、長きにわたる未診断の期間、患者は症状に苦しみ、さまざまな困難に直面していたことがわかりました。未診断期の困難に関する経験は、大きく三つのテーマに分けられました:①症状への慣れと諦め、②積極的な原因探究、③病院外での独自の試み。

「①症状への慣れと諦め」というテーマでは、参加者はさまざまな経験や考えを経て、多くは最終的に自分の状態に慣れ、諦めていくことが報告されました。

例えば、手足の腫れなどの目に見える腫れの際には、患者は「訳がわからなくて」複数回異なる病院を受診していました。しかし、病院でほとんど明確な診断や説明がつかず、「なんでだろうね」「様子を見ましょう」と言われる経験をします。こうした経験を繰り返すうち、患者は自らの体質と諦めたり、「大した問題ではない」と判断し、病院を受診しなくなっていくことがわかりました。

また、腹痛や嘔吐などの腹部症状の際には、「この痛みをなんとかしてほしくて」など、治療を求めて病院を受診していた様子が明らかになりました。5名の患者は特定の病名はつかず、「胃腸風邪」などと言われ、高次の病院の紹介も経験していませんでした。ただし特定の病名がついていない場合にも、症状が激しい参加者は、発作の度に同じ病院への受診を繰り返していました。一方で、腹部症状の場合にも、精神的な要因での説明を受ける経験や、HAE以外の診断名に基づく治療で症状が悪化した経験をした患者は、受診を諦めていったこともわかりました。

「②積極的な原因探究」というテーマでは、少数の患者による、自らの状態を異常だとみなし積極的に異なる病院・診療科を受診するなどの経験が含まれました。医療者も一緒になって診断を探している場合でも適切な情報に辿り着くことが難しく、当てのない検査や受診をくりかえす傾向が報告されました。

最後に、「③病院外での独自の試み」のテーマでは、患者が病院以外の場で、独自に行った症状改善に向けた取り組みが報告されました。症状を引き起こす原因を明らかにするために生活や食事の記録を取るといった経験などが語られました。中には、貧血や無月経を引き起こすほどの食事制限を独自に行っていた場合もありました。

全体を通して、未診断の期間中に診断を探そうとしていた患者は少数で、多くの患者は難病・希少疾患に罹患している可能性を疑わずに、自分の体調や病院での対応に慣れ、何年も症状を抱えながら生活していたことがわかりました。

表1. 「未診断期の困難」に関する分析結果

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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、未診断期間の長期化をもたらす最も重要な要因の1つは、患者や医療者が難病・希少疾患を疑わず、診断を探す行動を十分に行っていないことだと明らかになりました。

現在の政策では、難病・希少疾患を疑ってから明確に診断をつけるまでの体制整備に焦点が当てられています。これに対して、本研究の結果は、患者さんや医療者が「難病・希少疾患」に罹患している可能性に気づきやすくする(つまり、早期に「難病・希少疾患」を疑う)ための施策が必要であることを強く示唆しました。本研究をもとに体制整備を行うことで、難病・希少疾患の患者に早期に診断をつけることが可能になると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年3月19日(土)午前3時(日本時間)に「PLOS ONE」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Why does it take so long for rare disease patients to get an accurate diagnosis? - A qualitative investigation of patient experiences of hereditary angioedema”
著者名:Moeko Isono1, Minori Kokado1,2, Kazuto Kato1*(*責任著者)
所属:
1. Department of Biomedical Ethics and Public Policy, Graduate School of Medicine, Osaka University, Suita, Osaka, Japan
2. Faculty of Pharmacy, Kobe Pharmaceutical University, Kobe, Hyogo, Japan
DOI:https://doi.org/10.1371/journal.pone.0265847

なお、本研究は、科研費挑戦的研究(萌芽)「患者・市民の主体的参加による新しい医学研究ガバナンスの構築に向けた研究」(平成29年度〜)の支援を受けて行われました。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学
https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/

用語説明

遺伝性血管性浮腫(HAE)

遺伝性血管性浮腫は、遺伝子の変異が原因で血液の中にあるC1-エラスターゼ・インヒビター(C1-インヒビター)の機能が低下する病気で、体のいたるところに2-3日持続する腫れやむくみ(血管性浮腫)の発作を繰り返します。10歳から20歳代に発症することが多く、特にのどが腫れる場合は呼吸困難に陥り、生命の危険を来す可能性があることが知られています。

難病・希少疾患

病気の原因が特定されておらず、治療方法が確立されていない、慢性の経過をたどる疾患がいまだ存在し、このような疾病を難病(希少疾患)と呼んでいます。現在、患者数が人口の0.1%より少ない338種類のこのような疾患が「指定難病」として厚生労働省により指定されています。