
金属3Dプリンティング特有の「セル組織」が高強度の理由!
従来の力学機能を超えるカスタム機能制御に道
研究成果のポイント
- 金属3Dプリンティングにより作成した高強度の合金造形物について、マイクロメートルスケールの「結晶学的ラメラ構造」とナノメートルサイズの「セル組織」に着目し、造形物の強度に対するそれぞれの影響を定量的に抽出することに成功した。セル組織が極めて大きな強化をもたらす原因因子であることが明らかに。
- 「結晶学的ラメラ構造」による強度上昇は数%程度であった一方で、「セル組織」では強度が40% (1.4倍)上昇。
- レーザ粉末床溶融結合法(以下、LPBF法)で作製した合金造形物が非常に高強度を示す要因は、複数の特異構造が存在するため未解明であったが、セル組織は熱処理によって、ラメラ構造は特異なスキャンストラテジーの設計によって単離が可能に。
- 製品の力学機能の飛躍的な向上や、広範囲な産業分野の合金材料への適用に期待。
概要
大阪大学大学院工学研究科の菊川泰地さん(博士前期課程)、石本卓也特任教授、中野貴由教授らの研究グループは、金属3Dプリンティング技術によって自発的、階層的、かつ特異的に形成される、マイクロメートルスケールの結晶学的ラメラ構造と、ナノメートルサイズのセル組織の強度への寄与を、定量的に個別解析し、セル組織(セル特異界面)が極めて大きな強化をもたらす因子であることを明らかにしました。
寄与を個別に解明するため、① セル組織は熱処理によって、② ラメラ構造は特異なスキャンストラテジーの設計によって、独立に消去する方法を樹立しました。その結果、ラメラ構造の存在は数%の強度上昇である一方で、セル組織は40%(1.4倍)もの強度上昇をもたらし、セル組織のきわめて高い強化効果を明らかにしました。
本研究で見出されたセル組織による強化は、これまでに3Dプリンティング造形材において明らかに
なった強化機構や強度の異方性、さらには、3Dプリンティングが得意とする形状に基づく機能性との重畳によって、従来の力学機能の限界を突破し、人為的カスタム力学機能制御の範囲を大幅に拡大する可能性があると期待されています。
本研究成果は、Taylor & Francis発刊の材料科学に関するトップジャーナルの速報誌である「Materials Research Letters」誌に6月24日(火)午後2時(日本時間)に公開されました。
図1. IN718合金にて得ている、マイクロメートルスケールの結晶学的ラメラ構造とナノメートルスケールのセル組織が共存したLPBF造形体の組織。(a)の緑の部分と赤の部分は、結晶方位が異なっている。(b)はセル組織の配列を示しており、LPBF材における高強度化の原因となる組織であることが判明。
研究の背景
金属3Dプリンティング技術は、3Dデータに基づき自在な形状を有する製品を作製可能な技術として注目されてきました。一方で、LPBF法で作製した種々の合金において、鋳造等の従来法で作製した合金よりも強度が高いことが報告されるようになり、その「材質」への関心が世界的に高まってきています。このような背景から、合金の高強度化や自在な強度設計のため、強化因子の性質や特徴を明確にすることや制御が求められています。しかし、金属3Dプリンティングによって作製した造形物内部には様々なスケールにて複数の特異構造が共存するため、それぞれの特異組織による強化を単離することが困難であり、定量的な強化因子の同定は実現しておりません。
当研究グループでは、これまでに培ってきた金属3Dプリンティングでの人為的組織制御技術を駆使し、2021年にマイクロメートルスケールの「結晶学的ラメラ構造」と、ナノメートルサイズの「セル組織」からなる造形体を、IN718にて世界に先駆けて獲得することに成功しました(図1)。そこで、結晶学的ラメラ構造とセル組織の存在/非存在を独立に制御することができれば、強化に対する寄与を単離可能であると着想しました。
研究の内容
研究グループは、「結晶学的ラメラ構造」と「セル組織」、それぞれの消去を試みました。結晶学的ラメラ構造は、新たなスキャンストラテジーの設計により消去しました。本構造は、結晶方位の異なる2つの板状の領域が一方向に重なった構造を有します。厚く造形方向に<011>が向いている方(図1緑)を主層、薄く造形方向に<001>が向いている方(図1赤)を副層と呼び、両者が約100 μmの周期で並んでいます。このラメラ構造は、溶融池の中央底部から、造形方向に<001>成長する結晶粒が生まれ、主層の間に副層が挿入されることで形成されます。溶融池の中央底部では、鉛直下向きに熱流が生じるため、その逆平行方向である造形方向に<001>が成長しやすい(つまり副層が形成しやすい)という性質を持ちます。新設計したスキャンストラテジーでは、層間でピッチを半周期分ずらすことで、この<001>成長を阻害し、<001>に配向した副層を消去することに成功しました(図2)。結果として、主層と同じ結晶配向(<011>が造形方向に配向)を持った単結晶を得ました。
セル組織は、LPBF法での超急冷凝固(凝固時の冷却速度は107 K/sにも及ぶ)の結果形成されるネットワーク状の凝固組織であり、偏析(組成のムラ)と転位の集積を特徴とします。そのため、拡散によって組成のムラを解消するとともに転位の再配列や消滅を促進し、かつ、結晶集合組織の変化をもたらす粒成長や再結晶を抑制するための緻密な熱処理条件を見出すことで、セル組織を除去しました(図3)。
結果として、ラメラ構造の有無、セル組織の有無の組み合わせで4種の試料を作製し(図4上表)、圧縮試験を行った結果、ラメラ構造の寄与により数%、そしてセル組織の寄与により40%もの強度(降伏強度:材料がマクロに永久変形し始める応力)上昇がもたらされたことが明らかになりました(図4)。
このことから、セル組織が単なる急冷状態を表す凝固組織ではなく、LPBF材特有の、強度の飛躍的向上をもたらす強化因子であることが明らかになりました。今後は、セル組織を積極的に活用した合金の力学機能設計、強度向上が期待されます。
なお、ラメラ構造についても、荷重をかける方向を変えることで、その影響を顕在化させることが可能であり、LPBF法で導入可能な非常に重要な強化因子です。
図2. 新設計スキャンストラテジーによって、赤の副層が消滅し、ラメラ構造を消去することに成功した。その結果、造形方向に<011>が配向した単結晶となり、これは、ラメラ構造の主層と同じ結晶方位を持つ。
図3. 熱処理によって偏析と転位を消去することに成功した。一方で、結晶方位(ラメラ構造)は不変であり、図2での結果と合わせると、ラメラ構造とセル組織を独立に消去することに成功した。(c, f)中の矢頭は、熱処理前後で同一箇所を解析するために付したマーカー。
図4. ラメラ構造、セル組織の存在/非存在による4種の試料での力学試験結果。セル組織の存在により40%もの強度上昇が示された。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
3Dプリンティングの高い形状自由度や部品点数の削減を利点として、種々の製品にて3Dプリンティング製への「置き換え」が検討されています。一方で、本研究で得たセル組織による強化に関する知見は、LPBF製への置き換えが、単なる製造方法の変更にとどまらず、製品の力学機能の飛躍的な向上(それに付随する超軽量化)をもたらす可能性を秘めていると言えます。セル組織は、凝固の際の濃度分配に基づき、LPBFプロセス中にて多くの合金系で出現します。すなわち、社会基盤製品を構成する種々の合金材料にて適用可能であることから、本成果の波及効果は極めて広範な産業分野に及ぶものと期待しています。さらに、3Dプリンティング製金属材料の機能の解明や人為的制御には、特異組織の形成機構や強化機構解明、特異組織の制御法解明といった新たな学理構築が不可欠であることから、本成果は学術的にも大きな意義を持ちます。
特記事項
本研究成果は、Taylor & Francis発刊の材料科学「Materials Research Letters」誌に6月24日(火)午後2時(日本時間)に公開されました。
タイトル:Remarkable Strengthening Effects of Cells in Laser Powder Bed Fusion-Processed Inconel 718
著者名:Taichi Kikukawa, Takuya Ishimoto, Hyoung Seop Kim, Takayoshi Nakano *(責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1080/21663831.2025.2522801
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究 CREST革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明(研究総括:伊藤耕三)での「カスタム力学機能制御学の構築 ~階層化異方性骨組織に学ぶ~」(研究代表者:中野貴由)(課題番号:JPMJCR2194)の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 金属3Dプリンティング
金属粉末をレーザや電子ビームで溶かして積層し、複雑な形状の部品を造形する技術。形状設計自由度が高く、従来の加工では難しい形状や軽量構造の実現が可能で、航空宇宙・医療・自動車分野などで活用が進んでいる。
- 結晶学的ラメラ構造
同一の結晶構造が方位を変えて層状に配置された微細組織。結晶構造が造形方向へ<011>が配向したたものを主層、造形方向へ<001>が配向したものを副層と呼び、両者が約100μmの間隔でならぶ。Ni基合金やオーステナイト系ステンレスSUS316Lにて見出されている。
- セル組織
超急冷凝固により形成される、元素の偏析と転位の集積をともなう 「凝」 固組織。金属3Dプリンティング特有の特異的微細構造で、一般的にセル内部は数百nm、界面部は数十nmと非常に微細である。本研究により力学特性に大きく影響を与えることが明らかとなった。Ni基合金をはじめ様々な合金系での形成が確認されている。
- レーザ粉末床溶融結合法
LPBF法、金属粉末を薄く敷き詰めた層にレーザを照射し、選択的に溶融・凝固させて造形する、金属3Dプリンティング技術の代表的な一種。高精度で複雑な形状が作製可能なことに加え、107 K/sという従来法では得られない超急冷凝固によってバルク体を作製することが可能な手法であり、この超急冷を生かした人為的材質制御に近年注目が集まっている。
- スキャンストラテジー
3Dプリンティングにおける、熱源の走査方向の、層ごとの組合せであり、多くの種類が開発されている。一般的には、造形体の残留応力による変形の抑制を目的として選択されるが、当研究グループでは、結晶配向を制御するパラメータとして活用している。
- 溶融池
3Dプリンティングにおいて、熱源走査時に形成される微小な溶融部。造形体はこの溶融池を積み重ねることで形成されることから、3Dプリンティングにおける組織制御の単位要素と言える。溶融池内部での熱流分布や温度履歴が、金属組織の形成を支配する。
- 単結晶
一般的な金属は様々な方向へ向いた結晶が集まった多結晶体を呈し、結晶粒界が存在する。これに対して、すべての場所で結晶が同じ方位を向いているものを単結晶と呼ぶ。粒界が存在しないため、結晶構造(原子配列)の性質をそのまま反映し、物理、化学特性に異方性を生む。当研究グループでは、3Dプリンティングを用いて、結晶構造に基づく対称性を考慮したスキャンストラテジーにより、単結晶形成を種々の結晶構造を示す合金系で実現している。