がん治療薬の免疫チェックポイント阻害薬投与後に1型糖尿病を発症する原因の一端を解明

がん治療薬の免疫チェックポイント阻害薬投与後に1型糖尿病を発症する原因の一端を解明

2019-6-5生命科学・医学系

研究成果のポイント

免疫チェックポイント阻害薬 投与後に1型糖尿病 が発症する原因の一端を解明
・投薬後に1型糖尿病を発症した患者さんの膵臓の観察による病態解析の報告は世界初
・免疫チェックポイント阻害薬投与後の1型糖尿病発症予測への応用に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の米田祥特任講師、小澤純二寄附講座准教授、下村伊一郎教授(内分泌・代謝内科学)らの研究グループは、免疫チェックポイント阻害薬投与後に1型糖尿病を発症する原因の一端を明らかにしました。

今回、下村教授らの研究グループは、免疫チェックポイント阻害薬投与後に1型糖尿病を発症した患者さんの膵臓では、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞の数が著明に減少しており、膵β細胞近傍・膵島内周囲および膵全体でTリンパ球が浸潤 していることを明らかにしました。さらに、ごくわずかに残存しているβ細胞および膵島 でPDL1が低下していることがわかりました (図1) 。

免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞のPD-L1発現による免疫逃避機構を阻害し、Tリンパ球によるがん細胞攻撃を促進します。一方、1型糖尿病は、膵β細胞の絶対的減少により起こる糖尿病です。これらのことから、免疫チェックポイント阻害薬により活性化されたTリンパ球がβ細胞を攻撃したためにβ細胞が減少し、さらにβ細胞でのPD-L1の低下によりTリンパ球からの攻撃を回避できなくなり、病気が引き起こされるのではないかと考えられます。

これまでに、免疫チェックポイント阻害薬投与後に1型糖尿病を発症した症例の報告はありましたが、実際に発症した患者さんの膵臓の観察により病態を解析した報告はありませんでした。今回の結果はあくまで1例の検討報告であり、今後さらなる症例の集積・検討がなされれば、免疫チェックポイント阻害薬投与により引き起こされる1型糖尿病発症の予測に繋がることが期待されます。

なお、本研究成果は、米国科学誌「Diabetes Care」に、5月11日に公開されました。

図1 健常者と投薬後発症1型糖尿病患者の膵臓の比較
健常例でβ細胞にPD-L1が認められたのに対し、免疫チェックポイント阻害薬投与後発症1型糖尿病症例では認められなかった

研究の背景

近年、PD-1やPD-L1、CTLA-4などをターゲットとした免疫チェックポイント阻害薬は、悪性黒色腫、ホジキンリンパ腫、非小細胞肺がん、腎細胞がん、胃がんなどの進行癌に対し有効な治療法として注目され、適応疾患が拡大していく一方、その作用機序から免疫関連有害事象 を引き起こすことが知られております。その1つとして1型糖尿病の発症が国内でも報告されています。発症頻度は1%未満ですが、発症後直ちに治療を開始しなければ致死的になりうることもあるため、疾患の存在を想定し、早期に発見して適切な対処を行うことが必要です。しかしながら、発症した患者さんの膵臓の観察による病態解析はこれまでありませんでした。

本研究の成果

今回、下村教授らの研究グループは、免疫チェックポイント阻害薬投与後に1型糖尿病を発症した患者さん1名の膵臓の観察を行いました。患者さんの膵臓ではインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が著明に減少しており、膵β細胞近傍・膵島内および周囲、さらには外分泌領域を含む膵全体にTリンパ球が浸潤していることがわかりました。これは、免疫チェックポイント阻害薬投与により活性化されたTリンパ球がβ細胞を攻撃することでβ細胞の数が減少し、1型糖尿病の発症に至った可能性を示唆しています。さらに、ごくわずかに残存しているβ細胞および膵島でPD-L1が低下していることも明らかになりました (図1) 。PD-L1は、免疫チェックポイント分子の一つであるPD-1と特異的に結合し、Tリンパ球に抑制シグナルを伝達することで活性化を抑えます。今回明らかになった膵β細胞および膵島でのPD-L1の低下は、Tリンパ球の活性化を抑制できず、Tリンパ球による膵β細胞への攻撃を助長させたのではないかと考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、1症例の報告とはいえ、免疫チェックポイント阻害薬投与後に1型糖尿病が発症する原因の一端を明らかにしました。今後、症例の集積がなされ、膵β細胞や膵島でのPD-L1発現などを検討することにより、免疫チェックポイント阻害薬投与後の1型糖尿病発症予測が可能となることが期待されます。

研究者のコメント(米田祥 特任講師)

今回の研究成果により、免疫チェックポイント阻害薬投与後に起こる1型糖尿病の発症予測、発症予防法の確立、ひいては1型糖尿病そのものの発症メカニズムの解明の一助につなげることができればと存じます。

特記事項

本研究成果は、2019年5月11日(土)に米国科学誌「Diabetes Care」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “T-Lymphocyte Infiltration to Islets in the Pancreas of a Patient Who Developed Type 1 Diabetes After Administration of Immune Checkpoint Inhibitors”
【著者名】 Sho Yoneda 1 , Akihisa Imagawa 2 , Yoshiya Hosokawa 1 , Megu Yamaguchi Baden 1 , Takekazu Kimura 1 ,Sae Uno 1 , Kenji Fukui 1 , Kunihito Goto 3 , Motohide Uemura 4 , Hidetoshi Eguchi 3 , Hiromi Iwahashi 1,5 , Junji Kozawa 1 , and Iichiro Shimomura 1
【所属】
1. 大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
2. 大阪医科大学内科学Ⅰ
3. 大阪大学大学院医学系研究科 消化器外科学
4. 大阪大学大学院医学系研究科 泌尿器科
5. 大阪大学大学院医学系研究科 糖尿病病態医療学寄附講座

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/endmet/www/home/

用語説明

免疫チェックポイント阻害薬

生体内では、自己に対する免疫応答や過剰な免疫反応を回避するため、細胞傷害性Tリンパ球はPD-1やCTLA-4などの免疫チェックポイント分子により免疫反応を抑制している。この機構を利用して、がん細胞はPDL1を発現することにより、Tリンパ球による攻撃から逃避する。免疫チェックポイント阻害薬はその逃避機構を阻害し、Tリンパ球によるがん細胞への攻撃を促進させる。

1型糖尿病

インスリンを産生する膵β細胞が絶対的に減少して起こる糖尿病。膵β細胞減少のメカニズムとして、細胞傷害性Tリンパ球を中心とした炎症細胞による攻撃が関係していると考えられている。

膵島

インスリンなどを分泌して血糖調節を行う内分泌細胞が塊になっているもの。この中に、インスリンを分泌するβ細胞が含まれている。

浸潤

リンパ球などの炎症性の細胞が周囲の組織内に入り込んでいくこと。

免疫関連有害事象

免疫チェックポイント阻害薬投与に関連して、甲状腺機能障害、下垂体機能障害、1型糖尿病、大腸炎・下痢、間質性肺炎、重症筋無力症などが起こることがある。