日本人女性の海外での服薬経験から見える 経口避妊薬を使う意味と利用しやすさ

日本人女性の海外での服薬経験から見える 経口避妊薬を使う意味と利用しやすさ

トランスナショナルヘルスの視点から考えるOC使用の課題と改善策

2024-8-1生命科学・医学系
医学系研究科教授加藤和人

研究成果のポイント

  • 海外で経口避妊薬(OC)を服用したことのある日本人女性にインタビュー調査を実施し、国境を越えた健康とセルフケアの経験について調査。トランスナショナルな(=国境を越えた)日本人が抱える医療機関での倫理的課題と健康管理のパターンを明らかに
  • OCに関しては、日本国内の状況や避妊目的、産婦人科・女性医学の領域に限られた研究が多かったが、本研究により日本人女性のOC使用をめぐるトランスナショナルヘルスの研究視点からの諸相や課題が把握できた
  • トランスナショナルな日本人患者が来院した時の患者理解だけでなく、OCへのアクセス改善、「望まない妊娠」や中絶、保健教育などSRHR(セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)課題解決に資することを期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生のKANG SEONGEUNさん(博士課程)、加藤和人教授(医の倫理と公共政策学)は、韓国でOTC医薬品を含む経口避妊薬(OC)を服用したことのある日本人女性にインタビュー調査を実施し、トランスナショナルな日本人が直面する医療機関での倫理的課題と健康管理のパターンを明らかにしました(図1)。

日本におけるOCの研究は、これまで日本国内での使用に焦点を当てていました。本研究では、トランスナショナルヘルスの視点から、日本人女性のOCの入手と服用に関する新たな健康管理のパターンを特定しました。特に、帰国後にOCの服用について医療機関に相談する際、来院者と医師の間でOCに対する認識が異なり、これがジレンマを生んでいることがわかりました。本研究ではこの状況に対する倫理的な提言を行い、患者中心の医療と医薬品再分類の観点から今後のアクセスについて検討しました。

今回の研究は、トランスナショナルな患者の理解や医療提供の向上につながることが期待されます。また、「望まない妊娠」や中絶、保健教育の改善を含むSRHR課題解決の一助となり、婦人疾患のセルフケアや「QOLの向上にも寄与することが期待されています。

本研究成果は、 2024年4月11日(木)に国際誌「Asian Bioethics Review」(オンライン)に、公開されました。

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図1. トランスナショナルな健康管理の類型(渡航後、処方箋でしかOCを入手できない環境での日本人女性の健康管理)

研究の背景

医療・医薬品へのアクセスは国・地域によって異なり、グローバル化により国境を越えて医療を受ける患者が増えています。こうした国境を越えた医療選択には、金銭的、制度的、文化的、情緒的な要因が影響します。先行研究では、医療観光、外国人や移住民の健康、トランスナショナルな代理母・代理出産が主要テーマとして取り上げられてきました。

WHO(2019)の指針では、OCは当事者が処方箋なしで入手できるようにすべきと勧告されています。これまでは処方箋が必要だった国でも、患者や市民の関与によってOCのOTC化(英国)やOTC医薬品としての承認(米国)といった進展が見られます。韓国でも1968年以来、OTCでの入手が認められました。一方、日本ではOCはいまだ処方箋によってのみ入手可能です。

日本におけるOC研究は、日本国内での使用、避妊目的、産婦人科・女性医学の領域に限定されてきました。また、日本人女性がトランスナショナルヘルスを利用する際の経験や認識、背景を調べた研究はほとんどありませんでした。

研究の内容

本研究では、韓国でOTC医薬品を含む経口避妊薬(OC)を服用したことのある日本人女性の経験と認識に注目しました。留学、仕事、結婚などにより中長期(6カ月以上)韓国に滞在したことのある日本人女性11人に、現地でのOTC医薬品を含むOCの服薬経験と認識について調査する半構造化インタビューを実施し、テーマ分析を行いました。分析の結果、3つのカテゴリーと8つのテーマが生成されました(図2)。また、トランスナショナルヘルスという視点から、日本人女性のOCの入手と服用に関する新たな健康管理のパターンが特定されました(図1)。結果に基づいて以下の3つの観点から考察を行いました。

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図2. テーマ分析の結果:3つのカテゴリーと8つのテーマ

<考察>
① トランスナショナルな日本人患者と臨床現場での課題
日本人患者が帰国後に医療機関を受診する際、患者と医師の間でOCへの認識が異なり、これがジレンマを生んでいる事がわかりました。参加者は、現地の薬局で入手したOCについて、世界各国で同一の成分で多くの女性に普通に使われていると認識していました。一方、当時の医師は国内処方のOCしか認めず、海外で入手したOCについて危険視し、目の前の患者の健康面の悩みに対応せず、一方的に注意したという経験が聞かれました。このナラティブ(患者の語り)から「診療室での時間は、医師が患者の医療認識を判断するのではなく、患者の症状や病気の理解に基づいて治療を行い、健康を改善するために使われなければならない」との倫理的提言が生まれました。

② トランスナショナルな健康管理の重要性
参加者たちは、OCの入手や服薬に関する個々の経験や理解をグローバルな文脈で比較し評価しました。特に、若者や社会的弱者がOCを利用する状況に注目しました。日本におけるOCへのアクセスの問題点や課題について、文化的背景や社会的影響を考慮して批判的に考察しました。OCを初めて服用する人や病気・症状が不安な人は病院で診察を受け、慣れている人は薬局で入手できるようにし、気になることがあれば再診できる仕組みが望ましいという意見がありました。

③ 選択・融合のアイデアを基に、これからの日本のOCアクセスを考える
OCへのアクセスを改善するために、患者中心の医療と医薬品再分類の観点から今後のアクセスモデルについて検討しました。まず、現在日本では産婦人科や内科でしかOCを処方していませんが、他の科(精神科や皮膚科など)でも処方できるようにするモデルを提案しました。つぎは、医薬品再分類の観点について、要指導医薬品やおくすり手帳など、既存の枠組みや政策資源を活かし、健康情報の電子的な利活用を拡大することにより、OCの入手方法を多様化することも考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回の研究により、日本国内の臨床現場(主に、診療所)においてトランスナショナルな日本人患者に遭遇した時に発生しうる認識の差によるコミュニケーション上のジレンマを解消するための患者理解やその時の医療提供のあり方を考えるための一助となることを期待します。

また、日本におけるOCを含む避妊薬や中絶薬などへの医療・医薬品アクセス、「望まない妊娠」や中絶、保健教育や社会的認識の改善を含むSRHR(性と生殖に関する健康と権利)課題解決の一助となり、女性疾患・症状のセルフケアなどQOL向上につながることを期待します。

特記事項

本研究成果は、2024年4月11日 に国際誌「Asian Bioethics Review」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Transnational Health and Self-care Experiences of Japanese Women who have taken Oral Contraceptives in South Korea, including Over-the-counter Access: Insights from Semi-structured Interviews”
著者名: Seongeun Kang 1,2 & Kazuto Kato 1
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学
2. Department of Medical Humanities and Social Sciences, Yonsei University College of Medicine
DOI:https://doi.org/10.1007/s41649-024-00293-6

本研究は、大阪大学の運営費交付金により実施され、JPMJSP2138/JST SPRINGの支援を受けたものです。

参考URL

用語説明

経口避妊薬

エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)を配合した飲み薬。エストロゲンの容量により、低用量、超低用量などに区分し、プロゲステロンの成分により、第1から第4世代に区分される。

トランスナショナルヘルス

本研究では、患者側の視点に着目した。自国と移住先の医療資源を状況に応じてどのように利用するか(どこで医療を受けるか、どのように医薬品を入手するか、など)を検討・判断し、国境を跨いで健康管理を行うことを指す。

OTC医薬品

処方箋なしに薬局やドラックストアなどで購入できる医薬品(一般用医薬品、要指導医薬品)のこと。反対の概念として、医師や歯科医師の処方箋が必要な医薬品(医療用医薬品)がある。