RNA修飾解析から新たに解明 膵がんの治療抵抗性のメカニズム

RNA修飾解析から新たに解明 膵がんの治療抵抗性のメカニズム

手術困難な膵がん患者の新しい治療指標に

2022-7-4生命科学・医学系
医学系研究科特任助教(常勤)立川章太郎

研究成果のポイント

  • RNA修飾(エピトランスクリプトーム)の解析により膵がんの治療抵抗性の新たなメカニズムを解明
  • RNAメチル化により細胞周期に関わるタンパク質であるPLK1の発現が上昇し、これを抑制すると放射線の感受性が上昇することを明らかにした
  • 手術困難な膵がん患者への放射線治療の新たな治療標的となる可能性が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の立川章太郎特任助教(常勤)、小川和彦教授(放射線治療学)、石井秀始特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学)らの研究グループは、膵がんにおいて新たな治療抵抗性のメカニズムを明らかにしました。

膵がんはあらゆる治療に対して抵抗性であり、手術が困難な患者様の予後は極めて不良です。これまでに研究グループは、RNAメチル化酵素であるMETTL3の発現上昇が膵がん細胞株において抗がん剤や放射線治療に抵抗性であることを報告していましたが、METTL3がどのような遺伝子を制御しているのかなど、その詳細なメカニズムは解明されていませんでした。

今回、研究グループは、METTL3の標的となる分子を同定するため、RNA修飾(エピトランスクリプトーム)の解析を行いました。その結果、細胞周期に関わるタンパク質であるPLK1がRNAメチル化によって発現が上昇することを同定しました。さらに、PLK1のメチル化を抑制することで放射線の感受性が上昇することも解明しました(図1)。

本研究成果により、手術が困難である膵がん患者に対する新たな治療標的となることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に、7月1日に公開されました。

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図1. 膵がんにおけるMETTL3とPLK1の関係性

研究の背景

手術が困難な膵がん患者に対しては化学放射線治療が適応となりますが、膵がんはあらゆる治療に抵抗性であるため、そのような患者の予後は極めて不良です。そのため、これまでにも治療成績の改善のために様々な研究がなされてきましたが、満足な治療成績に至っていないのが現状です。

研究の内容

研究グループは、膵がん細胞株においてRNA修飾(エピトランスクリプトーム)の解析を行うことにより、mRNAのメチル化を介してPLK1の発現が上昇していることを同定しました。これは、RNAメチル化酵素であるMETTL3が膵がん患者において予後不良因子として報告されていましたが、その詳細な標的遺伝子を解明したことになります。

さらに、遺伝子編集技術を用いた部位特異的(PLK1の3’非翻訳領域)な脱メチル化を行うことにより、膵がん細胞株において細胞周期の恒常性に異常をきたし放射線感受性の上昇が得られることを解明しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、手術困難な患者に対する放射線治療の新たな治療標的の開発が期待されます。今後、部位特異的なエピゲノム編集技術が発展し、PLK1の3’非翻訳領域のみに脱メチル化が行えるようになると膵がん細胞特異的に放射線の感受性が上昇させることが可能になり、治療成績の改善が予想されます。

特記事項

本研究成果は、2022年7月1日に米国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“N(6)-methyladenosine methylation-regulated polo-like kinase 1 cell cycle homeostasis as a potential target of radiotherapy in pancreatic adenocarcinoma”
著者名:Shotaro Tatekawa1, Keisuke Tamari1, Ryota Chijimatsu2, Masamitsu Konno2, Daisuke Motooka3, Suguru Mitsufuji4, Hirofumi Akita4, Shogo Kobayashi4, Yoshiki Murakumo5, Yuichiro Doki4, Hidetoshi Eguchi4, Hideshi Ishii2, Kazuhiko Ogawa1
所属:
1. 大阪大学大学院医学系研究科放射線治療学
2. 大阪大学大学院医学系研究科附属最先端医療イノベーションセンター
3. 大阪大学微生物病研究所遺伝情報実験センターゲノム解析室
4. 大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学
5. 北里大学医学部病理学
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-022-15196-5

本研究の成果は、共同研究講座の産学連携の活動の一環で行われました。研究の一部は、科研費(萌芽2021-2024、基盤A2020-2025、若手2018-2019)・武田科学振興財団等の支援を受けて行われました。

参考URL

石井秀始 特任教授(常勤)研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/fcdd81a7260c9252.html

用語説明

RNAメチル化

DNAの転写産物であるRNA修飾の一種で様々な生命現象に関与している。中でも最も多いのはN6メチルアデノシン(m6A)修飾であり、本研究ではm6Aについて解析している。

RNA修飾(エピトランスクリプトーム)解析

RNAは転写後に様々な修飾を受けて遺伝子発現を調節し、それをRNA修飾(エピトランスクリプトーム)と呼ぶ。そのRNA修飾(エピトランスクリプトーム)について網羅的に解析すること。

PLK1

Polo様キナーゼファミリーメンバーであり、細胞周期に関わり、特に分裂期に発現が上昇する。一般的に癌細胞ではPLK1の発現が高いことが多い。