患者と一緒に論文を執筆! 希少疾患領域で優先すべき研究テーマを明らかに

患者と一緒に論文を執筆! 希少疾患領域で優先すべき研究テーマを明らかに

ステークホルダーの共創による政策形成のためのエビデンス創出

2023-12-22生命科学・医学系
医学系研究科助教古結敦士

研究成果のポイント

  • 患者と研究者の熟議を通して、「希少疾患患者が直面する困難の全体像」と「希少疾患領域で優先すべき研究テーマ」を明らかにした
  • これまで、複数の希少疾患を対象にして、患者を含むステークホルダーが協働で研究の優先順位設定を行う取り組みはほとんど例がなかった
  • 患者と研究者が継続的な熟議を行う場を構築することで、政策形成の過程にステークホルダーが関与できることが示された
  • 患者・患者家族も共に研究を進める立場として参画し、議論の進め方や結果のまとめ方についても共に検討を行い、患者著者として論文も共同執筆した

概要

大阪大学大学院医学系研究科の古結敦士助教、磯野萌子助教、加藤和人教授(医の倫理と公共政策学)らの研究グループは、「コモンズプロジェクト」の患者・行政経験者のメンバーらとともに、「希少疾患患者が直面する困難の全体像」と「希少疾患領域で優先すべき研究テーマ」を明らかにしました。

近年、政策立案におけるステークホルダーの関与が医学・医療の分野で注目されていますが、実践的な方法論は十分には確立されていませんでした。

そこで本研究グループは、より患者の視点を反映した、政策形成のためのエビデンスの創出と、そのためのステークホルダー間の協働の方法の開発を目的としてコモンズプロジェクトを開始しました。本研究を通して、10疾患の希少疾患の患者・患者家族、研究者、行政経験者が参加し、ワークショップを通して継続的に熟議を行う「エビデンス創出コモンズ」(以下、「コモンズ」)と名付けられた「場」が構築されました。本研究では、患者・患者家族も共に研究を進める立場として参画し、議論の進め方や結果のまとめ方についても共に検討を行い、患者著者として論文も共同執筆しました。

まず、「コモンズ」での熟議の結果、希少疾患患者やその家族が直面する困難について整理して提示することができました。さらに、そのような困難に対して研究者として取り組む際に、どのような研究テーマを優先して取り組むべきかという優先順位についても議論を行いました。その結果、「日常生活への支障」「経済的負担」「不安」「通院の負担」など、7つの研究テーマが優先的に取り組むべき課題として抽出されました(図1)。

本成果は、希少疾患領域の政策形成の際に参照可能なエビデンスとして役立つと考えられます。また、本手法は政策形成の過程にステークホルダーが関与する方法として今後の応用が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Research Involvement and Engagement」に、11月29日(日本時間)に公開されました。

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図1. 本研究で示された「特に重要な研究テーマ」
(図中赤字で示されたもの)

研究の背景

近年、政策を形成する際に、何らかの根拠をもとに政策を立案し実装することが求められるようになってきています。それと同時に、その過程に当事者が関与することの重要性が認識されています。医療・健康分野においては、徐々に患者が医療現場における意思決定や医学の研究に積極的に参画できるように、流れが変わりつつあります。実際に、日本の生命倫理専門調査会におけるヒトゲノム編集の研究ガバナンスによる議論では、市民、専門家、患者などステークホルダーが関与していることが明らかになっています(2023.6.2発表)。

このような流れは、この分野に関連する政策を形成する過程にも波及していくことが予想されます。しかし、どのようにすれば患者視点を政策の形成過程に効果的に取り込めるのか、という問題についてこれまで明らかにされておりませんでした。特に、本研究で対象とした稀少疾患領域では、一部の、個々の患者会による陳情型で意見を伝えることに留まっており、患者会をもたない疾病の患者や、患者会活動が活発ではない疾病の患者の声も含め、希少疾患領域の政策に、より客観的な形で患者の声を反映させることが課題となっています。

研究の内容

本研究グループでは、患者、患者家族といった当事者を含む様々な立場の人が継続的に意見を交わし、政策形成の際に参照可能なエビデンスを生みだしていくような「場=コモンズ」を作ることを目指して「コモンズプロジェクト」を開始しました。

本研究では、10疾患の希少疾患の患者・患者家族21名、研究者17名、行政経験者5名(合計43名)が計25回のワークショップを通して継続的に熟議を行いました。このような継続的な熟議の場を通して、参加者がお互いの視点や考え方を学び合い、自身の成長と信頼関係の醸成を実感し、そのことが議論の深化に大きく寄与しました。

本研究の結果、希少疾患を抱える患者やその家族は、診断や治療等の医療面に関することだけではなく、生活面や心理面の負担、繋がりや情報、認知・理解の不足をはじめとする、多岐にわたる、計り知れない困難に直面していることを改めて整理して提示することができました(図2)。

また、そのような困難に対して研究として取り組む際に、どのような研究テーマを優先して取り組むべきかという優先順位についても議論を行いました。その際、「優先順位を設定するための基準=判断基準」を参加者全員で考えて選び、その判断基準を当てはめることで優先順位を設定しました。その結果、特に優先度の高いものとして、「日常生活の支障」、「経済的な負担」、「就労就学の悩み」などの生活面に関する研究テーマ、「不安」や「悲観」、「遺伝性疾患に特有の心理」といった精神心理面に関する研究テーマ、通院の負担(時間的・労力面の負担など)の軽減や解決を目指すような研究、が挙げられました(図1)。さらに、「研究者や行政経験者よりも患者や患者家族が重要視した判断基準」や、「特定の観点を持つ判断基準」を用いることで、別の観点から優先度の高い研究課題を明らかにしました。

本研究では、患者・患者家族も共に研究を進める立場として参画し、議論の進め方や結果のまとめ方についても共に検討を行い、患者著者として論文も共同執筆しました。

なお、本研究プロジェクトからは「患者の視点を反映した研究・政策形成に向けての提言」と題する政策提言も行いました(2023.6.23発表https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230623_2)。

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図2. 希少疾患患者が直面する困難

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、希少疾患領域の政策形成、特に今後の研究助成のあり方などを考える際に参照可能なエビデンスとして役立つと考えられます。また、本手法は希少疾患領域を超えて、医療・医学、あるいはその他の政策形成の過程にステークホルダーが関与する方法として、今後の応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年11月29日(日本時間)に英国科学誌「Research Involvement and Engagement」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Enhancing evidence-informed policymaking in medicine and healthcare: stakeholder involvement in the Commons Project for rare diseases in Japan”
【著者名】 Atsushi Kogetsu1, Moeko Isono1, Tatsuki Aikyo1,2, Junichi Furuta3, Dai Goto4, Nao Hamakawa1, Michihiro Hide5,6, Risa Hori7, Noriko Ikeda8, Keiko Inoi9, Naomi Kawagoe10, Tomoya Kubota11, Shirou Manabe12, Yasushi Matsumura13,14, Koji Matsuyama8, Tomoko Nakai15, Ikuko Nakao16, Yuki Saito8, Midori Senoo17, Masanori P. Takahashi11, Toshihiro Takeda14, Megumi Takei6, Katsuto Tamai4, Akio Tanaka5, Yasuhiro Torashima18, Yuya Tsuchida17, Chisato Yamasaki1,19, Beverley Anne Yamamoto20,21,22 and Kazuto Kato1
【DOI】 https://doi.org/10.1186/s40900-023-00515-5
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学
2. 広島大学 医学部
3. 筑波大学 医学医療系・医療情報マネジメント学
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 再生誘導医学
5. 広島大学 大学院医系科学研究科 皮膚科学
6. 広島市立病院機構 広島市立広島市⺠病院
7. 日本結節性硬化症学会ファミリーネット
8. コモンズプロジェクト
9. NPO法人 日本マルファン協会
10. MECP2 重複症候群患者家族会
11. 大阪大学 大学院医学系研究科保健学専攻 生体病態情報科学
12. 大阪大学 大学院医学系研究科変革的医療情報システム開発学
13. 国立病院機構 大阪医療センター
14. 大阪大学 大学院医学系研究科 医療情報学
15. 日本ハンチントン病ネットワーク
16. しらさぎアイアイ会(網膜色素変性症&類似疾患の患者、家族の会)
17. NPO 法人 筋強直性ジストロフィー患者会
18. 長崎大学大学院 移植・消化器外科
19. 医薬基盤・健康・栄養研究所 難治・免疫ゲノム研究センター 難治性疾患治療開発・支援室
20. NPO法人HAEJ(遺伝性血管性浮腫患者会)
21. HAEi, Non-profit International Patient Organization for Hereditary Angioedema
22. 大阪大学 大学院人間科学研究科

参考URL

用語説明

コモンズプロジェクト

JST-RISTEX 社会技術研究開発事業 科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム「医学・医療のためのICTを用いたエビデンス創出コモンズの形成と政策への応用」平成30年〜令和4年(代表:加藤和人)。

ステークホルダー

関与者、または利害関係者のこと。医療分野においては、患者や患者家族、医療・福祉分野の専門職、研究者、政策担当者などが含まれる。

政策形成のためのエビデンス

本研究では、「政策形成の際に参照可能な情報」のことをエビデンスと呼ぶこととした。