難治性消化器がんの新規バイオマーカーを開発
検出困難だった膵臓がんの早期発見を高感度で可能に
研究成果のポイント
・血液中に含まれるマイクロRNAのメチル化率を測定する新技術の開発に成功した。
・血液中に含まれるマイクロRNAのメチル化率を腫瘍マーカーとすることで、これまでの腫瘍マーカーより高感度、高特異度で早期段階の膵がんを含む難治性消化器がんを検出することが可能となった。
・RNAのメチル化を指標とした、がんの早期発見技術の確立への応用に期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の今野雅允寄附講座講師(先進癌薬物療法開発学寄附講座)、石井秀始特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学共同研究講座)、江口英利准教授(消化器外科)、森正樹教授(消化器外科)(研究当時)、土岐祐一郎教授(消化器外科)らと、大房健所長ら(いであ株式会社)の共同研究グループは、血液中に含まれるマイクロRNA のメチル化率を測定することにより、既存の腫瘍マーカー よりはるかに高感度、高精度にがんを検出可能な技術の開発に成功しました。特にこれまで検出が困難であったStageI,IIの早期段階の膵がんを含む難治性消化器がんを鋭敏に検出することが可能となりました。
これまで血液中のマイクロRNAの量を指標としたがんの検出技術の開発が盛んに行われてきましたが、血液中のマイクロRNAの量ではなく、質(RNAのメチル化率)を指標としたがんの診断技術の開発に関する報告は未だありません。今回の研究では、消化器がん患者さん(胃がん、大腸がん、膵臓がん)および健常人の血液中に含まれるマイクロRNAを抽出し、質量分析器(MALDI-TOF-MS) を用いてマイクロRNAのメチル化率を測定しました。その結果RNAのメチル化率を指標とすることで各種消化器がんの検出が可能であること、さらにこれまで検出が非常に困難であった早期膵臓がんの検出に成功しました。この研究を発展させることにより、がんの早期診断技術の開発が期待されます (図1) 。本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」にて8月29日に掲載されました。
図1 マイクロRNAのメチル化率を測定することで,がんの様々な状態が検出可能になった
研究の背景
RNA(特にマイクロRNA)は血液中を巡回しており、がん患者さんでは、がん細胞由来のマイクロRNAが血液中に存在することが知られていました。これまでの研究では、このがん細胞由来の血液中マイクロRNAの量を測定することでがんの診断を行う試みが進められてきました。この手法によるがん診断は、既存の腫瘍マーカーと同程度かそれより上回る精度でがんを診断することが可能となりつつあります。しかしながら、早期の膵臓がんのような発見が難しいがんも存在しています。従って早期の膵臓がんのようなこれまで発見することが困難であったがんを、さらに高感度、高精度に検出する技術の開発はがんの根絶に向けて非常に重要な課題であると考えられています。これまで、RNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)という4種類の塩基で構成されていると考えられていました。しかし、近年これらの4種類の塩基は化学修飾を受け、様々な塩基へと変換されていることが理解され始めました。研究グループは、これらの化学修飾を受けたRNAの塩基を簡便に検出する技術の開発を行いました。
本研究の成果
今回、研究グループは質量分析器(MALDI-TOF-MS)を用いて化学修飾を受けたRNAの塩基を簡便に検出することに成功しました。この開発した手法を用いてがん患者さん(胃がん、大腸がん、StageIII,IVの膵臓がん)および健常人の血液中のマイクロRNAの塩基修飾(今回はアデニンのメチル化)を測定したところ、がん患者さんの血液に含まれるマイクロRNAはアデニンのメチル化率が上昇していることが明らかとなりました。また手術前後の血液を用いて測定を行ったところ手術前に比べてがんを摘出した手術後ではアデニンのメチル化率が減少していることがわかりました。これらのことからアデニンのメチル化は各種がんの検出および手術後のがんの残存を判定するマーカーとなることが示されました。さらにこれまで検出が困難であったStageI,IIの早期膵臓がん患者さんの血液中に含まれるRNAのメチル化率の測定を行いました。その結果、現在臨床で使用されている腫瘍マーカーであるCA19-9やCEAに比べて有意に感度、特異度よくがんを検出することができました。従ってRNAのメチル化を測定する本手法は従来の腫瘍マーカーよりも優れたマーカーとなることが示唆されました (図1) 。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、RNAのメチル化を測定することはがんの診断に有用であることが示されました。この技術を応用、発展させることで、がんの有無だけではなく、がんの種類、がん摘出手術後のがんの残存および治療に対する反応性を予測する技術の確立が期待されます。これが実現すれば、がんを現在より早期に高精度、高感度に発見できるだけでなく、治療効果の予測に対する優れた指標を得ることとなり、がん患者さんの生存率が飛躍的に上昇することができると期待されます。
特記事項
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」にて、8月29日に掲載されました。
【タイトル】 “Distinct Methylation Levels of Mature MicroRNAs in Gastrointestinal Cancers”
【著者名】 Masamitsu Konno 1 , Jun Koseki 2 , Ayumu Asai 1,2 , Akira Yamagata 3 , TeppeiShimamura 4 , Daisuke Motooka 5 , Daisuke Okuzaki 5 , Koichi Kawamoto 6 , Tsunekazu Mizushima 6 , Hidetoshi Eguchi 6 , Shuji Takiguchi 6,7 , Taroh Satoh 1 , Koshi Mimori 8 , Takahiro Ochiya 9 , Yuichiro Doki 6 , Ken Ofusa 3 , Masaki Mori 6 , Hideshi Ishii 2
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 先進癌薬物療法開発学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 疾患データサイエンス学
3. いであ株式会社
4. 名古屋大学 大学院医学系研究科 附属神経疾患・腫瘍分子医学研究センター システム生物学
5. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター ゲノム解析室
6. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
7. 名古屋市立大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
8. 九州大学 別府病院 外科
9. 独立行政法人国立がん研究センター
患者様及びご家族様へ
本研究は基礎的な検討を終えた段階です。今後大規模な有効性の検討(臨床試験)を行う必要がありますので、実用化にはまだ時間がかかるのが現状です。
1.臨床試験をいつ行うのか
2.どうすれば臨床試験に参加できるのか
といった進捗につきましては、機会の折にご報告させていただきます。
参考URL
大阪大学 大学院医学系研究科 先進癌薬物療法開発学寄附講座
https://www2.med.osaka-u.ac.jp/gesurg/development.html
用語説明
- マイクロRNA
RNAは体の設計図として知られるDNAを鋳型に合成される核酸である。RNAの塩基はアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)の4種で構成されている。マイクロRNAはRNAの中でも最終的に20から25塩基長の短いRNAとして知られる。
- 腫瘍マーカー
がんの存在や進行度をその濃度に反映し、血液中に測定されるタンパク質等の物質を指す用語である。
- MALDI-TOF-MS
(マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計):
島津製作所の田中耕一氏が開発した質量分析器である。測定したいサンプルをマトリックス(Matrix)と均一に混合し、レーザーを当てることで、マトリックスがサンプルとともに気化されます。これを測定器で検出することで物質の質量数を求めます。質量電荷比m/z値の違いでイオンの飛行時間が異なることを利用して質量分析を行う方法を「飛行時間型質量分析法」(TOFMS)と呼びます。