高齢者の歯の数と大腿骨頸部骨折発症の関連を分析

高齢者の歯の数と大腿骨頸部骨折発症の関連を分析

高齢女性は20本以下でリスクが約1.2倍に

2025-1-29生命科学・医学系
キャンパスライフ健康支援・相談センター教授山本陵平

概要

口腔機能が低下すると、食事などからの適切な栄養摂取がしづらくなるため、口腔機能の低下はさまざまな疾患の要因になり得るとして注目されています。高齢者で発症リスクの高い大腿骨頸部骨折も、口腔機能の低下による骨粗鬆症や姿勢保持力の低下が原因となることが知られています。しかし、口腔機能の評価に最も大きく影響する歯の数と、大腿骨頚部骨折の発症率の関連は明らかになっていません。

大阪公立大学大学院看護学研究科の大槻 奈緒子講師と大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター保健管理部門の山本 陵平教授らの共同研究グループは、2018年4月時点で大阪府後期高齢者医療保険に加入していた1,110,572人のうち、2018~2019年度に大阪府後期高齢者歯科健康診査を受診した75歳以上の高齢者190,998人を対象に、初回歯科健診時の歯の数と大腿骨頚部骨折発症の関連を検討しました。その結果、歯の数が20本以下の女性は、歯の数が21本以上の女性に比べて大腿骨頸部骨折発症リスクが約1.2倍高いことが明らかになりました。一方で男性は関連が見られませんでした。高齢者の大腿骨頚部骨折は予後が良くないことも多く、要介護状態になることもあるため、定期的な歯科健診を行うことで高リスク者の早期発見や発症予防に繋がることが期待されます。

本研究成果は、2025年1月25日に国際学術誌「Journal of Epidemiology」のオンライン速報版に掲載されました。

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研究の背景

大腿骨頚部骨折は高齢者にとって最も身近な疾患の一つで、高齢者が大腿骨頚部骨折を引き起こすと、要介護状態に陥ることも少なくありません。高齢者の大腿骨頚部骨折発症には、骨粗鬆症のような骨の脆弱性や、姿勢保持力の低下のような転倒しやすさが関連しているといわれています。また、骨粗鬆症や姿勢保持力低下には、口腔機能が関連することが知られていますが、口腔機能に強く関連する歯数と大腿骨頚部骨折発症の関連を検討した研究はこれまでほとんど行われていません。

研究の内容

本研究は、Oral Health Screening to Assess Keys of Aging well (OHSAKA) studyの一部として行われました。2018年4月時点で大阪府後期高齢者医療保険に加入していた1,110,572人のうち、 2018~2019年度に大阪府後期高齢者歯科健康診査を受診した75歳以上の高齢者190,998人を分析対象とし、歯数と大腿骨頚部骨折発症の関連を検討しました。

歯科健康診査と医療レセプトデータを用いて、歯数と手術を要した大腿骨頸部内側骨折の有無を2022年3月まで追跡調査を行い、多変量補正Fine and Grayモデルを用いて分析した結果、歯数が20本以下の高齢女性は歯数が21本以上の方に比べて、大腿骨頚部骨折の発症リスクが約1.2倍であることが明らかになりました。一方で、男性では歯数と大腿骨頚部骨折には関連が見られませんでした(図1)。また、net reclassification improvement (NRI)を用いたモデル比較の結果、歯数と大腿骨頚部骨折発症の関連において、もっとも予測能の高い歯数のカウント方法は健全歯+処置歯でした。

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図1. 歯数と死亡を考慮した累積大腿骨頸部骨折発症率の男女比較

期待される効果・今後の展開

本結果は、75歳以上の高齢女性の一般集団において、歯数の少ない高齢女性は大腿骨頚部骨折発症の潜在的なスクリーニング対象であることを示唆しています。定期的な歯科健康診査によって大腿骨頚部骨折発症リスク者を早期に見つけ、介護予防に繋げることが重要です。

一方で、歯の健康は長年の生活習慣が影響するため、歯数を多く保持するためにはより若い世代からの口腔衛生の維持・向上が必要です。本研究の知見を活用した地域保健施策として、若年層を対象とした口腔衛生普及活動や定期的な歯科健康診査の受診勧奨を推進し、将来の地域住民の健康長寿の延伸を目指していくことが望まれます。

特記事項

【論文情報】
【発表雑誌】Journal of Epidemiology
【論 文 名】Number of teeth and incidence of hip fracture in older adults aged ≥75 years: the OHSAKA study
【著  者】Naoko Otsuki, Tomoaki Mameno, Yuya Kanie, Masahiro Wada, Maki Shinzawa, Kazunori Ikebe and Ryohei Yamamoto
【掲載URL】https://doi.org/10.2188/jea.JE20240165

本研究は、JSPS科研費基盤研究(B)(24K02764)および大阪府後期高齢者医療広域連合受託研究(受託研究代表:大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター 山本 陵平)の一部として実施しました。

用語説明

大阪府後期高齢者歯科健康診査

日本では高齢者の口腔状態の問題や口腔機能低下をスクリーニングし、精密検査、治療および地域の介護予防事業等につなげることで、口腔機能の維持・向上、全身疾患の予防等を実現することを目的に、2018年度から後期高齢者を対象とした公的な歯科健康診査事業を開始した。高齢者を対象にした公的歯科健康診査の実施は、世界的にも珍しく諸外国からの報告は見られない。

Oral Health Screening to Assess Keys of Aging well (OHSAKA) study

2018年から実施されている後期高齢者歯科健康診査結果と、大阪府後期高齢者医療保険介入者延べ250万人の医療・介護レセプトデータ(悉皆)を突合した大規模リアルワールドデータを用いて、大阪府民の健康寿命の延伸を目指して実施している大阪発の歯学領域世界最大規模の疫学研究。大阪府後期高齢者医療広域連合および大阪府歯科医師会の協力のもと、大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター保健管理部門、大阪公立大学大学院看護学研究科地域包括ケア科学分野、大阪大学大学院歯学研究科有床義歯補綴学・高齢者歯科学講座が実施している多施設共同研究。