血液透析患者の冠動脈石灰化リスク軽減に期待
厳格な血清リン濃度コントロールにより血管石灰化を抑制
研究成果のポイント
- 透析患者は血清リン濃度が高いと、血管石灰化をきたし心血管病による死亡のリスクが高くなるが、今回リン吸着薬により血清リン濃度を厳格にコントロールすると冠動脈石灰化を抑制することを証明。
- リン吸着薬を服用することにより、死亡リスクの減少が報告されているが、血清リン濃度をどこまで低下させるのがよいのか、その血清リン濃度の最適な管理目標値は不明であった。
- 厳格に血清リン濃度をコントロールすることにより、透析患者の生命予後の改善が期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の猪阪善隆教授(腎臓内科学)、富山憲幸教授(放射線医学)、名古屋市立大学大学院医学研究科腎臓内科学分野の濱野高行教授、京都府立医科大学生物統計学教室手良向聡教授らの研究グループは、慢性維持透析患者にリン吸着剤(スクロオキシ水酸化鉄または炭酸ランタン)を投与した際のリン管理目標値が冠動脈石灰化に及ぼす影響を検討し(図1)、「透析患者のリンの管理目標値」を厳格にコントロールすることで冠動脈石灰化を抑制することを初めて証明しました。
透析患者は、血清リン濃度が高くなるに伴い、高頻度に中膜石灰化と呼ばれる血管石灰化をきたします(図2)。このような血管石灰化は、心臓に血液を送る冠動脈にも見られ、冠動脈石灰化スコアが高くなると、死亡リスクが高まることが知られています。血清リン濃度を低下させるリン吸着薬を服用することにより、死亡リスクが減少することが報告されていますが、血清リン濃度をどこまで低下させるのがよいのか、その血清リン濃度の管理目標値にはエビデンスがありませんでした。また、カルシウムを含有するリン吸着薬に比べて、カルシウムを含有しないリン吸着薬の方が、血管石灰化を抑制するという報告がありましたが、カルシウムを含有しないリン吸着薬を比較した報告はありませんでした。
研究グループは、慢性維持透析患者にカルシウムを含有しないリン吸着薬であるスクロオキシ水酸化鉄または炭酸ランタンを投与し、冠動脈石灰化進行に及ぼす影響について薬剤間と血清リン濃度管理目標値群間を比較するため、ランダム化比較試験により検討しました(図1)。その結果、スクロオキシ水酸化鉄群と炭酸ランタン群で冠動脈石灰化スコアの変化率に有意差はみられませんでしたが、標準リンコントロールに比べて厳格リンコントロール群で有意に冠動脈石灰化スコア変化率が抑制されることがわかりました。
本成果により、血液透析患者の血清リン濃度を厳格にコントロールすることにより冠動脈石灰化が抑制できることが明らかとなり、透析患者の心血管イベントや生命予後を改善させることが期待できます。
本研究成果は、米国科学誌「Journal of American Society of Nephrology」に、2月5日に公開されました。
図1 ランダム化比較試験(EPISODE研究)の研究デザイン
図2 中膜石灰化
研究の背景
わが国には、2019年度末で約34万5千人の透析患者さんがおられ、透析患者さんは年々増加しています(日本透析医学会 統計調査委員会;図3)。透析患者さんは心血管病による死亡のリスクが高く、観察研究ではリン吸着薬を服用することにより、死亡リスクが減少することが知られています。わが国のCKD-MBDガイドラインでは、血清リン濃度の管理目標値として3.5~6.0 mg/dlに保つことが推奨されており、この管理目標値は健常人の血清リン濃度の基準値(2.5~4.5 mg/dl)に比べて、高めになっています。一方、海外のKDIGOのCKD-MBDガイドラインでは、血清リン濃度を正常値に保つことが推奨されています。しかし、これらのガイドラインで推奨されている血清リン濃度の管理目標値は観察研究に基づくものであり、介入研究に基づいたエビデンスはありませんでした。
図3 慢性維持透析患者数の推移 一般社団法人日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2019年末現在)」2020年発行
本研究の成果
研究グループは、慢性維持透析患者にスクロオキシ水酸化鉄または炭酸ランタンを投与した際の冠動脈石灰化に及ぼす影響を、両薬剤と血清リン濃度値(標準リンコントロール群[5.0 - 6.0 mg/dl]、厳格リンコントロール群[3.5 - 4.5 mg/dl])を治療目標としたランダム化比較試験(EPISODE研究)により検討しました(図1)。血液透析患者の冠動脈石灰化スコアを心電図同期CTにより評価し、冠動脈石灰化スコアが30以上の透析患者を対象として、12か月間スクロオキシ水酸化鉄または炭酸ランタンを投与し、治療目標値を標準リンコントロール群[5.0 - 6.0 mg/dl]、厳格リンコントロール群[3.5 - 4.5 mg/dl]にランダム化し、12か月後の冠動脈石灰化スコアの変化率を検討しました。
スクロオキシ水酸化鉄群と炭酸ランタン群で冠動脈石灰化スコアの変化率に有意差はみられませんでした(図4 a)。また、標準リンコントロールに比べて厳格リンコントロール群で有意に冠動脈石灰化スコア変化率が抑制されることがわかりました(図4 b)。さらに、いずれの群でも、血清リン濃度が低下するほど、冠動脈石灰化スコア変化量が低下する関係にあることがわかりました。
図4 冠動脈石灰化スコア変化率
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、血液透析患者のリン濃度を厳格にコントロールすることが、透析患者の冠動脈石灰化を抑制することがわかり、透析患者の生命予後を改善させることが期待できます。
特記事項
本研究成果は、2021年2月5日に米国科学誌「Journal of American Society of Nephrology」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Optimal Phosphate Control for Coronary Artery Calcification in Dialysis Patients”
【著者名】 Yoshitaka Isaka, Takayuki Hamano, Hideki Fujii, Yoshihiro Tsujimoto, Fumihiko Koiwa, Yusuke Sakaguchi, Ryoichi Tanaka, Noriyuki Tomiyama, Fuminari Tatsugami, Satoshi Teramukai
参考URL
用語説明
- リン吸着薬
慢性腎臓病患者や透析患者は腎臓の機能が低下するために、尿からのリン排泄が低下し、血清リン濃度が上昇します。高リン血症があると、血管石灰化が進展しやすくなるため、リン吸着薬を投与することにより、食事などに含まれるリンを消化管内で吸着し便に排泄することで高リン血症を改善します。
- 冠動脈石灰化スコア
心臓を栄養する冠動脈の石灰化の総量を低放射線量 CT 検査(MDCT; Multi Detector-row CT)によって数値化したものです。冠動脈石灰化スコアが高いほど、心筋梗塞や心血管病による死亡の危険性が高いことがわかっています。健常人では、このスコアはゼロです。
- ランダム化比較試験
研究の対象者を2つ以上のグループにランダムに分け(ランダム化)、治療法などの効果を検証する臨床試験のこと。ランダム化により検証したい方法以外の要因がバランスよく分かれるため、公平に比較することができます。ランダム化比較試験では、患者も医師も振り分けられるグループを選ぶことはできません。