ついに解明!力が骨を強くする仕組み
応力負荷が配向化骨をつくる分子PGE2を発見
研究成果のポイント
- 骨の強さは、これまで考えられてきた骨密度だけではなく、骨配向性(コラーゲン/アパタイト配列)により決まる
- 今回PGE2が骨配向性を決める分子であることを発見
- 骨粗鬆症や寝たきり治療の薬剤・医療デバイス開発につながる画期的成果
概要
大阪大学大学院工学研究科の松垣あいら准教授、大学院生の松坂匡晃さん(博士前期課程)、中野貴由教授の研究グループは、骨の強さに深く関わる骨配向性(コラーゲン線維とアパタイト結晶の配列)が、オステオサイトが分泌する生理活性脂質PGE2(プロスタグランジンE2)により決まることを世界で初めて明らかにしました。オステオサイトは骨内部に存在し、応力を感受する荷重センサーのような細胞です。オステオサイトが骨強度などの様々な機能の調節に関わることが予想されてきましたが、その詳細はわかりませんでした。
今回、松垣准教授らの研究グループは、骨の配向性を模擬した独自の培養モデルを駆使することで、応力感受細胞オステオサイトが骨を形成する骨芽細胞へと指令を伝達することで、配向化骨を作ることを解明しました。オステオサイトが応力に応答してPGE2を分泌することで、骨芽細胞の一方向配列化を制御することを発見しました。骨芽細胞がもつPGE2受容体を阻害することで、配向化骨の形成を抑制することに成功しました。本成果により、宇宙滞在の無重力環境での骨健全化や、骨粗鬆症など疾患治療の薬剤開発が期待されます。
本研究成果は、Elsevier発刊の「Biomaterials」誌に2021年10月27日(水)正午(JST)に公開されました。
図. 応力を感受したオステオサイトはPGE2を分泌し、骨芽細胞を配列化させることで配向化骨を形成する。
研究の背景
これまで、骨の強さは骨密度だけで決まると考えられてきました。研究グループは、骨のコラーゲン/アパタイト配向化構造が骨密度とともに骨強度を決める重要な因子であることを発見し、骨配向性を回復させる治療法やインプラントなど医療デバイスの開発に取り組んできました。特に骨配向性は骨をとりまく力学環境によって大きく変化し、無重力環境や寝たきりなどの力が負荷されない状態では、骨の異常劣化をもたらします。応力による骨配向化は、骨中の応力感受細胞オステオサイトが関わることが予想されてきましたが、その詳細はわかっていませんでした。
研究の内容
松垣准教授らの研究グループでは、骨配向性が骨芽細胞配列化により作られることを発見し、今回の研究でオステオサイトとの関連性に着目しました。オステオサイトの応力感受を起点として配列化骨芽細胞と相互作用可能な培養モデル(図1)を作製することで、細胞同士の働きかけによる骨配向化のメカニズムがはじめて明らかになりました。
遺伝子改変により生体骨と同様に応力を感受できるオステオサイトに対して、モーター制御により生体内と類似した流動刺激を加えました。一方で骨芽細胞にはコラーゲン分子配列化基盤を足場として付与し、細孔メンブレンでオステオサイトと隔てて培養します。作製した特殊培養モデルで、オステオサイトと骨芽細胞は可溶性分子を行き来させ、細胞間で相互作用を保つことができます。オステオサイトに流体流動刺激を負荷することで、隔てて存在する骨芽細胞の配列が大きく変化することがわかりました。
さらに、次世代シーケンシングを用いた大規模遺伝子解析により、オステオサイトが骨芽細胞配列を制御する媒介因子として、生理活性脂質分子であるPGE2を発見しました。骨芽細胞がもつPGE2(プロスタグランジンE2)受容体EP2/EP4を阻害することで細胞配列化は著しく破綻し(図2)、PGE2が骨配向性制御の治療ターゲット分子として極めて有望であることが示されました。
図1. オステオサイトの応力感受による骨配向化機構解明のために樹立した特殊培養モデル
図2. PGE2受容体阻害により骨芽細胞配列化は大きく乱れる(矢印:基盤コラーゲン方向)
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、寝たきり状態や無重力環境による骨劣化を根本的に治療する薬剤や医療デバイスの開発につながることが期待されます。これまで骨密度のみをターゲットとしていた骨医療から、骨配向性治療への変革をももたらす画期的な研究成果です。現状では失われた骨配向性を回復させることは困難ですが、PGE2を起点とした分子機序を制御することで、早期に健全な配向化骨再生を可能とするような再生医療の展開、さらには骨難治疾患の創薬ターゲット創出にもつながると大いに期待されます。
特記事項
本研究成果は、2021年10月27日(水)正午(JST)にElsevier発刊の「Biomaterials」誌に掲載されました。
タイトル:“Control of osteoblast arrangement by osteocyte mechanoresponse through prostaglandin E2 signaling under oscillatory fluid flow stimuli”
著者名:Tadaaki Matsuzaka, Aira Matsugaki, Takayoshi Nakano
DOI:https://doi.org/10.1016/j.biomaterials.2021.121203
なお、本研究は、JSPS科学研究費補助金 基盤研究(S)「骨異方性誘導のための「異方性の材料科学」の構築」(研究代表者:中野貴由)の一環として行われました。
参考URL
SDGSの目標
用語説明
- 骨配向性
骨の主成分であるコラーゲン/アパタイトの方向性は、長管骨では骨軸に沿って優先配列する。アパタイトは六方晶系の結晶構造を持ち、結晶方位に強く依存した力学特性を示す。骨配向性は、骨部位に非常に強く依存して変化し、骨の力学機能を支えている。
- オステオサイト
骨内部で応力感受を担う細胞。骨のコラーゲン/アパタイト配向性に沿った骨細管ネットワークを構築し、応力を起点とした骨制御の司令塔として働く。
- プロスタグランジンE2(PGE2)
生体内で局所ホルモンとして働く生理活性脂質の一種。炎症や発熱などの生体反応にも関与するが、骨機能に対する役割は未知であった。
- 骨芽細胞
コラーゲンを分泌し、アパタイトの沈着により骨を形成する細胞。骨芽細胞は接着斑によりその細胞配列化を制御しており、細胞配列化方向に沿ったコラーゲン/アパタイト配向化構造を構築する。