研究者も市民も関わっていた ヒトゲノム編集ガバナンス

研究者も市民も関わっていた ヒトゲノム編集ガバナンス

日本の政府委員会における議論の分析から明らかに

2023-6-2生命科学・医学系
医学系研究科教授加藤和人

研究成果のポイント

  • 日本のヒトゲノム編集の研究ガバナンスにおいて、研究コミュニティや市民が従来にはない形で議論に参画していたことを明らかにした
  • これまでゲノム編集研究ガバナンスにおけるステークホルダーの具体的な関わり方は明らかにされてこなかったが、本研究は、日本の事例分析を通して、それぞれの立場の役割に関する理解を深めた
  • 本研究の成果により、先端医療技術のガバナンスに多様なステークホルダーが関与し、よりよい技術利用が進むことが期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の共同研究員(研究当時は大学院生)の相京辰樹(医の倫理と公共政策学・広島大学医学部5年生)、古結敦士助教、加藤和人教授(医の倫理と公共政策学)は、日本の生命倫理専門調査会におけるヒトゲノム編集の研究ガバナンスに関する議論を分析し、その過程において研究コミュニティ・政府・市民が果たした役割を明らかにしました。

ゲノム編集は、生物のゲノムを正確かつ効率的に改変することができる技術です。なかでもヒトゲノム編集には、医学的研究・臨床に応用できる可能性がありますが、技術的なリスクや倫理的・法的・社会的課題(ELSI)も伴います。そのため、ゲノム編集をどのように用いるべきかという問題は活発に議論されてきました。特に、研究者を中心とする研究コミュニティがこの問題に強い関心を持って、国際的な議論の場を設けてきました。また、研究者ではない人々がゲノム編集の議論において積極的な役割を果たす可能性や、研究規制における政府機関の役割も注目されてきました。しかしながら、これらの様々な立場の人々(ステークホルダー)のゲノム編集ガバナンスへの関わり方を包括的に検討し、記述的に明らかにした研究はこれまでありませんでした。

今回、研究グループは、日本の内閣府に設置された生命倫理専門調査会に注目し、ヒトゲノム編集の研究ガバナンス(特に研究倫理審査体制)に関する議論と、その過程におけるそれぞれのステークホルダーの関わり方を分析しました。研究結果からは、新興医学技術のガバナンスには専門家、市民、患者など様々なステークホルダーが関与できること、市民は専門家と異なる方法で複数の関わり方をしていることなどが明らかになり、多様なステークホルダーが関与する研究ガバナンスの確立のためには、市民の役割に関する検討が重要であることが示唆されました。

本研究成果は、2023 年 4 月 26 日(水)に「Asian Bioethics Review」(オンライン)に掲載されました。

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図1. 研究コミュニティと市民は生命倫理専門調査会に新たな形で関わった

研究の背景

近年、正確性と効率性に優れたゲノム編集技術が開発され、医学への応用も現実味を帯びつつあります。これに伴い、様々な倫理的・法的・社会的問題(ELSI)が顕在化しており、適切な研究ガバナンスを確立する必要性が生じています。ヒトゲノム編集の研究ガバナンスにおいては、政府機関による立法等の規制に加えて、研究コミュニティの自律性や市民の役割が注目されてきました。しかし、これらの多様なステークホルダーのガバナンスへの関与のあり方について、具体的な研究は進んでいませんでした。

実際の医学・生命科学分野の研究は、日本を含む多くの国において、研究倫理審査制度によって管理されています。日本では、生命倫理専門調査会において、ヒトゲノム編集に適した研究倫理審査制度の構築が検討されてきました。

研究の内容

研究グループは、生命倫理専門調査会の議論に注目し、研究倫理審査制度およびゲノム編集技術に関する政策決定過程全体において、研究コミュニティ、政府、市民などの様々なステークホルダーがどのように関与してきたかを分析しました。

本研究を通して、生命倫理専門調査会の議論に研究コミュニティ(学会等)や患者コミュニティ(患者会等)が関わっていたこと、市民を対象とした市民対話型イベントなどの新しい取り組みが見られたことが確認されました。このような関与・取り組みは、従来の生命倫理専門調査会では見られなかったものです。また、政府機関や研究コミュニティが他のステークホルダーとの協働によって役割を発揮できること、市民は専門家と異なる方法で複数の関わり方をしていることなども明らかになりました。さらに、多様なステークホルダーが関与する研究ガバナンスの確立のためには市民の役割に関する検討が重要であることが示唆されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、ヒトゲノム編集技術を含む先端医療技術のガバナンスおよび研究倫理審査制度において、政府、専門家、市民、患者などが果たす役割が明らかになりました。多様なステークホルダーとともに新興医学技術のガバナンスに取り組もうとする国や組織にとって、より効果的な実践のための指針となることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023 年 4 月 26 日(水)に「Asian Bioethics Review」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Stakeholder Involvement in the Governance of Human Genome Editing in Japan”
著者名: Tatsuki Aikyo1,2, Atsushi Kogetsu1 and Kazuto Kato1(*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学
2. 広島大学 大学院医系科学研究科
DOI: https://doi.org/10.1007/s41649-023-00251-8

参考URL

加藤和人教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/db675c8dabc95741.html

用語説明

生命倫理専門調査会

内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に設置されており、生命科学の進展に対応することを主な任務としています。関連分野の専門家や、一般的な立場から意見を述べることのできるメンバーが参画しています。