ヒト膵がんシングル細胞解析のための基本アトラスを作成

ヒト膵がんシングル細胞解析のための基本アトラスを作成

サブタイプを特徴づけるバイオマーカー診断や治療法の開発に期待

2022-7-5生命科学・医学系
医学系研究科特任教授(常勤)石井秀始

研究成果のポイント

  • ヒト膵がんのシングル(単一)細胞シーケンス情報解析の基本アトラスを作成
  • ヒト膵がん遺伝子発現による不均一な微小環境と動態を確認
  • ヒト膵がんで活性化された線維芽細胞の細胞間コミュニケーションを解明し、これまで一括りにされていた膵がんに分子メカニズムが異なるサブタイプが存在することを明らかに
  • サブタイプを特徴づけるバイオマーカーによる膵がんの診断や治療法の開発に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学)と江口英利教授、土岐祐一郎教授(消化器外科学)、森正樹名誉教授らの研究グループは、現在国内外で利用可能な71症例(全13万6000細胞)のシングル細胞解析により、基本アトラスを作成し、遺伝子発現による不均一な微小環境と動態を確認して、活性化された線維芽細胞の細胞間コミュニケーションを解明しました。

最近の研究で生物学的な研究や様々な疾患の解明でシングル細胞解析の技術が応用されてきています。しかし、各研究者間で情報が分散していたり、膵臓のような分解しやすい臓器の解析が困難であったりした要因で、統合的な解析が進んでいない状況にありました。

今回、研究グループは、利用可能な公開シークエンス情報に大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学が手術に関わった症例の情報を加えて、最新の技術で統合的に解析し、膵がんのがん微小環境の多様性の本体の究明に取り組みました。その結果、これまで難治がんとして一括りにされていた膵がんは、少なくともシークエンス情報に基づけば、細胞間コミュニケーションのような分子メカニズムが異なったサブタイプが存在することが明らかになりました(図1)。そのサブタイプを特徴つける線維芽細胞の細胞間コミュニケーションを明らかにして、バイオマーカーによる画期的な診断、革新的な治療法の開発に向けて、基盤を構築しました。

本研究成果は、米国科学誌「iScience」に、6月22日(水)に公開されました。

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図1. 膵がんのシングル細胞解析が、膵がんの組織のサブクラス分類で、活性型線維芽細胞を2つに分けることができた。

研究の背景

膵がんの予後は極めて難治です。その難治性の原因の1つは、早期から周辺組織への浸潤と多臓器への転移をきたすためとされていますが、その背景となるがん微小環境やそれを構成する多様な細胞群のシングル細胞レベルでの情報解析が十分に行われておらず、鋭敏な診断や効果的な治療法の開発が課題になっています。

本研究では、最近国内外で実用化が進められているシングル細胞解析の手法を用いて、これまでの研究で利用可能な全情報を解析対象として、遺伝子発現だけでなくゲノムの変化や細胞間のリガンドと受容体の相互関係を含めた統合的な解析を実施しました。

その結果、膵がんには、シングル細胞解析の結果、活性化された線維芽細胞の性質を元にして検討するとサブタイプに分類することができて、従来は明らかでなかった上皮間葉形質転換の性質が強いシグナルと炎症の性質が強いシグナルに分類して理解することが可能となりました。これらの知見は、現在内外の研究で展開されている全ゲノム解析やがん免疫療法の開発にも役立つことが期待され、難治がんである膵がんの克服に向けて貢献できるものと期待されます。

研究の内容

研究グループは、膵がんのシングル細胞解析の手法により、従来の方法では区別が不可能であったシグナルとメカニズムが異なると考えられるサブクラスに分類することができました。これを受け、画期的な診断、革新的な治療法の開発に向けて、精密な医療の社会実装に向けた基盤を構築しました。

さらに、細胞間コミュニケーションの解析により、難治がんの新たな制御法の開発研究に向けた基本アトラスを作成することができました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、膵がんに対するバイオマーカーによる画期的な診断、革新的な治療法の開発に向けて貢献できることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「iScience」に、6月22日(水)に公開されました。

タイトル:“Establishment of a reference single-cell RNA sequencing”
著者名:Ryota Chijimatsu1,2,Shogo Kobayashi3, Yu Takeda3, Masatoshi Kitakaze3, Shotaro Tatekawa4, Yasuko Arao1, Mika Nakayama1, Naohiro Tachibana5, Taku Saito5, Daisuke Ennishi2, Shuta Tomida2, Kazuki Sasaki3, Daisaku Yamada3, Yoshito Tomimaru3, Hidenori Takahashi3, Daisuke Okuzaki6, Daisuke Motooka6, Takahito Ohshiro7, Masateru Taniguchi7, Yutaka Suzuki8, Kazuhiko Ogawa4, Masaki Mori3,9, Yuichiro Doki3, Hidetoshi Eguchi3*, Hideshi Ishii1*
1. 大阪大学 大学院医学系研究科附属最先端医療イノベーションセンター 疾患データサイエンス学
2. 岡山大学 岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センター
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 放射線治療学
5. 東京大学 大学院医学系研究科 整形外科学
6. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター
7. 大阪大学 産業科学研究所
8. 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 システム医科学講座 メディカル情報生命専攻
9. 東海大学 大学院医学研究科
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104659

なお、本研究は、石井秀始特任教授(常勤)と大阪大学大学院医学系研究科の江口英利教授、土岐祐一郎教授、森正樹名誉教授らの研究費として、科研費基盤研究(15H05791、20H00541)、萌芽研究(21K19526)、先進ゲノム解析研究推進プラッフォトーム(16H06279)等の一環として行われました。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 疾患データサイエンス学
http:www.med.osaka-u.ac.jp/pub/mds

用語説明

膵がん

極めて難治です。全18がん種の中で最難治の代表格です。

シングル細胞解析

単一細胞レベルでRNAシークエンスを可能とする画期的な技術です。

がん微小環境

がん上皮細胞だけでなく、線維がん細胞、免疫細胞も含まれます。がんの悪性化にとって有利なシステムを構築していると考えられます。その究明が喫緊の課題となっていました。