COVID-19によって集中治療室が直面した倫理的課題を調査

COVID-19によって集中治療室が直面した倫理的課題を調査

パンデミック下で医療従事者が感じた苦悩

2021-11-24生命科学・医学系
医学系研究科教授加藤和人

研究成果のポイント

  • COVID-19パンデミック下で日本の集中治療室で働く医療従事者にアンケート調査を実施し、直面している倫理的・社会的課題を明らかにした。
  • COVID-19パンデミックによる社会情勢、医療体制の変化の中で、集中治療室で働く医療従事者は通常と異なる倫理的・社会的課題に直面している可能性があるが、これまで課題を明らかにした研究はなかった。
  • 今回の調査でCOVID-19に対する感染対策の強化によりICUで働く多くの医療従事者は、倫理的・社会的課題を感じていることが明らかになった。
  • 本研究により明らかとなった倫理的・社会的課題を検討し、その解決策を模索することで、COVID-19の再流行時や新たな感染症のパンデミックの際にも医療従事者のburn outを防止し、患者・家族が望む医療ケアの提供に役立つと考えられる。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の制野勇介さん(博士課程)、加藤和人教授、相澤弥生助教、古結敦士助教(医の倫理と公共政策学)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下で日本の集中治療室(ICU)で働く医療従事者にアンケート調査を実施し、直面している倫理的・社会的課題を明らかにしました。

COVID-19パンデミックによる社会情勢、医療体制の変化の中で、ICUで働く医療従事者は通常と異なる倫理的・社会的課題に直面している可能性がありましたが、これまで明らかにした研究はありませんでした。

今回、加藤教授らの研究グループは、COVID-19に対する感染対策の強化によって、面会制限が行われ患者やその家族と通常時のようにコミュニケーションが取れなくなったことや、患者に対して通常時と同じような治療やケアが提供できなかったことに対してICUで働く多くの医療従事者は、倫理的・社会的課題を感じていることを明らかにしました。本研究により明らかとなった倫理的・社会的課題を検討し、その解決策を模索することで、COVID-19の再流行時や新たな感染症のパンデミックの際にも医療従事者のburn outを防止し、患者・家族が望む医療ケアの提供に役立つことが期待されます。

本研究成果は、「Asian Bioethics Review」に、11月15日(月)に公開されました。

研究の背景

COVID-19の世界的な流行は、社会情勢や医療体制に大きな影響を与えました。日本でも都市部を中心にCOVID-19患者が急増し、重症患者を受け入れているICUに負担が集中しました。

ICUでは平常時から、終末期の意思決定や緩和ケアなどの倫理的・社会的課題が生じていますが、これらの問題に対処することは、患者さんやその家族に望ましい医療を提供するためは、必要不可欠です。さらに、医療従事者にとっても、倫理的課題を抱えた困難な状況は、過度のストレスとなり、burn outにつながる可能性があります。その中でも特にmoral distressは、burn outの重大な原因の一つとして指摘されています。したがって、ICUにおける倫理的・社会的課題を明らかにし、moral distressやburn outに対処することが重要であると言われています。

COVID-19パンデミックによる社会情勢の変化により、ICUの医療従事者が直面する倫理的・社会的課題がより明確かつ深刻になったと考えられますが、医療従事者の経験や認識を調査した研究はなく、明確に把握されていません。そこで、本研究は、ICUで働く医療従事者がパンデミック中に経験した倫理的・社会的問題やmoral distressを理解し、対応するための解決策を模索することを目的に行われました。

本研究の成果

研究グループでは、日本集中治療医学会の学会員を対象に電子媒体を用いて2020年7月にアンケート調査を実施しました。今回は、回答者のうちCOVID-19治療に携わったことのある会員189名の回答を分析しました。

COVID-19パンデミックがICUの診療体制に与えた影響では、「面会制限の強化」、「感染対策の強化」、「稼働病床の制限」が多かったことが分かりました(図1)。またCOVID-19パンデミック下に医療従事者が認識していた通常時と異なる倫理的・社会的課題は、「患者家族との意思決定プロセスの困難」、「生命維持治療の限界」、「家族が受ける緩和ケアや精神的サポートの不足」などが指摘されました(図2)。COVID-19パンデミック下の倫理的に問題となるような意思決定をする際には、半数以上の回答者が、患者やその家族に十分なサポートを提供できなかったと考え、moral distressを感じたと回答しました。COVID-19パンデミック下でmoral distressを感じる問題点に関しては、「感染対策を優先するために通常とは異なる治療やケアを行う必要があった」、「面会の制限」、「医療者間での差別や偏見、不公平感」、「心理的負担」などの問題が明らかになりました。

また、回答者の38.1%が社会的な偏見や差別を受けたエピソードを経験していたことが分かりました。医療資源の不足に関しては、4.7%の回答者が実際に医療資源が不足して必要な治療やケアが行えなかった経験があると回答しました。また問題となった医療資源は、個人防護具(70.9 %)、看護師の人的資源(45.0%)、医師の人的資源(33.3%)、ICU病床(28%)との回答が得られました。

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図 1. COVID-19パンデミックが診療体制に与えた影響(複数回答可)

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図2. COVID-19パンデミック下で感じる通常と異なる倫理的社会的課題(複数回答可)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、COVID-19パンデミックの初期段階で日本のICUが直面した倫理的・社会的課題が明らかになりました。医療従事者が直面した倫理的・社会的課題の多くは、COVID-19に対する感染対策によって、面会制限が行われ、患者とその家族とのコミュニケーションが難しくなり、患者中心の意思決定が困難となったこと、また、通常時とは異なる治療やケアを患者や家族に提供しなければならないことが原因であることが分かりました。

本研究により明らかとなった倫理的・社会的課題を踏まえ、インターネットを活用したコミュニケーションの工夫や、医療従事者への心理的サポートの強化など行うことで、COVID-19の再流行時や新たな感染症のパンデミックの際にも医療従事者のburn outを防止し、患者・家族が望む医療ケアの提供に役立つことが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年11月15日(月)に「Asian Bioethics Review」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Ethical and social issues for health care providers in the intensive care unit during the early stages of the COVID-19 pandemic in Japan: A questionnaire survey”
【著者名】 Yusuke Seino, Yayoi Aizawa, Atsushi Kogetsu, Kazuto Kato
【所属】 Department of Biomedical Ethics and Public Policy, Graduate School of Medicine, Osaka University, Osaka, Japan
【DOI】 10.1007/s41649-021-00194-y

用語説明

moral distress

医療従事者が実施すべきだと考える治療やケアが制度や組織の制約、患者のおかれている状況によって行えないことから生じる倫理的な苦悩や葛藤、心理的な不安定さのこと。