
ハイエントロピー合金をより強化する 新たなセル界面構造の発見
3Dプリンティング材料設計の新展開
研究成果のポイント
- 3Dプリンティングで製造されたTi-Zr-Nb-Mo-Taハイエントロピー合金において、強度の向上をもたらすサブミクロンスケールの新しいセル界面構造を見出しました。
- セル界面を構成する「転位ネットワーク」と「相分離」が相乗的に作用し、材料強度を大幅に向上させることが明らかになりました。
- 本成果は、3Dプリンティング法の特徴を活かしたミクロ構造制御により、従来にはなかった高性能金属材料を実現できることを明瞭に示しました。医療や航空宇宙分野など、特殊な環境下で使用可能な次世代金属材料の開発へとつながることが期待されます。
新たなセル界面構造の発見と、その顕著な強化効果の模式図
概要
東京大学大学院工学系研究科のチェンハン特任研究員、江草大佑助教、阿部英司教授は、大阪大学大学院工学研究科の中野貴由教授らによる研究グループと共同で、先進的な3Dプリンティングにより造形されたハイエントロピー合金(HEA)において、材料強度の向上を実現するサブミクロンスケールの新しいセル界面構造を発見しました。この構造は、3Dプリンティングに特有の超急冷によって生じた材料内での「転位ネットワーク」と「相分離」とが相乗する効果によって形成され、それぞれが独立に導入された場合を超える新たな強度向上メカニズムとして働くことが明らかになりました。この研究成果は、3Dプリンティングを用いることで従来にはない新しいタイプのミクロ構造の制御が可能となることを示しており、次世代の高性能金属材料設計に新しい指針を提供します。医療や航空宇宙分野など、特殊な環境下での使用を可能とする材料開発に貢献することが期待されます。
研究の内容
ハイエントロピー合金(HEA)は、異なる金属元素を等比に近い割合で組み合わせることで、優れた機械的特性を発揮する材料として注目されています。特に、生体為害性(毒性)の低い高融点元素の組み合わせであるTi-Zr-Nb-Mo-TaのようなHEAは、医療、航空宇宙、エネルギー産業などさまざまな分野での利用が期待されています。しかし、これらの合金は高融点元素を複数含むことから、従来の製造方法では均一な材料を作製することは困難であり、性能向上に限界がありました。
東京大学大学院工学系研究科の阿部教授の研究グループと、大阪大学大学院工学研究科の中野教授らによる研究グループは、現在世界的規模で研究が盛んである先進3Dプリンティング技術を用いてTi-Zr-Nb-Mo-Ta HEAを製造し、それが示す著しい強化効果が、サブミクロンス ケールの新しいセル界面構造によりもたらされることを見出しました。
3Dプリンティングで造形された材料では、一般的な金属で見られる結晶粒組織の内部に階層的に導入されたセル界面構造が存在します(図1)。セル界面構造は、造形中の結晶格子ひずみによって導入される「転位ネットワーク」や、急速な凝固に起因する「相分離」といった微視的スケールにおける現象に由来しており、それぞれ金属の強度を向上させることが知られていました。今回の研究では、適切な金属元素の選択および3Dプリンティングに特有の超急冷を活用することにより、この2つの現象が互いに連携した特異なセル界面構造をもたらすことを発見しました。
図1. 3Dプリンティング金属材料組織の模式図と、新たに発見されたセル界面構造
これまでの研究では、3Dプリンティングにより転位ネットワークや相分離が導入された場合、理論的には約200~500MPaの強化効果が期待されていました。今回の研究では、一般的な鋳造法と3Dプリンティングで作製したTi-Zr-Nb-Mo-Ta HEAの強度を比較したところ、新しいセル界面構造による強化量が約960MPaにまで達していることがわかりました(図2)。これは、従来想定される転位ネットワークと相分離の効果を単純に合算した値を大きく上回っており、発見した連携セル界面によって追加の強化効果が生まれていることを示しています。
図2. 各種セル界面構造による強化量の比較
今回の成果は、金属材料の設計に新しい指針をもたらし、特に耐久性と強度が求められる分野での応用が期待されます。例えば、医療分野では強度と耐久性を兼ね備えたインプラント材料が、航空宇宙分野では過酷な環境に耐える部品が実現可能になります。さらに、3Dプリン ティングによる精密な形状制御が可能となることで、より効率的かつ柔軟に高性能な金属材料を生産することができ、製造コストやエネルギー消費の削減にもつながります。
特記事項
【論文情報】
雑誌名:Additive Manufacturing
題 名:Phase-separation induced dislocation-network cellular structures in Ti-Zr-Nb-Mo-Ta high-entropy alloy processed by laser powder bed fusion
著者名:Han Chen, Daisuke Egusa*, Zehao Li, Taisuke Sasaki, Ryosuke Ozasa, Takuya Ishimoto, Masayuki Okugawa, Yuichiro Koizumi, Takayoshi Nakano, Eiji Abe*
DOI:10.1016/j.addma.2025.104737
URL:https://doi.org/10.1016/j.addma.2025.104737
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三)における「カスタム力学機能制御学の構築 ~階層化異方性骨組織に学ぶ~」(研究代表者:中野貴由)(課題番号:JPMJCR2194)の支援により行われました。
用語説明
- 3Dプリンティング
複雑な3次元形状を一括で作製可能な製造手法。今回の研究では、粉末を初期材料としてレーザーで粉末を選択的に溶融・凝固させて積層させる“レーザー粉末積層造形”を用いた。
- ハイエントロピー合金(HEA)
通常5種類以上の金属元素を等比に近い割合で混合させて作製される合金。一般的な金属に比べて高い強度や優れた耐熱性を示すことが多く、世界的に大きな注目を集めている。
- サブミクロンスケール
マイクロメートル(1/1000ミリメートル)より、さらに1桁程度小さいサイズ。このサイズでの構造が、金属材料の特性に強く影響する。
- セル界面構造
一般に金属の凝固中に液体・固体界面の不連続な変化によってもたらされる構造のこと。凝固速度が早い3Dプリンティングではしばしば観察される。
- 超急冷
レーザー溶融による3Dプリンティングでは106 K/sに相当する高い冷却速度が実現されている。一般的な金属作製プロセスである鋳造法の冷却速度(102 K/s程度)と比較して著しい急冷であり、新しい材料作製手法として期待されている。
- 転位ネットワーク
金属中に含まれる線状(1次元)の格子欠陥である転位が高密度に存在し、絡み合ったネットワークを構成している状態。金属の強度は転位の動きにくさによって決まるため、絡み合いネットワークを組んだ状態は強度の向上をもたらす。
- 相分離
2つの異なる状態(相)に自発的に分離すること。本研究では、合金を構成する元素の混合割合が変化した2つの状態へと分離しており、主にZrとTaの割合が異なる2つの相に分かれている。