膵β細胞増殖を促進する液性因子を発見

膵β細胞増殖を促進する液性因子を発見

糖尿病の根本治療に期待

2022-11-8生命科学・医学系
医学系研究科寄附講座講師喜多俊文

研究成果のポイント

  • 生理的アディポネクチン受容体であるT-カドヘリンは、可溶性T-カドヘリンとして細胞外に分泌されることも報告してきた(Fukuda S et al., JCEM2021)。今回インスリン不足に応答する液性因子としてT-カドヘリン分泌が促進され、本因子が膵β細胞の増殖を促進することを明らかにしました。
  • インスリン作用を受ける組織・細胞がインスリンの不足状態を膵β細胞にフィードバックするメカニズムは不明でした。
  • 糖尿病の根本的治療への応用が期待されます。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の沖田朋憲さん(内分泌・代謝内科学博士後期課程)、喜多俊文寄附講座講師(肥満脂肪病態学)、下村伊一郎教授(内分泌・代謝内科学)らの研究グループは、生理的アディポネクチン受容体であるT-カドヘリンが、インスリン不足に応答する液性因子として分泌が促進され、膵β細胞の増殖を促進することを明らかにしました。

糖尿病は遺伝的要因や過栄養を背景として、インスリンの作用不足とインスリンそのものの不足とによって発症し、世界の糖尿病人口は5億人を超え 成人の10人に1人が糖尿病というパンデミックな状態にあります。

今回、研究グループは、T-カドヘリン欠損マウスの糖代謝を研究することにより、膵β細胞の増殖を促進する新しい液性因子を発見しました。これにより、糖尿病の根本治療への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「iScience」に、11月8日(火)午前1時(日本時間)に公開されました。

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研究の背景

これまで、T-カドヘリンは、脂肪細胞に由来する液性因子アディポネクチンと結合し、エクソソーム産生を促進する受容体であることが知られていました。今回、T-カドヘリン欠損マウスを作製し、T-カドヘリンの糖代謝における重要性を検討しました。

研究の内容

研究グループでは、高脂肪食負荷及びストレプトゾシン投与糖尿病モデルマウスを用いることで、T-カドヘリンは膵β細胞の増殖に必要であることがわかりました。T-カドヘリンは膵島には殆ど発現していないことから、膵外からの液性因子による調節を想定しました。アディポネクチン欠損マウスではストレプトゾシン投与糖尿病病態は悪化しなかったので、T-カドヘリン欠損マウスとアディポネクチン欠損マウスに共通するエクソソーム産生低下ではなく、T-カドヘリン欠損マウスに特有の可溶性T-カドヘリンの低下に原因がある可能性を考えました。可溶性T-カドヘリンを補充することで、膵β細胞増殖が促進され、高脂肪食負荷による耐糖能低下が回復しました。またストレプトゾシン投与糖尿病モデルマウスの血糖値や膵インスリン含量が回復しました。膵島の遺伝子発現解析から、T-カドヘリン欠損マウスの膵島ではNotchシグナルが低下していることを突き止めました。Notchシグナルが膵β細胞の増殖に重要であることは知られていましたが、どのように調節されているのか不明でした。研究グループは可溶性T-カドヘリンが単離膵島のNotchシグナル経路を増幅し、細胞増殖関連遺伝子の発現を促進することを明らかにしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、膵β細胞を増やすという糖尿病の根本治療への応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年11月8日(木)午前1時(日本時間)に米国科学誌「iScience」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Soluble T-cadherin promotes pancreatic β-cell proliferation by upregulating Notch signaling”
著者名:Tomonori Okita1, Shunbun Kita1,2,5*, Shiro Fukuda1*, Keita Fukuoka1, Emi Kawada-Horitani1, Masahito Iioka1, Yuto Nakamura1, Yuya Fujishima1, Hitoshi Nishizawa1, Dan Kawamori1, Taka-aki Matsuoka4, Norikazu Maeda1,3, and Iichiro Shimomura1(*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 肥満脂肪病態学
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 代謝血管学
4. 和歌山県立医科大学 第一内科学
5. Lead contact
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.105404

本研究は、JST基盤研究、JST挑戦的研究、上原記念生命科学財団助成研究の一環として行われました。

用語説明

アディポネクチン

脂肪細胞から産生分泌されるタンパク質であり、様々な臓器保護作用を有することが知られています。T-カドヘリンという受容体に特異的に結合して、エクソソーム産生を促進する機能があることを、同研究グループが発見しています。

T-カドヘリン

細胞間接着やコミュニケーションに重要なカドヘリンの一種であるが、細胞内ドメインを有さず、脂質アンカーによって細胞膜に係留される特殊なカドヘリン分子です。本研究グループによって、T-カドヘリンは高親和性かつ高選択的にアディポネクチンと結合することが明らかにされています。

エクソソーム

細胞内から産生分泌される直径100nm前後の微粒子であり、細胞の余剰物質を細胞外に排出する機能と共に、様々な生理活性核酸やタンパク質を内包し、細胞間の情報伝達に機能することが知られています。エクソソームの血中濃度はアディポネクチンによって強く制御されること、アディポネクチンの様々な臓器保護作用にも深く関係することを、同研究グループが発見しています。

Notch

Notchは隣り合った細胞の間でやり取りされるシグナルの受容体として知られており、細胞の増殖や分化などに重要な役割を果たしていることが知られています。