肥満、糖尿病はオーラルフレイルのリスク

肥満、糖尿病はオーラルフレイルのリスク

肥満や糖尿病がある人は食べ物をうまく噛めていない可能性

2021-3-25生命科学・医学系
医学系研究科寄附講座講師髙原充佳

研究成果のポイント

  • 生活習慣病で通院中の患者さんの中で、肥満や糖尿病がある人は、口腔機能が低下する「オーラルフレイル」のリスクが高いことを明らかにしました。
  • オーラルフレイルは全身のフレイル、サルコペニア、低栄養などと結びついていることが知られています。過食や食生活の乱れが問題となりがちな生活習慣病の患者さんにおいて、これとは真逆の状態にあると考えられる肥満、すなわち過栄養でもオーラルフレイルを認めるかはよく分かっていませんでした。
  • 肥満や糖尿病の食事指導では、しっかり噛んで食べることの重要性がよく強調されてきました。しかし、こうした患者さんでは、噛む回数を増やす以前に、うまく噛めていない可能性があり、噛む回数を増やす指導だけではなく、口腔機能の改善や、口腔機能に合わせた食事内容の提案など、新たなアプローチが必要なことを示唆しています。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の髙原充佳寄附講座講師(糖尿病病態医療学)、下村伊一郎教授(内分泌・代謝内科学)らの研究グループは、生活習慣病の患者さんの中で肥満や糖尿病がある人は、口腔機能が低下する「オーラルフレイル」のリスクが高いことを明らかにしました。生活習慣病で通院中の患者さん1000名を対象に、口腔機能の指標である咀嚼機能(歯で噛み砕く機能)と舌口唇運動機能(舌と唇を動かす機能)を調べたところ、高齢、体の筋力の低下に加え、肥満や糖尿病も、こうした機能の低下のリスクを高めることが明らかになりました。

これまで、オーラルフレイルは全身のフレイル、サルコペニア、低栄養などと結びついていることがよく知られていました。過食や食生活の乱れが問題となりがちな生活習慣病の患者さんにおいて、これとは真逆の状態にあると考えられる肥満、すなわち過栄養でもオーラルフレイルを認めるかはよく分かっていませんでした。

今回、研究グループは、生活習慣病の患者さんにおいて、咀嚼機能と舌口唇運動機能の低下には、年齢や全身の筋力低下のみならず、肥満や糖尿病も関係していることを明らかにしました。一般に、肥満や糖尿病の食事指導では、噛む回数を増やすことの重要性がよく強調されてきました。しかし、こうした患者さんでは、噛む回数を増やす以前に、うまく噛めていない可能性があり、噛む回数を増やす指導だけではなく、口腔機能の改善や、口腔機能に合わせた食事内容の提案など、新たなアプローチが必要なことを示唆しています。

本研究成果は、国際英文科学誌「Obesity Research & Clinical Practice」に、3月7日(日)(現地時間)にオンライン公開されました。

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図. 口腔機能低下の関連因子 高齢や全身の筋力低下に加え、肥満と糖尿病が咀嚼機能(歯で噛み砕く機能)の低下と舌口唇運動機能(舌と唇を動かす機能)の低下と関連していた

研究の背景

口腔機能が低下する「オーラルフレイル」は、全身のフレイル、サルコペニア、低栄養などと強く結びついていることが分かってきており、近年、社会的にも大変注目されています。全身の機能が低下し、栄養状態も悪くなるような人で、オーラルフレイルの状態が見られやすいことはよく認識されています。一方、過食や食生活の乱れが問題となりがちな生活習慣病の患者さんにおいて、これとは真逆の状態にあると考えられる肥満、すなわち過栄養でもオーラルフレイルを認めるかはよく分かっていませんでした。今回の研究では、生活習慣病の患者さんの中で、どのような人がオーラルフレイルのリスクが高いのかを調査しました。

本研究の成果

研究グループは、糖尿病、高血圧、脂質異常症、高尿酸血症のいずれか1つ以上の生活習慣病がある患者さん1000名を対象に、口腔機能の指標である咀嚼機能(歯で噛み砕く機能)と舌口唇運動機能(舌と唇を動かす機能)を調べました。大阪府柏原市の医療法人白岩内科医院に通院中の患者さんに本研究へご協力いただきました。その結果、フレイル・サルコペニアの指標である握力や歩行速度の低下ならびに年齢が、咀嚼機能の低下・舌口唇運動機能の低下と関連していました。さらに、糖尿病と肥満も、これらの因子とは独立して、咀嚼機能の低下・舌口唇運動機能の低下と関連していることが明らかになりました。人間がものを食べる際、食べ物を砕く歯そのものの働きももちろん大切ですが、一回一回噛む毎に舌や唇をうまく協調させて動かせることも重要になります。これらの機能が低下してしまうと、食べ物を上手く噛めなくなってしまいます。今回の研究は、肥満や糖尿病の患者さんでは、食べ物をうまく噛めていないリスクが高いことを示唆しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

近年、オーラルフレイルの重要性がますます注目されており、フレイルやサルコペニア、栄養不足との結びつきに、つい目が行きがちです。今回の結果は、こうした状態とは真逆と思われる肥満、過栄養の状態も、オーラルフレイルのリスクであり、注意が必要であることを示しています。また、これまで、肥満や糖尿病のある患者さんでは、食事の注意点として、食事の量やバランスに加え、しっかり噛んで食べること、すなわち、一口当たりの噛む回数を増やすことがよく挙げられてきました。しかし、今回の結果から、肥満や糖尿病がある患者さんでは、噛む回数を増やす以前の問題として、そもそもうまく噛めていない可能性が考えられます。噛む回数を増やすという従来の指導にとどまらず、患者さんの口腔機能の状態を正しく評価し、低下している場合には機能の改善や、口腔機能に合わせた食事内容の提案など、新たなアプローチが必要であることが示唆されます。

特記事項

本研究成果は、国際英文科学誌「Obesity Research & Clinical Practice」に、2021年3月7日(日)(現地時間)にオンライン公開されました。

【タイトル】 “Association of obesity, diabetes, and physical frailty with dental and tongue-lip motor dysfunctions in patients with metabolic disease”
【著者名】 Mitsuyoshi Takahara1, Toshihiko Shiraiwa2, Yoshifumi Maeno2, Kaoru Yamamoto2, Yuka Shiraiwa2, Yoko Yoshida2, Norio Nishioka2, Naoto Katakami3, Taka-Aki Matsuoka4, Iichiro Shimomura4
【所属】
1. Department of Diabetes Care Medicine, Osaka University Graduate School of Medicine
2. Shiraiwa Medical Clinic, Kashiwara City, Osaka.
3. Department of Metabolism and Atherosclerosis, Osaka University Graduate School of Medicine
4. Department of Metabolic Medicine, Osaka University Graduate School of Medicine

なお、本研究は、一般社団法人日本PRO研究会を研究主体とし、株式会社ロッテから研究資金の提供を受けて行われ、大阪府柏原市の医療法人白岩内科医院の協力を得て行われました。

参考URL

用語説明

オーラルフレイル

口に関するささいな衰えを放置したり、適切な対応を行わないままにしたりすることで、口の機能(口腔機能)の低下、食べる機能の障がい、さらには心身の機能低下まで繫がる負の連鎖が生じてしまうことに対して警鐘を鳴らした概念(日本歯科医師学会)です。国民の健康寿命をサポートするため、近年、その啓発活動が積極的に進められています。最近では、口腔の機能低下予防が健康寿命延伸に大きく寄与する知見が示され、2018年度(平成30年度)には医療保険病名として口腔機能低下症が採用されるようになりました。

フレイル

加齢とともに、心身の活力が低下した状態のことです。心身が老い衰えて弱々しくなり、日常生活に支障をきたすようになりますが、一方で適切な働きかけ・サポートを行えば、生活機能の維持・向上も期待できる、可逆的な状態でもあります。健康な状態と要介護の中間の状態ということができます。

サルコペニア

全身の筋肉量や筋力が低下し、身体能力が低下した状態です。転倒したり、ふらついたりするなど、日常生活に支障をきたし、活力の低下や、寝たきりの可能性も出てきます。