骨内部の規則構造は強い抗菌性をもっていた! 金属3Dプリンティングによる骨形成誘導で実証

骨内部の規則構造は強い抗菌性をもっていた! 金属3Dプリンティングによる骨形成誘導で実証

骨の「分解」と「安定化」が作り出す骨規則化構造が発揮する新機能

2023-9-28工学系
工学研究科教授中野貴由

研究成果のポイント

  • 健全な骨基質配向性(コラーゲン線維/アパタイト結晶が一方向に規則的に配列する構造)は、骨形成の早期~長期にわたり高い感染抵抗性を示すことを実証
  • 骨基質配向性が、骨の力学的強度を高めているだけではなく、強力な感染抵抗能を示すことを発見
  • 金属3Dプリンティングによる最適溝構造の導入は、早期には骨芽細胞配向化により大腸菌の付着を抑制、さらに長期的には抗菌タンパク質の産生により大腸菌を溶解し、高い感染抵抗性を発揮することを発見
  • 骨の形成と分解の骨再生機構に着目することで、骨基質配向と細菌感染との関連を解明した
  • 骨基質配向化を誘導するインプラントデザインは、感染抵抗性という新たな機能をもつことを見出した画期的発見

概要

大阪大学大学院工学研究科の松垣あいら准教授、大学院生の渡邊稜太さん(博士後期課程)、中野貴由教授らの研究グループは、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の松本卓也教授との共同研究によって、骨内部の規則化した原子配列構造(骨基質配向性)が、細菌感染への高い抵抗性を示すことを発見しました。金属3Dプリンティングにより一方向性の最適な溝構造を導入することで、溝上で一方向にそろった骨芽細胞は生体内と類似した規則化した骨基質を生み出します。骨が力学的強度を担保するためには、こうした骨基質の配向化構造が骨密度以上に重要です。今回、中野教授らの研究グループは、金属3Dプリンティングを駆使することで微細な溝構造を作製し、骨芽細胞の培養試験により、配向化骨基質の形成が細菌感染を防止する新しい機能をもつことを発見しました。配向化した骨芽細胞は、細菌の細胞膜を溶解する抗菌ペプチドを多く産生することで抗感染特性を発揮したと考えられます。本成果により、配向化骨基質骨を誘導する骨デバイスでは、骨治癒を早期に健全化するだけでなく、インプラント埋入による術後感染の抑制やインプラント周囲炎などの感染抑制にも効果を発揮すると期待され、骨疾患の早期回復を可能にすることが期待されます。

本研究成果は、Elsevier発刊の「Biomaterials Advances」に9月28日(木)午後2時(日本時間)に公開されました。

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図. 金属3Dプリンティングによる配向性溝構造は、早期には骨芽細胞配向化により大腸菌の付着を抑制、さらに長期的には抗菌タンパク質の産生により大腸菌を溶解し、高い感染抵抗性を発揮する

研究の背景

脊椎スペーサや人工関節などの骨デバイスの埋入において、術後感染症は重篤な合併症の一つです。術後感染症が発症すると、骨デバイスを入れ替える再置換手術が必要となる場合が多く、臨床の現場からは術後感染症の予防が強く望まれています。従来使用されている抗菌性インプラントは細胞毒性が報告されており、長期的に安全性が懸念されています。また、既存の抗菌性表面処理では、抗菌成分である金属イオンの溶出速度は大きく、抗菌効果の持続時間が短いことも課題でした。

中野教授らの研究グループでは、骨の力学機能は骨量・骨密度だけでは決まらず、特に再生骨では骨のコラーゲン/アパタイト配向性(骨基質配向性)によって強く支配されることを、材料工学の視点から明らかにしています。すなわち、骨の力学的な機能を高めるためには、骨基質配向性の整った質の高い骨を形成することが必要です。研究グループは、健全骨に類似したコラーゲン/アパタイト配向化骨基質の早期誘導が、遅発性の術後感染の抑制に有効であると仮説を立て、配向化骨基質形成が細菌感染に及ぼす影響の解明を目指しました。

研究の内容

中野教授らの研究グループでは、骨基質配向性が骨を作る骨芽細胞の配列化により達成されることを発見し、これを人為的に誘導する材料を開発しました。細胞制御のための微細構造の形成に欠かせない金属3Dプリンティングの技術を活用しました。チタン合金基板表面におおよそ100μm幅の溝構造を作製し、細胞機能の検証にはマウス頭蓋冠由来の初代骨芽細胞の培養試験を実施しました。細胞培養後に大腸菌と共培養を行うことで、細胞機能が細菌の付着や生存、増殖に与える影響を解明する実験系を構築しました。溝構造上で骨芽細部が一方向配列化していることが実証され、さらに骨芽細胞が産生するコラーゲン基質も同方向へと配向化しており、生体骨と類似した配向化骨基質を再現することができました(図1)。             

骨芽細胞と大腸菌の共培養モデルでは、培養後の大腸菌数を、寒天培地培養法を用いたコロニー数の計測により評価しました。その結果、溝基板上で配向化した骨芽細胞は、大腸菌の付着を大幅に抑制することが見出されました(図2)。さらに長期の培養で骨を形成することで、大腸菌数を大幅に軽減することができます。骨基質配向化により大腸菌抑制を制御する因子の特定のために、共培養後の培地上清を回収し、骨芽細胞から産生された生物学的因子の産生量を定量評価しました。すると、抗菌タンパク質の一種であるβ-defensin 2および3が多く合成され、細胞外へと放出されていることが示されました。これらの抗菌タンパク質は、細菌の細胞膜を溶解し、その感染機能を抑制する働きがあります。今回の結果より、骨が本来もつ配向化基質が、高い感染抵抗性をもつことが世界で初めて明らかになりました。

今回の成果は、骨基質配向化デバイスがこれまでの骨バイオマテリアルにはなかった早期の骨健全化とすぐれた感染抵抗性をあわせもつことから、実用的には医療デバイスの高機能化に貢献することが期待されます。すでに同グループの開発した埋入初期から骨基質の配向化誘導を可能とする脊椎スペーサが大規模臨床応用されており、こうした関連デバイスにとって術後の感染抑制が強く期待されます。

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図1. 作製した溝基板上での骨芽細胞およびコラーゲン基質配向化

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図2. 細胞・骨基質配向化による細菌感染抵抗性の発現

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、骨の力学的機能に直結する骨基質配向性が感染抵抗性という新たな機能を有することを発見した斬新な成果です。骨量・骨密度をターゲットとしたこれまでの骨医療デバイスの設計概念を根底から覆し、早期の骨健全化と感染防止をターゲットとした新たなデバイス設計指針を提供します。骨疾患の早期治癒を可能とするのみならず、感染を起点としてしばしば問題となるデバイスの緩みを改善し、患者の身体的・精神的・費用的負担を軽減し早期の退院・社会復帰(QOL向上)を促すことができ、それにともない医療費の低減にも寄与すると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年9月28日(木)14時(日本時間)にElsevier発刊の「Biomaterials Advances」誌に出版されました。

タイトル:Host bone microstructure for enhanced resistance to bacterial infections
著者名:Ryota Watanabe, Aira Matsugaki, Ozkan Gokcekaya, Ryosuke Ozasa, Takuya Matsumoto, Hiroyuki Takahashi, Hidekazu Yasui, Takayoshi Nakano*(責任著者)

本研究は、JST-CREST「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括:高原 淳)での「階層性自己組織化複合材料デザイン」(研究代表者:松本卓也)(課題番号:JPMJCR22L5)の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 12 つくる責任つかう責任

用語説明

骨基質配向性

骨の主成分であるコラーゲン/アパタイトの方向性は、長管骨では骨軸に沿って優先配列する。アパタイトは六方晶系の結晶構造をもち、結晶方位に強く依存した力学特性を示す。骨基質配向性は、骨部位に非常に強く依存して変化し、骨の力学機能を支えている。

金属3Dプリンティング

複雑で精緻な三次元構造を作製可能なテクノロジー。今回用いた方法は、粉末を出発材料とし、レーザで粉末を選択的に溶かして固めた層を積層していくレーザ粉末床溶融結合法。

骨芽細胞

コラーゲンを分泌し、アパタイトの沈着により骨を形成する細胞。骨芽細胞は接着斑によりその細胞配列化を制御しており、細胞配列化方向に沿ったコラーゲン/アパタイト配向化構造を構築する。