
歯科健診未受診の高齢者で死亡リスクが約1.5倍に
歯科健診が“命を守る”可能性、大阪府94万人データから判明
概要
歯の本数などの口腔の健康状態と死亡リスクには関連があることが知られており、高齢化が進む日本では健康寿命の延伸を目指し、75歳以上の後期高齢者を対象とした後期高齢者歯科健康診査事業(以下、歯科健診)が2018年度から開始されました。しかし、高齢者を対象とした公的な歯科健診は世界でも例がなく、その有益性は明らかになっていません。
大阪公立大学大学院看護学研究科の大槻 奈緒子講師と大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター保健管理部門の山本 陵平教授らの共同研究グループは、2017年10月~2019年3月の期間、継続して大阪府後期高齢者医療保険に加入していた75歳以上の946,709人を対象に、歯科健診・歯科受診の有無と死亡の関連を生存時間解析で検討しました。対象者を4群(①歯科健診有り・歯科受診有り ②歯科健診有り・歯科受診無し ③歯科健診無し・歯科受診有り ④歯科健診無し・歯科受診無し)に分け、年齢や基礎疾患などの背景因子が一致する対象者ごとに分析した結果、④群の高齢者は、②群の高齢者に比べて死亡リスクが男性で1.45倍、女性で1.52倍であることが明らかになりました(図1)。
本研究成果は、2025年5月7日に国際学術誌「Journal of Gerontology: Medical Sciences (The Journal of Gerontology series A)」のオンライン速報版に掲載されました。
図1. 高齢者における歯科健診・歯科受診の有無と累積全死亡率
研究の背景
世界保健機関(WHO)は、高齢者にとって口腔の健康状態は極めて重要な懸念事項であり、健康寿命の延伸を実現するための重要な要素と提唱しています。日本では、高齢者の健康寿命の延伸を目指し、2018年度から75歳以上の後期高齢者を対象とした歯科健診が開始されました。しかし、高齢者に対する公的な歯科健診は世界的にも珍しく、高齢者に対する健康スクリーニングとしての公的な歯科健診の有益性は明らかになっておらず、歯科健診受診の積極的な促進には、歯科健診の有益性を検討することが必要不可欠です。
研究の内容
本研究は、Oral Health Screening to Assess Keys of Aging well (OHSAKA) studyの一部として行われました。2017年10月時点で大阪府後期高齢者医療保険に加入していた1,078,729人のうち、2017年10月~2019年3月まで継続して大阪府後期高齢者医療保険に加入していた75歳以上の946,709人を分析対象として、歯科健診の受診有無と歯科・医療レセプトデータを用いて、歯科健診・歯科受診の有無とその後の死亡の関連を検討しました。
約100万人の対象者は、それぞれ年齢や基礎疾患など背景因子が異なるため、これらを調整するために、同じような背景因子を持つ人だけを統計的に選んで分析する傾向スコアマッチングという手法を用いて、歯科健診・歯科受診の有無と死亡の関連を生存時間解析で検討しました。その結果、歯科健診を受けた(歯科受診はなし)高齢者に比べ、歯科健診も歯科受診も受けていない高齢者は、死亡のリスクが男性で1.45倍、女性で1.52倍であることが明らかになりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究において、歯科健診を受診していない群で高い死亡リスクを示した理由として、歯科健診のような定期的な歯科メンテナンスが、歯の喪失予防や口腔衛生維持に有益であることや、定期的な歯科メンテナンスに行く高齢者はもともと健康意識が高く、死亡リスクを下げるような健康行動を取りやすいことが考えられます。
日本では、8020運動が国民に定着しており(2022年の達成率は51.6%)、諸外国に比べ、国民の口腔の健康意識は高いと考えられています。後期高齢者歯科健診事業はまだ認知度が低いですが、本結果を踏まえできるだけ多くの高齢者に歯科受診をしてもらい、口腔衛生の維持・改善だけでなく、健康問題リスクを持った高齢者を適切に医科に繋げるなど、歯科健診の機会を有効に活用することで、歯科と医科の両面から国民の健康寿命の延伸に貢献できるのではないかと考えています。
特記事項
【論文情報】
【発表雑誌】Journal of Gerontology: Medical Sciences (The Journal of Gerontology series A)
【論 文 名】Dental checkups and all-cause mortality in older adults aged ≥75 years: a large retrospective cohort study
【著 者】Naoko Otsuki*, Tomoaki Mameno*, Yuya Kanie, Maki Shinzawa, Kazunori Ikebe, and Ryohei Yamamoto.
*These two authors contributed equally to this work.
【掲載URL】https://doi.org/10.1093/gerona/glaf100
本研究は、JSPS科研費基盤研究(B)(24K02764)および大阪府後期高齢者医療広域連合受託研究(受託研究代表:大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター 山本 陵平)の一部として実施しました。
用語説明
- 大阪府後期高齢者歯科健康診査
日本では高齢者の口腔状態の問題や口腔機能低下をスクリーニングし、精密検査、治療および地域の介護予防事業等につなげることで、口腔機能の維持・向上、全身疾患の予防等を実現することを目的に、2018年度から後期高齢者を対象とした公的な歯科健診事業を開始した。高齢者を対象にした公的な歯科健診の実施は、世界的にも珍しく諸外国からの報告は見られない。
- Oral Health Screening to Assess Keys of Aging well (OHSAKA) study
2018年から実施されている後期高齢者歯科健康診査結果と、大阪府後期高齢者医療保険介入者延べ250万人の医療・介護レセプトデータ(悉皆)を突合した大規模リアルワールドデータを用いて、大阪府民の健康寿命の延伸を目指して実施している大阪発の歯学領域世界最大規模の疫学研究。大阪府後期高齢者医療広域連合および大阪府歯科医師会の協力のもと、大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター保健管理部門、本学大学院看護学研究科地域包括ケア科学分野、大阪大学大学院歯学研究科有床義歯補綴学・高齢者歯科学講座が実施している多施設共同研究。