食道がん抗がん剤治療の新たな治療効果判定法を確立

食道がん抗がん剤治療の新たな治療効果判定法を確立

Metabolic Tumor Volume に基づく、より正確な予後予測と治療戦略

2018-12-26生命科学・医学系

研究成果のポイント

・食道がんの抗がん剤投与前後のPET検査において、Metabolic Tumor Volume(MTV)という指標を用いて代謝活性を加味したがんの体積を測定することにより、抗がん剤によるがんの減少率を正確に測定することが可能となった。
・MTVの指標を用いたがんの体積測定で60%以上のがんの減少となると、抗がん剤治療後に行う手術の後の成績があきらかに良いことを見出した。
・より正確な術後の予後予測が可能となり、今後食道がんにおけるオーダーメイド治療の確立や治療成績の向上につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の牧野知紀助教、土岐祐一郎教授(消化器外科学)、本学医学部附属病院の巽光朗講師(放射線部)、本学大学院医学系研究科の畑澤順教授(核医学)らの研究グループは、食道がんにおいて標準治療である術前化学療法 (抗がん剤治療)前後にFDG-PET検査を行い、Metabolic Tumor Volume(MTV:エムティーヴィー) と呼ばれるがんの生物学的活性を加味した腫瘍体積の変化を測定することで、組織治療効果や術後の予後予測がより正確に行えることを明らかにしました。

ある程度進行した食道がんでは、抗がん剤治療を行った後に手術を行うのが一般的ですが、同じ手術を施行しても術前に行った化学療法にがんがよく反応して小さくなるケースは術後の予後が明らかに良好であることが分かっており、このため正確な治療効果の判定が予後予測のうえで非常に重要です。しかし、これまで術前に正確に化学療法の効果判定を行う最適な方法は確立していませんでした。

今回、牧野知紀助教らの研究グループは、術前化学療法の前後におけるFDG-PET検査で、がんの代謝活性の体積指標であるMTVの変化に着目しました。MTVによるがん体積の変化を用いることで、一般的な指標であるSUVmaxと比較しても、より正確に術後の予後予測が可能となることを示しました。本研究成果により、化学療法前後でのMTVによるがん体積の減少率をもとに、個々の食道がん患者さんに適したオーダーメイド治療が可能となり (図1) 、食道がん全体の治療成績の向上につながることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Annals of Surgery」に、2018年5月1日(火)に公開されました。

図1 本研究の結果を受けた、より良い予後のための治療戦略
抗がん剤治療前後のPET検査にて、がんの体積がMTVを指標として60%以上減少していた際は手術を行い、60%未満のわずかな減少のみの場合は、別の化学療法や放射線治療等を経て手術を行うことで、より良い成績が得られる可能性がある。

研究の背景

食道がんは、日本で約2万2千人が罹患しているがんであり、全体での5年生存率は約30-40%といわれ難治性がんのひとつとされています。進行した食道がんに対する標準治療としては、まず化学療法を行い、それから手術を行います。化学療法を行ってから手術をした方が、がんの再発が少なく成績がよいからです。この手術前の化学療法による治療効果が、術後の予後を大きく左右することがわかっています。化学療法による治療効果の判定については、手術で切除した病理標本における腫瘍の減少割合で判断することができます。しかし個別化治療のためには術前に画像診断によって治療効果を推測することが必要ですが、最適な画像による判定法はいまだ確立されていませんでした。

本研究の成果

今回、牧野知紀助教らの研究グループは、食道がん術前化学療法前後のPET検査でMTVという指標を用いたがんの体積変化を解析することで、化学療法を行った食道がん組織での治療効果および手術後の予後を、より正確に予測できることを証明しました。まず、遠隔転移のない胸部食道がんで術前化学療法後に根治切除手術を施行した102例を対象として、化学療法前後でPET検査を施行しました。従来のCT検査での腫瘍測定に加えて、PET検査の一般的な指標として知られるSUVmaxと、今回新たな体積指標として用いているMTVの両方の値をソフトウェアにより測定しました (図2) 。

102例のデータを解析した結果、化学療法前後でMTVの値(中央値)は22.6から2.8と明らかに減少しており、化学療法によるがん体積の減少が確認されました。このMTV減少率と手術後の予後との関係をみると、MTVによるがん減少率60%を境にして予後が最も大きく分かれることが判明したため、これを独自のカットオフ値として設定しました。これを指標として、MTV減少率が大きいケース(60%以上、がん体積が一定以上に減少した群)は小さいケース(60%未満、がん体積があまり減少しなかった群)と比較して、予後生存率が明らかに良いことがわかりました( 図3 右図)。一方で、従来のCTによる腫瘍測定やPETで一般的なSUVmaxを用いた解析では、予後生存率の違いがあまり明らかにはなっていません( 図3 左図)。このことから、MTV減少率60%の指標を用いることは、治療効果予測においてもっとも優れていることが示されました。

次に、性別や年齢、がんの進行度やCT検査、MTV、SUVmaxによる効果判定等の因子の中で、どの因子が予後をより正確に予測するかを、多変量解析という手法を用いて調べました。その結果、調べた因子の中で、MTV減少率が唯一予後を正確に予測しうる重要な因子であることが示されました。一方で、従来のCTによる腫瘍測定やより一般的なSUVmax減少率については、重要な因子とはなりませんでした。

図2 FDG-PET検査によるMetabolic Tumor Volume(MTV)測定の実際
食道がん術前化学療法の前後にMTVの測定を行い、解析ソフト(SYNAPSE VINCENT FUJIFILM®)を用いてSUVmaxとMTVの測定を行った。

図3 食道がん化学療法前後での各PET指標による予後予測(左図)一般的なPETの指標であるSUVmaxによる予後の比較
SUVmax減少率が大きい方(50%以上)が術後の予後が良好である。縦軸は生存率、横軸は術後経過(月数)を表す。(右図)Metabolic tumor volume(MTV)を用いた予後の比較:MTV減少率60%をカットオフにすると従来のCTでの腫瘍減少率やSUVmax減少率よりもさらに正確に予後を層別化することが可能となった。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これらの知見により、化学療法前後でMTV減少率が小さい、すなわち化学療法が効かなかったと判定されたケースには別メニューの化学療法や放射線療法を行うなど個別化治療の確立に大きく貢献し、最終的に食道がん全体の治療成績の改善につながるものと期待されます。また今回の内容は食道がんのみに限らずさまざまな他のがんにも応用できる大変重要な知見と考えられます。

特記事項

本研究成果は、2018年5月1日(火)に米国科学誌「Annals of Surgery」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】“Metabolic Tumor Volume Change Predicts Long-term Survival and Histological Response to Preoperative Chemotherapy in Locally Advanced Esophageal Cancer”
【著者名】Tomoki Makino 1 ※, Makoto Yamasaki 1 , Koji Tanaka 1 , Yasunori Masuike, Mitsuaki Tatsumi 2 , Masaaki Motoori 3 , Yutaka Kimura 4 , Jun Hatazawa 2 , Masaki Mori 1 , Yuichiro Doki 1 .(※責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 核医学
3. 大阪急性期・総合医療センター 消化器外科
4. 近畿大学 医学部・大学院医学研究科 外科学(上部消化管部門)

【研究者のコメント】(牧野知紀助教)

進行した食道がんの予後改善には集学的治療が必要で、化学療法後に手術するのが一般的です。今回の研究により、食道がん術前化学療法前後のPET検査でMTV変化を測定することで正確な予後の予測が実現できました。今後はこのMTV変化に応じたオーダーメイド治療が可能となり、それが最終的に食道がん治療成績の向上につながることが期待されます。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
https://www2.med.osaka-u.ac.jp/gesurg/

用語説明

Metabolic Tumor Volume(MTV)

PET-CT検査で、病変への放射性薬剤(FDG)の集積程度を半定量化したものがSUVであり、ある一定のSUVを超える取り込みを示す体積を測定する。がんの生物学的活性を加味した腫瘍体積を表わす。

術前化学療法

手術の前に抗がん剤治療を行うこと。腫瘍を小さくして切除率を上げ、より長期の生存が得られることが分かっており現在進行食道がんにおいての標準治療となっている。

SUVmax

SUVmax(standardized uptake value):

PET-CT検査で、病変への放射性薬剤(FDG)の集積程度を半定量化したものがSUVであり、そのうち計測部位で最も大きな値をSUVmaxと表現し、がん細胞の活動性の指標として用いる。PET-CT検査では現在最も頻用されている指標である。