新型コロナウイルス感染症の重症化バイオマーカー及び 重症化を予防するD-アミノ酸の発見

新型コロナウイルス感染症の重症化バイオマーカー及び 重症化を予防するD-アミノ酸の発見

医療、患者負担の軽減に期待

2022-11-28生命科学・医学系
医学系研究科教授猪阪善隆

概要

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市、理事長・中村祐輔)(以下「NIBIOHN」という。)難治性疾患研究開発・支援センター 木村 友則 センター長は、国立大学法人 大阪大学大学院医学系研究科腎臓内科学 猪阪 善隆 教授と共同でD-アミノ酸が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化予測及び重症化予防に有用であることを発見しました。

2019年以降のCOVID-19によるパンデミックが起きて以来、未だに重症化予測や治療法開発は難しく、医療現場や患者にとって大きな負担となっています。

今回、D-アミノ酸を測定すると、COVID-19患者の重症化を予測できること、さらに、D-アミノ酸の一種であるD-アラニンに症状を軽減する効果があることを発見しました。

本知見はCOVID-19のみならずインフルエンザウイルス感染症においても適用できることから、ウイルス感染症患者の早期段階での重症化予測や、治療介入が可能となり、関連する医療、患者負担を軽減することが期待されます。

本研究成果は、10月21日に「Biochimica et Biophysica Acta - Molecular Basis of Disease」誌のオンライン版で公開されました。

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図1. D-アミノ酸血中濃度は重症の新型コロナウイルス感染症患者で低値である。

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図2.D-アラニンの補充はウイルス感染症モデル動物の症状を軽減する。(A)インフルエンザウイルス感染症モデルマウスの体重減少を抑制する。(B)COVID-19モデルマウスの死亡率を軽減する。

研究の背景

2019年以降の新型コロナウイルス感染症患者は全世界累積で6.2億人を超えています。この2年間に、PCR反応等を活用したウイルス検出法の開発は進みましたが、未だに重症化予測や治療法開発は困難でした。多くの患者は無症状ないし軽度から中等度の症状を呈しますが、高齢者などのリスクの高い患者は重症化して呼吸不全となり、人工呼吸器ないし体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation, ECMO)3などを活用した集中治療が必要となります。現段階ではどの患者が重症化するかを予測することができないため、症状の軽い人も注意深い経過観察が必要になり、また、重症化した患者を早期から集中治療するのも難しい状況です。

一方、アミノ酸にはL-体とD-体のキラルアミノ酸 (鏡像異性体 のアミノ酸、図3)がありますが、体内にはL体しか存在しないと長い間、考えられていました。しかしこれまでの研究により、体内にはごく少量のD-アミノ酸が存在し、腎臓病など様々な疾患の状態を鋭敏に反映することが分かってきました。D-アミノ酸は新しい視点から病気の状態を反映することから、D-アミノ酸測定が新型コロナウイルス感染症を含む重症ウイルス感染症の評価に活用できるのではないかと考え、検討を進めました。

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図3. キラルアミノ酸。アミノ酸には鏡像異性体として、L体(左図)とD体(右図)が存在するが、性質は異なる。生体にはL-アミノ酸しか存在しないと長らく考えられていた。

本研究の内容

まず研究グループは、重症ウイルス感染症モデルマウスにおいて、D-アミノ酸を評価しました。D-アミノ酸の測定には2次元HPLCシステムを利用しました。インフルエンザウイルスで重症感染を起こしたところ、感染したマウスで血中のD-セリン、D-プロリン、D-アスパラギン、D-アラニンの濃度が極端に低下しました。

ヒトCOVID-19患者でも重症化の評価に活用できるか検討しました。人工呼吸器ないしECMOを必要としている重症のCOVID-19患者の血液を調べたところ、D-セリン、D-プロリン、D-アラニンが低値となっていました(図1)。

次に、低下するD-アミノ酸の補充により症状が緩和できるか検討しました。感染で最も低下するD-アラニンをモデルマウスに投与したところ、インフルエンザウイルス感染症モデル及びCOVID-19感染モデルにおいて、感染による体重減少が軽減したり、死亡率が低下したりするなど、重症化を抑制することが分かりました。効果は限局的ですが、D-アラニンに治療効果があることを示唆しています(図2)。

本研究により、これまで十分できていなかった新型コロナウイルス感染症の重症化予測や治療効果判定、さらには重症化予防が可能になると期待されます。

本研究成果の意義

新型コロナウイルス感染症が引き起こした深刻な社会、医療上の問題の解決にD-アミノ酸測定は有用です。本研究成果を利用することによって新型コロナウイルス感染症などの重症ウイルス感染症の早期の集中治療や治療開始をすることができます。D-アミノ酸をバイオマーカーとして、新規治療薬の開発にもつながることも期待されます。また、D-アラニンを投与することで症状を緩和させる可能性もあります。効果は新型コロナウイルスのみならずインフルエンザウイルス感染症でも確認されたことから、今後のパンデミックにおいても速やかに導入することで、パンデミックにより引き起こされる社会・医療上の問題へ適切に対応する一助となると考えられます。

特記事項

本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「ウイルス等感染症対策技術開発事業」及び「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」からの助成を受けて行われました。本研究成果のアミノ酸分析はKAGAMI株式会社の技術支援のもと行われました。

論文情報
論文タイトル:D-Alanine as a biomarker and a therapeutic option for severe influenza virus infection and COVID-19
著者:Shihoko Kimura-Ohba, Masamitsu N Asaka, Daichi Utsumi, Yoshitsugu Takabatake, Atsushi Takahashi, Yasuhiro Yasutomi, Yoshitaka Isaka, Tomonori Kimura
掲載雑誌情報: Biochimica et Biophysica Acta - Molecular Basis of Disease 1869 (2023) 166584
ウェブサイト:https://doi.org/10.1016/j.bbadis.2022.166584

用語説明

新型コロナウイルス感染症(Coronavirus disease 2019: COVID-19)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型(SARS-CoV-2)によって引き起こされるウイルス感染症である。世界中で猛威を振るっているが、症状を鋭敏に反映するバイオマーカーが未だ不足していた。

D-アミノ酸 

アミノ酸はタンパク質の構成要素であり、ほとんどのアミノ酸には鏡像異性体(キラル体)であるL-アミノ酸、D-アミノ酸が存在する。しかし、自然界に存在するアミノ酸は、ほとんどがL-アミノ酸のみである。最近の技術の進歩により、生体内にD-アミノ酸がごく微量存在し、様々な生理活性を持つことが分かってきた。

体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation, ECMO)

静脈から脱血し、人工肺で酸素化した血液を返血する体外循環。人工呼吸器や昇圧薬など、通常の治療では救命困難な重症呼吸不全や循環不全に対する対処療法として利用される。

鏡像異性体(キラル体)

3次元の物体などが、その鏡像と重ね合わすことができない性質を持つ物質。例えば、L-アミノ酸は、鏡に映すとD-アミノ酸として見える(鏡像)が、別の物質であり重なり合わない。L-アミノ酸、D-アミノ酸は、お互いがキラル体である。

2次元HPLCシステム

2つの種類の高速液体クロマトグラフィ-(high performance liquid chromatography, HPLC)をつなぎ合わせたシステム。従来のHPLCシステムや質量分析計では十分に分けて検出することができなかった生体のキラルアミノ酸を、精密に測定することができるシステムである。