研究のプロセスに患者が関与することの効果を実証
患者が参画する新しい医学研究の進め方についての実践を分析
研究成果のポイント
- 患者と共に研究を進める研究プラットフォームRUDY JAPANにより、研究のプロセスに患者が関与すること(患者参画)の実践を通して、その効果と課題を明らかにした
- これまで、日本でどのように患者参画や患者と研究者のパートナーシップの構築が可能であるかは明らかではなかった
- 今後、患者と研究者の両方が協働して研究を進めていくことで、当事者の視点を反映した効果的な医学研究の実現が期待される
概要
大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の濱川菜桜さん(博士課程)、古結敦士さん(博士課程)、加藤和人教授(医の倫理と公共政策学)は、松村泰志教授(医療情報学)、高橋正紀教授(臨床神経生理学)、同人間科学研究科山本ベバリー・アン教授(兼・NPO法人 遺伝性血管性浮腫患者会HAEJ)、広島大学大学院医系科学研究科の秀道広教授(皮膚科学)、オックスフォード大学のKassim Javaid(カシム・ジャベイド)准教授、同大学Jane Kaye(ジェーン・ケイ)教授らと共に、研究のプロセスに患者が関与すること(患者参画)で、患者と研究者の双方の視点を取り込んだ新しい実践が実現できることを明らかにしました。
加藤教授らの研究グループはRUDY JAPANと呼ばれるICT(情報通信技術)を用いて患者参画を実践する希少難病を対象とする医学研究プロジェクトを2014年に立ち上げ、難病・稀少疾患の患者、複数の疾患領域の専門家、医療情報やICTの専門家など多様な人々と協働して実施してきました(図1)。これまで、患者参画の実践は主に英米を中心として取組まれており、日本でどのように患者参画や患者と研究者のパートナーシップの構築が可能であるかは明らかではありませんでした。
今回、研究グループは、RUDY JAPANを通して、日本における患者参画の実践を分析することにより、患者参画の効果と課題を明らかにしました。これにより、今後の患者参画の実践に重要な知見を提供し、より効果的な進め方で医学研究が実施されることが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Research Involvement and Engagement」に、2月2日(日本時間)に公開されました。
図1. RUDY JAPANシステムのサンプル画面
(A) トップページのイメージ。研究参加者はここから参加登録を行い、アカウント作成後ログインを行う。(B) 研究参加者が自身の回答データ等の利用について選択・変更することができる「ダイナミック・コンセント」のサンプル画面。研究参加者は登録した回答データ等の利用について自身で選択・変更することができる。(C)(D) 質問票のサンプル画面。登録が完了した研究参加者はオンライン上で質問票に回答できる。
研究の背景
近年、医学研究のプロセスに患者が関与すること (患者参画) で、患者のニーズに合致したより価値の高い研究を行うことができると期待されており、この患者参画は1990年代から英米を中心に広まりつつあります。日本においても、2018年から国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が研究への患者・市民参画(PPI)を推進しているものの、日本においてはこのような実践は依然として数少なく日本でどのように患者参画や患者と研究者のパートナーシップの構築が可能になるかは明らかではありませんでした。
そこで、研究グループは2014年から英国でRare and Undiagnosed Diseases Study (RUDY) プロジェクトで患者参画の実践を行ってきたオックスフォード大学のグループとの共同研究により、RUDY JAPAN システムを開発しました。RUDY JAPANプロジェクトは2017年12月より骨格筋チャネル病や遺伝性血管性浮腫(HAE: Hereditary angioedema)、表皮水疱症(EB: Epidermolysis Bullosa)(2020年6月に登録開始) を対象とした調査研究を行っており、この調査研究に患者参画を取り入れることで、並行して日本における医学研究への患者参画の実践に関する研究も行っています。
本研究の成果
研究グループは、RUDY JAPANプロジェクトにおいて様々な患者参画のアプローチに取組み、各アプローチがプロジェクトにもたらした効果を中心に分析を行いました。その結果、プロジェクトの方向性や運営について話し合う「運営ミーティング」(図2)や遺伝性血管性浮腫(HAE)の調査研究のための新たな質問票作成において、患者と研究者が協働することで両者の視点を取り込んだ新しい実践が実現できることが明らかとなりました。例えば、運営ミーティングでは、研究目的や研究参加のメリットを説明することが患者にとって重要であることが指摘され、情報発信の改善や疾患ごとの詳細な研究計画の立案に繋がりました。また、質問票作成においては、患者の受診行動は症状の重症度だけで決まるものではなく、治療にかかる費用や病院へのアクセス、治療に対する期待等にも影響を受けるという患者側の発言を受けて議論を重ねた結果、発作が生じた際に医療機関を受診「しなかった」場合にその理由を尋ねる質問項目が追加されたこと等が挙げられます。また、独自の情報発信サイト、ソーシャルメディア、ニュースレターに加え、同じ疾患や症状を持つ患者同士、患者と医師が交流することを目的とした「交流フォーラム」といった様々なコミュニケーションチャンネルを介して患者と研究者の対話が促進され、患者が研究について理解を深めるのみならず、患者が期待することや日々抱える困難を研究者が肌感覚で理解することで、より患者のニーズにあった研究の実現に繋がることを明らかにしました。さらに、情報通信技術(ICT)によって継続的な対話の場を持つことが可能になり、信頼関係やパートナーシップの構築に寄与することが示唆されました。一方で、患者参画を行うために患者と研究者の双方が時間や労力を割く必要があること、研究に不慣れな患者にとって研究者との対話が負担になりうることは、今後乗り越えるべき課題として指摘されました。
図2. RUDY JAPANのガバナンス構造と運営ミーティングの位置付け
患者と研究者がプロジェクトの方向性や運営について話し合う「運営ミーティング」(図中のSteering Committee)と、研究者で構成され日々の運営やシステムの管理を行う「Research Management Group」が相互にやり取りをしながら研究を進めた。プロジェクトが進むにつれ運営ミーティングの役割は拡大し、プラットフォームの設計や運営、研究についての方針を決定するようになった。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究の成果により、日本における患者参画の実践によって得られた知見が明らかになり、今後国内の医学研究への患者参画の広まりに貢献することが期待されます。また、本研究は、患者と研究者の両者がパートナーシップを築きながら進める医学研究を実践するうえで重要な教訓を提供し、このような患者参画の実践を検討する世界中の人々にとって役立つことが期待されます。今後、医学研究において患者と研究者の両方が協働して研究を進めていくことで、当事者の視点を反映し、より効果的な医学研究が実現されると考えられます。
特記事項
本研究成果は、2021年2月2日(日本時間)に英国科学誌「Research Involvement and Engagement」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “The practice of active patient involvement in rare disease research using ICT: experiences and lessons from the RUDY JAPAN project”
【著者名】 Nao Hamakawa1, Atsushi Kogetsu1, Moeko Isono1, Chisato Yamasaki1, Shirou Manabe2, Toshihiro Takeda2, Kazumasa Iwamoto3, Tomoya Kubota4, Joe Barrett5, Nathanael Gray5, Alison Turner5, Harriet Teare6, Yukie Imamura7, Beverley Anne Yamamoto7,8,9, Jane Kaye6, Michihiro Hide3, Masanori P. Takahashi4, Yasushi Matsumura2, Muhammad Kassim Javaid5, Kazuto Kato1
【DOI】 https://doi.org/10.1186/s40900-021-00253-6
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 医療情報学
3. 広島大学 大学院医系科学研究科 皮膚科学
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経機能診断学
5. オックスフォード大学 Nuffield Department of Orthopaedics, Rheumatology and Musculoskeletal Sciences,
6. オックスフォード大学 HeLEX Centre,
7. NPO法人HAEJ(遺伝性血管性浮腫患者会)
8. HAEi, Non-profit International Patient Organization for Hereditary Angioedema
9. 大阪大学 大学院人間科学研究科
なお、本研究は、科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)「患者との継続的対話を取り入れた21世紀型医学研究ガバナンスに関する研究」(平成27年度~平成28年度、グラント番号:JP15K15167)、平成28年度日本フルハップ調査研究助成、科研費挑戦的研究(萌芽)「患者・市民の主体的参加による新しい医学研究ガバナンスの構築に向けた研究」(平成 29 年度〜令和2年度、グラント番号:JP17K19812)、厚生労働科学研究「稀少難治性皮膚疾患に関する調査研究」(平成29年度~、グラント番号:H29-難治等(難)-一般-029、20FC1052)、大阪大学国際共同研究促進プログラム(平成29年度~)、厚生労働科学研究費「希少難治性筋疾患に関する調査研究」(平成29年~、グラント番号:H29-難治等(難)-一般-030、20FC1036)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム「医学・医療のためのICTを用いたエビデンス創出コモンズの形成と政策への応用」(平成30年度~、グラント番号:JPMJRX18B3)、National Institute for Health Research (NIHR) Oxford Biomedical Research Centre (BRC) の支援を受けて行われました。
参考URL
加藤 和人教授 研究者総覧URL
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?l=ja&u=10000262
用語説明
- 骨格筋チャネル病
骨格筋に発現するイオンチャネル遺伝子の異常による疾患の総称で、周期性四肢麻痺や非ジストロフィー性ミオトニー症候群が含まれます。エピソード性の筋力低下や筋肉のこわばり(筋緊張)といった症状が生じる筋疾患分野の難病です。
- 遺伝性血管性浮腫(HAE: Hereditary angioedema)
遺伝子の変異が原因で血液の中にあるC1-エラスターゼ・インヒビター(C1-インヒビター)の機能が低下する病気で、体のいたるところに2-3日持続する腫れやむくみ(血管性浮腫)の発作を繰り返します。10歳から20歳代に発症することが多く、特にのどが腫れる場合は呼吸困難に陥り、生命の危険を来す可能性があることが知られています。
- 表皮水疱症 (EB: Epidermolysis Bullosa)
表皮と真皮をつなぐ基底膜の接着分子が遺伝的に欠損ないし機能破綻することにより、日常生活の軽微な外力で表皮が真皮からはがれて全身熱傷様の水疱、びらん、潰瘍を生じる遺伝性水疱性皮膚難病です。