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あざ治療のメタ分析にレーザー照射条件を新たに取り入れ ピコ秒レーザーとナノ秒レーザーを比較

あざ治療のメタ分析にレーザー照射条件を新たに取り入れ ピコ秒レーザーとナノ秒レーザーを比較

2025-7-3工学系
工学研究科助教西村 隆宏

研究成果のポイント

  • 従来のメタ分析では考慮されていなかったレーザー照射条件の適正さを判定したうえで、治療効果を評価する新たなメタ分析手法を開発。
  • 太田母斑のレーザー治療を分析した結果、適正な照射条件のピコ秒レーザーは、従来のナノ秒レーザーよりも効果が高く、同等の安全性であった。
  • 適正なレーザー照射条件を判定する指標により、ピコ秒レーザーの効果的で安全な照射条件の提供が可能。

概要

太田母斑は目の周りや頬に現れる青黒い皮膚のあざで、治療にはレーザーが用いられています。診療ガイドラインの策定には、複数の研究結果を統合して治療の有効性と安全性を客観的に評価するメタ分析が不可欠です。従来のメタ分析では、レーザー照射条件の妥当性が考慮されていなかったため、照射が過少・過剰な場合の治療結果も含まれており、より正確な評価が望まれていました。

大阪公立大学大学院医学研究科皮膚病態学の下条 裕ポスドク研究員、小澤 俊幸特任教授、鶴田 大輔教授、大阪大学大学院工学研究科の西村 隆宏助教、東海大学医学部外科学系形成外科の河野 太郎教授らの研究グループは、インシリコモデルと呼ばれる計算機上での数理モデルで計算された、適正な照射条件を判定する指標を作成し、その指標内の治療を分析対象とする「インシリコ支援メタ分析」を開発しました。そして、太田母斑の治療に適用した結果、適正な照射条件のピコ秒レーザーは、従来のナノ秒レーザーよりも効果が高く、同等の安全性を示しました。また、適正な照射条件の指標により、効果的で安全なピコ秒レーザーの照射条件を提供できることも示されました。本研究結果は、レーザー治療の標準化に貢献することが期待できます。

本研究成果は、2025年6月20日、米国皮膚科学会が刊行する国際学術誌「JAAD Reviews」にオンライン掲載されました。

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研究の背景

レーザー治療では、適切な照射条件の設定が高い効果を得るために重要ですが、従来のメタ分析では、治療に使用された照射条件の妥当性を考慮せずに研究結果を統合していました。近年、形成外科、皮膚科、美容皮膚科、美容外科で応用が進むピコ秒レーザーのように、照射条件が未確立な治療では、メタ分析に不適切な照射条件を用いた研究結果を含める可能性があるため、評価結果の信頼性に限界がありました。

研究の内容

本研究では、照射条件の妥当性をレーザー治療のインシリコモデルによって評価したうえでメタ分析を実施する「インシリコ支援メタ分析」を開発しました。まず、ピコ秒レーザーもしくはナノ秒レーザーで太田母斑を治療した後の有効率と合併症率を報告した研究結果を収集しました。そして、レーザー照射条件が適正かどうかを判定する新しいEICF(Excessive Setting Index of Clinical Fluence)指標を導入し、収集した研究結果のうち、使用された照射条件が理論的な照射条件と合致した研究結果のみを分析の対象としました。ピコ秒レーザーとナノ秒レーザーを比較した結果、適切な照射条件が使用されたピコ秒レーザー治療は、従来のナノ秒レーザー治療よりも高い有効性と同等の安全性を示し、太田母斑治療の第一選択になることがわかりました(図1)。さらに、EICF指標によって、ピコ秒レーザーの安全かつ効果的な照射条件を提供できることも示されました。

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図1. 照射条件の妥当性を考慮した新しいメタ分析の効果
従来のメタ分析(上)では、ピコ秒レーザーの合併症率がやや高かった。本研究では、インシリコモデルで照射条件の妥当性を判定するEICF指標を導入し、条件の適切な研究のみを対象にしたインシリコ支援メタ分析(下)を実施。その結果、ピコ秒レーザーの有効性は高まり(0.83 → 0.91)、合併症率は低下(0.18 → 0.12)してナノ秒レーザーと同等であることが示された(レーザー波長は755 nm)。

期待される効果

本成果は、ピコ秒レーザー治療における「なぜ効いたのか」「なぜ副作用が出たのか」などの疑問に対し、照射条件の観点から科学的根拠を提供します。今後検証を重ねる必要はありますが、EICF指標を活用することで、より安全で効果的なレーザー照射条件を選択できるようになります。
また、本研究で提案したインシリコ支援メタ分析は、レーザーを用いた臨床研究の結果をより正確に統合・解釈するための新しい手法を示し、診療ガイドラインの質を高める基盤を提供します。本メタ分析の手法は、超音波や高周波などの他のエネルギーデバイスを用いた治療の評価にも応用できる可能性があり、数理科学や情報科学を用いて臨床データの解釈を高度化する「インシリコ医学」の発展に寄与することが期待されます。

特記事項

【論文情報】
【発表雑誌】JAAD Reviews
【論 文 名】Association between irradiation parameters and outcomes for picosecond laser treatment of nevus of Ota: An in-silico-supported meta-analysis
【著  者】Yu Shimojo, Takahiro Nishimura, Daisuke Tsuruta, Toshiyuki Ozawa, Taro Kono
【掲載URL】https://doi.org/10.1016/j.jdrv.2025.06.001

本研究は、日本学術振興会科研費(23KJ1825、24K19832)の助成を受けたものです。

用語説明

太田母斑

主にアジア人に多く見られる、目の周囲や頬に青黒く現れる皮膚のあざ。メラニン色素が真皮(皮膚の深い層)に沈着しているため、塗り薬などでは治療が困難で、レーザー治療が第一選択である。見た目の悩みだけでなく、精神的な影響も大きいため、早期かつ安全な治療法の確立が求められている。

ピコ秒レーザー

ピコ秒(1兆分の1秒)の非常に短いパルスを発するレーザー。この超短時間の照射により、周辺組織の損傷を抑えて病変を効率良く破壊できる。あざ・しみ・刺青除去などの治療で近年注目されている新規技術。

ナノ秒レーザー

ナノ秒(10億分の1秒)の短いパルスを発するレーザー。ピコ秒レーザーに比べると照射時間が長く、病変周辺の正常組織に与えるレーザーの影響が大きいと指摘されている。長年使用されてきた信頼性の高い技術であるが、より安全・効果的な治療法の開発が求められている。

インシリコモデル

「インシリコ」はコンピュータ上での解析を意味する言葉で、実験や臨床試験を補完する計算機シミュレーション技術を指す。本研究では、レーザーが皮膚内のメラニン色素に到達する様子や効果を数理モデルと光学シミュレーションで再現し、治療の"適正な照射条件"を理論的に導き出している。