
金属3Dプリンティングによる高機能な生体用インプラント材開発を加速 3DP造形物設計のためのキーパラメータの高精度解析を可能に
弾性場の逆解析モデル構築で実現
研究成果のポイント
- 金属3Dプリンティング(3DP)によって作製される造形物中のミクロンスケール単結晶の弾性率を、高精度で解析可能な弾性場の逆解析(inverse Self-consistent近似)モデルを構築。
- 生体用インプラントの性能向上には、応力遮蔽による骨組織の劣化を防ぐため、人体の骨に近い低ヤング率)(低弾性率)を持つ材料の開発が不可欠である。しかし、これまで3DPで作製されるチタン合金造形物のヤング率制御に必要なキーパラメータ(造形物を構成する単結晶の弾性率)の計測は極めて困難だった。これは、単結晶弾性率の測定には、数ミリメートルの大きな単結晶の育成が必要であるが、金属3DP造形物中のミクロンスケール結晶と同じ状態の大きな単結晶を育成することが困難なためである。
- 生体用βチタン合金(Ti-15-5-3)造形物のマクロな弾性率を解析することにより、造形物を構成するミクロンスケール単結晶の弾性率を高精度で解析可能な機械学習(非線形重回帰分析)に基づいた弾性場の逆解析モデルを構築した。この逆解析モデルを用いれば、大きな単結晶を育成せずに造形物中のミクロンスケール単結晶(~100 μm)の弾性率を高精度で決定することが可能である。
- 今回構築した逆解析モデルを用いてTi-15-5-3造形物中のミクロンスケール単結晶の弾性率解析に世界に先駆けて成功。金属3DPを利用して作製される生体用チタン合金造形物中には、低ヤング率を示す理想的な体心立方構造の単結晶が形成されていることを初めて明らかにした。これは、高温からの急速な冷却(超急冷)によって元素偏析および高ヤング率を示す六方晶構造相)の形成が抑制されることに起因していた。
- 本成果を生体用チタン合金開発に適用することで、骨質劣化の抑制に有効な低ヤング率を示す高機能インプラント材の開発が加速的に進展するものと期待される。
概要
大阪大学大学院工学研究科の多根正和教授、中野貴由教授らの研究グループは、金属3Dプリンティング(3DP)によって作製される造形物について、その単結晶弾性率を高精度に解析可能な弾性場の逆解析(inverse Self-consistent近似)モデルを構築しました。これにより、3DP造形物の弾性率制御に不可欠なキーパラメータである造形物中のミクロンスケール単結晶の弾性率を高精度で決定しました。
本研究では、金属3DPによって作製した生体用βチタン合金(Ti-15-5-3)に対し、①共鳴超音波スペクトロスコピー法による数ミリメートルの造形物(~4 x 4 x 4 mm3)のマクロな弾性率の精密計測、および②電子後方散乱回折法を用いた造形物中のミクロンスケール結晶(~100 μm)の配向分布(向きの分布)・形状解析を実施しました。さらに、造形物のマクロな弾性率を解析することで、造形物中のミクロンスケール単結晶の弾性率を高精度で解析可能な、機械学習(非線形重回帰分析)に基づいた弾性場の逆解析モデルを構築しました。この逆解析モデルを用いて、3DP造形物のマクロな弾性率に対して、ミクロンスケール結晶の配向分布および形状の情報を利用した逆問題解析を実施しました。これにより、造形物中のミクロンスケール結晶と同じ状態の数ミリメートルの大きな単結晶の育成を必要とせずに、Ti-15-5-3造形物中のミクロンスケール単結晶(~100 μm)の弾性率を世界に先駆けて決定しました。
その結果、3DPを利用して作製される生体用チタン合金造形物中には、高温からの急速な冷却(超急冷)によって元素偏析および高ヤング率を示す六方晶構造相の形成が抑制されることに起因して、低ヤング率を示す理想的な体心立方構造の単結晶が形成されることを明らかにしました。本成果を利用することにより、金属3DP造形物の力学物性(弾性率、強度など)のキーパラメータである造形物中の単結晶弾性率を高精度で解析可能になります。本成果を生体用チタン合金開発に適用することで、骨質劣化の抑制に有効な低ヤング率を示す高機能インプラント材の開発が加速的に進展するものと期待されます。
本研究成果は、Elsevier発刊の材料科学のトップ級ジャーナル「Additive Manufacturing」誌(IF10.3)に2月27日(木)(日本時間)に公開されました。
図. (a) ミクロンスケール結晶で構成された金属3D造形物。(b)造形物中に存在するミクロンスケール結晶の模式図と逆解析モデルによる単結晶弾性率の抽出。(c) 造形物中の単結晶と光学式浮遊帯域溶融法で作製した理想的な単結晶のヤング率の方位依存性の比較。方位角θは、低ヤング率を示す結晶の方向である<100>方向からの角度を表す。造形物中の単結晶と理想的な単結晶のヤング率が一致している。
研究の背景
世界の多くの国で高齢化が進みつつある今日、生体用インプラントによる生体機能の再建技術はその重要性を大きく増しています。インプラントの性能向上においては、応力遮蔽(しゃへい)による骨密度の低下や骨組織の劣化を防ぐため、人体の骨に近い低ヤング率を持つ材料の開発が不可欠です。近年、生体用インプラントの複雑な三次元構造を精緻に作製できる先進的造形手法として、金属3DPの活用が盛んとなり、チタン合金を含め各種生体材料によるインプラント作製にも用いられています。
しかし、3DPで作製されるチタン合金造形物のヤング率制御に不可欠なキーパラメータである「造形物を構成するミクロンスケール単結晶の弾性率」を計測することは極めて困難であり、これはチタン合金造形物の低ヤング率化のための最適設計において解決すべき課題と考えられてきました。単結晶弾性率の測定には、数ミリメートルの大きな単結晶の育成が必要ですが、金属3DPによって作製した合金造形物を構成しているミクロンスケール結晶と同じ結晶状態の大きな単結晶を育成することが困難です。
研究の内容
研究グループでは、今回、金属3DPの熱源として利用したレーザーの走査の方法として、積層ごとに走査方向を90度回転させる方式と一方向のみの方式(Xスキャン)の2種類の方式を利用して、ミクロンスケール結晶で構成された生体用βチタン合金(Ti-15-5-3)造形物(図(a))を作製しました。さらに、作製した造形物中のミクロンスケール(~100 μm)結晶(図(b))の配向分布および形状を、電子後方散乱回折法を用いて解析し、共鳴超音波スペクトロスコピー法によって数ミリメートルの造形物(~4 x 4 x 4 mm3)のマクロな弾性率を精密計測しました。加えて、数ミリメートルの造形物のマクロな弾性率を解析することで、造形物中のミクロンスケールの単結晶の弾性率を高精度で解析可能な、機械学習(非線形重回帰分析)に基づいた弾性場の逆解析モデルを構築しました。この逆解析モデルを用いて、3DP造形物のマクロな弾性率に対して、ミクロンスケール結晶の配向分布および形状の情報を利用した逆問題解析を実施することで、造形物中のミクロンスケール結晶と同じ状態の数ミリメートルの大きな単結晶の育成を必要とせずに、Ti-15-5-3造形物中のミクロンスケール単結晶(~100 μm)の弾性率を世界に先駆けて決定しました。
その結果、金属3DPを利用して造形されるチタン合金中の単結晶の弾性率は、光学式浮遊帯域溶融法で作製される理想的な単結晶の弾性率に極めて近い値を示すことが明らかになりました(図(c))。この結果は、金属3DPを利用して作製される生体用チタン合金には、高温からの急速な冷却(超急冷)により、高ヤング率を示す六方晶構造相の形成が抑制され、低ヤング率を示す体心立方構造のみが形成されること、さらには超急冷の効果により結晶中に元素偏析がほとんど生じていない理想的な低ヤング率・単結晶が形成されることを示しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、インプラント設計に不可欠な力学物性(弾性率、強度など)を作製困難な単結晶を用いることなく、高精度に弾性率を解析可能であることを示した画期的な成果です。単結晶弾性率は、金属3DPを利用した造形物設計のためのキーパラメータであるため、本成果を利用することで、生体用インプラントの最適設計が可能となりました。結果として、金属インプラントの弊害である応力遮蔽を抑制することにつながり、骨質(骨力学特性を決める骨密度以外の支配因子)の劣化を抑制可能となります。
超高齢社会における本邦ならびに周辺国において、生活の質向上(QOL)に資する直接的な貢献が期待され、これまでにない高機能化インプラントを革新的に設計することを可能とします。
さらに、生体用インプラントに限らず、大きな単結晶を製造することなく単結晶弾性率を精度よく決定できることは、全ての社会基盤材料に適用が可能であり、チタン合金に限らず、様々な合金で作製された3DP金属造形物に応用可能となります。その社会的な波及効果は大きく、今後、金属3DPを利用した広範な材料開発に利用されることが見込まれます。弾性率という材料の基礎物性を正確に解析できる手段を獲得した本成果は社会に向けて発信する意義が大きく、3DP製品開発にとってのブレークスルーとなることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年2月27日(木)(日本時間)にElsevier発刊の「Additive Manufacturing」誌に出版されました。
タイトル:Low Young’s modulus in laser powder bed fusion processed Ti–15Mo–5Zr–3Al alloys achieved by the control of crystallographic texture combined with the retention of low-stability bcc structure
著者名:Shota Higashino, Daisuke Miyashita, Takuya Ishimoto, Eisuke Miyoshi, Takayoshi Nakano, and Masakazu Tane*(責任著者)
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST 「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三)における「カスタム力学機能制御学の構築 ~階層化異方性骨組織に学ぶ~」(研究代表者:中野貴由)(課題番号:JPMJCR2194)の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 金属3Dプリンティング(3DP)
金属の粉末やフィラメントを溶融・凝固させて積層していくことで三次元造形を行う3Dプリンティング技術である。本研究で用いたレーザー粉末床溶融結合法はその代表的な手法であり、熱源であるレーザーを走査して金属粉末を選択的に溶融・凝固させる。
- 単結晶の弾性率
結晶の方向によって異なる単結晶の異方的な弾性的性質を表現するための物理パラメータ。材料の力学機能性を理解し、設計する上で重要な情報を提供する。
- inverse Self-consistent近似
複数の微細結晶で構成される多結晶の異方的弾性率および多結晶内の微細結晶の配向分布、形状の情報から多結晶を構成する単結晶の弾性率を逆解析するための手法。この方法を用いれば、大きな単結晶の育成を必要とせずに、単結晶弾性率を決定することが可能である。
- 応力遮蔽
ヤング率が高いインプラント部に応力が優先的に負荷され、周囲の骨への応力伝達が阻害される現象。応力が正常に伝わらなくなった骨では骨量の減少と骨質の劣化が進行する。
- ヤング率
ヤング率は、材料に対して引張や圧縮における弾性変形のしやすさを表す物理量で、弾性率の一種。ヤング率は単軸の引張応力もしくは圧縮応力と単軸ひずみとの関係を表す比例定数。弾性率はせん断応力等の他の応力負荷に対する比例定数を含むより一般的な表現。
- 六方晶構造相
六方晶系の対称性を有する結晶構造をもつ物質。生体用βチタン合金において形成される六方晶構造相として、オメガ相が知られている。このオメガ相は、体心立方構造の結晶よりも高い弾性率を示すことが知られている。
- 共鳴超音波スペクトロスコピー
材料の弾性特性を高精度で評価するための手法。この手法では、測定対象となる試料に対して超音波振動を加え、その共鳴周波数を測定・解析することで、試料の弾性特性を調べることができる。この手法は、異方性を示す材料に対して極めて有効であることを特徴とする。
- 電子後方散乱回折法
材料内の結晶の大きさおよび形状等の微細構造や結晶の方位分布を解析するための高感度かつ高分解能な手法。
- 光学式浮遊帯域溶融法
集光加熱によって、原料の特定の領域を加熱し、溶融帯を形成させることによって高品質な単結晶材料を成長させるための手法。