コンサルテーションチームからの働きかけで 臨床倫理コンサルテーションを有効に!

コンサルテーションチームからの働きかけで 臨床倫理コンサルテーションを有効に!

医療現場の倫理問題に「積極的に」アプローチする2つの手法

2024-8-23生命科学・医学系
医学系研究科助教古結敦士

研究成果のポイント

  • 医療ケアチームに倫理的支援を行うための仕組み(臨床倫理コンサルテーション)について、その  有効性を高め、医療現場で生じる倫理問題により積極的にアプローチするための新たな方法を提案
  • 臨床倫理コンサルテーションは様々な病院で広がりつつあるが、相談事例が上がってこないなど、 有効に機能している事例は多くなかった
  • 倫理コンサルテーションチームが病院の各部署を巡回して医療スタッフとコミュニケーションを行う「倫理ラウンド」と、倫理問題が生じやすい部門の患者カルテを確認して必要な事例について医療ケアチームに働きかける「カルテレビュー」という2つの手法を提案
  • 従来の、医療ケアチームからの相談を待つだけの「受動的」な仕組みでなく、倫理コンサルテーションチームから働きかける「能動的」な仕組みを組み入れることで、医療現場の倫理問題に積極的にアプローチできると期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の古結敦士助教(医の倫理と公共政策学)、恋水諄源招へい教員(京都第二赤十字病院形成外科部長)らの研究グループは、医療現場で生じる倫理問題にアプローチするための新たな方法を2つ提案しました。

近年、医療現場で生じる様々な倫理問題について、医療ケアチームに倫理的支援を行うための仕組み(臨床倫理コンサルテーション)が様々な病院で構築されつつあります。しかし、臨床倫理コンサルテーションは、医療ケアチームがコンサルテーションチームに相談することが起点になっています。そのため、多くの病院で相談事例が上がってこないなど、有効に機能している事例は多くはないことが明らかとなっています。

本研究グループは、これまでの医療現場での実践を通して、コンサルテーションチームから医療スタッフに働きかけることで、潜在的な問題にアプローチできることを明らかにし、その手法を2つ提案しました(図1)。1つ目の手法「倫理ラウンド」は、コンサルテーションチームが病院の各部署を巡回して医療スタッフとコミュニケーションを行うことで倫理問題を同定し、解決に向けた助言を行うものです。2つ目手法「カルテレビュー」は、倫理問題が生じやすい部門の患者カルテを確認して、対応が必要な事例について医療ケアチームに働きかけるというものです。

本成果を活かし、倫理コンサルテーションチームから働きかけることで、医療現場の倫理問題への積極的なアプローチが可能になります。ひいては、より良い医療ケアの提供や医療スタッフの道徳的苦悩の軽減に繋がると期待されます。

本研究成果は、「Asian Bioethics Review」に2024年8月15日(木)(日本時間)に公開されました。

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図1. 従来型と本提案のコンサルテーションの違い

研究の背景

近年、医学の進歩によって医療の選択肢が増え、臨床上の意思決定が複雑化するとともに、様々な倫理的な問題が認識されるようになってきています。このような臨床倫理の問題に対処する一つの方法として、臨床倫理コンサルテーションが注目されています。これは、患者、家族、代理人、医療従事者、その他の利害関係者が、医療で生じる価値観の問題について懸念や葛藤を抱えたとき、その解決を支援する個人およびグループによる様々なサービスのことです。

日本では2010年代以降、臨床倫理コンサルテーションを行うための体制が様々な病院で構築されつつあります。しかし、世界的にみても、相談事例が少ないなど、その有効性が課題となっています。その理由として、病院スタッフの臨床倫理コンサルテーションに対する認知度が低い、どのような問題について相談すべきかわからない、重要だが曖昧な問題について、自分の懸念を明確に伝えることが難しい、といったことが挙げられています。

研究の内容

研究グループでは、2つの病院においてそれぞれ異なる ”Proactive ethics consultation” の実践を行いました。実践をもとに、臨床倫理コンサルテーションの具体的戦略を明確にし、潜在的な利点、意義、効果的に実施するための留意点などについて検討を行いました。検討の結果、臨床倫理コンサルテーションを効果的に実施するためには、2つの手法が有効であることを明らかにしました。

1つ目は「倫理ラウンド」です。これは、コンサルテーションチームが月に1度病院の各部署を巡回して、医療スタッフに「何か困っていることはないですか、モヤモヤしていることはないですか」と尋ね、医療スタッフとの対話の中から倫理的な問題を同定したり、その対応を検討したりするものです。コンサルテーションチームは、その場で解決策を提示することもあれば、後日、関係者を交えたミーティングの開催を提案し、そこで支援と助言を行うこともあります。

2つ目は「カルテレビュー」です。これは、倫理問題が生じやすい部門の患者カルテをコンサルテーションチームが確認して、対応が必要な事例について医療ケアチームに働きかけるというものです。コンサルテーションチームは、患者とその家族が十分な説明を受けたかどうかを評価し、意思決定過程における問題を特定し、医療チームが独自に解決できない複雑な倫理的ジレンマがあるかどうかを判断します。必要に応じて、コンサルテーションチームは医療スタッフに働きかけ、今後の進め方について話し合う多職種会議の開催を支援しています。

この2つの手法に共通しているのは、相談や働きかけの「起点を移す」というアプローチです。臨床倫理コンサルテーションは従来、医療スタッフからのコンサルテーションチームへの働きかけを起点にする、受動的なアプローチでした。今回、研究チームは発想を転換し、コンサルテーションチームから医療スタッフへの働きかけを行いました。この「起点を移す」発想が、臨床倫理コンサルテーションを効果的なものにするということを明らかにしました。

これにより、医療チームが認識していなかったかもしれない倫理的問題を発見することができるようになります。また、うまく活用されることの少なかった倫理支援サービスについて、存在と利点の認識を高めることにも繋がります。また、「倫理ラウンド」では、特定の症例とは直接関係のない倫理的な問題にも取り組むことができること、「カルテレビュー」では、医療スタッフの倫理的感受性によらず網羅的にアプローチできることなどがそれぞれの手法の独自の利点として挙げられました。

さらに、研究グループはProactive ethics consultationを効果的に行うためには、心理的安全性の確保、「答え」を追求しすぎないこと、コンサルテーションチームの立ち位置を意識すること、リソースの確保とスキルの育成という4つの点が重要であると提言しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回提案した手法により、医療現場における潜在的な倫理的問題に積極的にアプローチすることができるようになります。これは、臨床倫理の「文化」を培うことにつながり、最終的に臨床倫理コンサルテーションを「よく機能する」ものにすることができると期待されます。本研究成果はまた、倫理コンサルテーションに携わる人々に実践的な指針となり、このテーマに関する学術的議論にも貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年8月15日(木)(日本時間)に「Asian Bioethics Review」に掲載されました。

【タイトル】Two approaches of ‘proactive consultation’: Towards well-functioning clinical ethics consultation
【著者名】 Atsushi Kogetsu1, Jungen Koimizu2,3
【DOI】 https://doi.org/10.1007/s41649-024-00302-8
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学
2. 京都第二赤十字病院 形成外科
3. 京都府立医科大学 外科学 形成外科学部門

参考URL

用語説明

Proactive ethics consultation

医療における倫理的課題に対処したり、医療スタッフが経験する道徳的苦痛を軽減したりするために、倫理コンサルテーションチームからの働きかけによって提供される、医療スタッフとの対話を中心とする倫理支援サービス