食道がんの予後マーカーを発見! がん周囲の “三次リンパ様構造”の成熟性が 免疫療法の効き具合を決める。

食道がんの予後マーカーを発見! がん周囲の “三次リンパ様構造”の成熟性が 免疫療法の効き具合を決める。

2023-5-15生命科学・医学系
医学系研究科助教牧野知紀

研究成果のポイント

  • 食道がんの辺縁には三次リンパ様構造(TLS: Tertiary Lymphoid Structures)といわれる免疫細胞の集合体が発現しており、その成熟性が重要な予後マーカーとなることが判明。
  • 成熟したTLSの周囲には抗体産生を司るCD138陽性形質細胞が豊富に存在することを確認。
  • 初回手術時の切除標本におけるTLSを評価することで、のちの再発に対して免疫チェックポイント阻害剤(ICI: Immune checkpoint Inhibitor)が効果的かどうかを事前に予測できることを証明。
  • TLSが食道がん個別化治療の確立につながる可能性。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の林芳矩 招へい教員、牧野知紀 助教、土岐祐一郎 教授(消化器外科)らの研究グループは、食道がんの辺縁部に後天的に形成される三次リンパ様構造(以下、TLS)とよばれる異所性リンパ器官を評価することで、手術後の生命予後を予測し得ることを発見しました。

研究グループは、食道がん患者の腫瘍辺縁に存在するTLSの発現と成熟性を定量的に評価し、TLSの発現および成熟性が腫瘍進行度とは独立して患者予後を強く規定することを明らかにしました。とくに成熟したTLSでこの傾向が強く、これには成熟TLSを構成するCD138陽性形質細胞が関与している可能性が示唆されました。さらに、初回手術時の切除標本におけるTLSを評価することで、のちに術後再発をきたした際に免疫チェックポイント阻害剤(以下、ICI)治療が効果的かどうかの予測に役立つことを明らかにしました。

本研究成果は、英国科学誌「British Journal of Cancer」(オンライン)に、2023年4月4日(日本時間)に公開されました。

研究の背景

食道がんは難治性がんの一つとされており、主軸の治療である手術の後にも高い割合(進行癌で約半数)で再発を来す予後不良の疾患です。また近年では免疫治療の目覚ましい発展によって食道がんにもICI治療が保険収載されましたが、ICI単剤での奏効率は10-20%と低いことから、治療効果予測が治療戦略を立てる上で重要な課題となっています。

TLSは慢性炎症下に後天的に発生する免疫細胞の集合体であり、リンパ球を「教育・活性化」する臓器であるリンパ節と同様に、がん局所において抗腫瘍免疫応答を高める場と考えられています。一方で一部の癌腫ではTLSは腫瘍促進的に機能するとの報告もあり、一義的でなく未知な部分も多いのが現状です。本研究は食道がんにおけるTLSの発現とその意義・機序を明らかにするとともに、臨床応用の可能性を検証しました。

研究の成果

今回、大阪大学医学部附属病院消化器外科および大阪国際がんセンター消化器外科の2施設において術前無治療で根治切除を受けた食道がん患者316症例の切除標本のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)スライドを用いて、TLSの「量(密度)」と「質(成熟度)」をそれぞれ評価しました (図1)。

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図1. 食道がんにおけるTLS評価
食道がん組織における腫瘍辺縁に存在するTLSを「密度」、「成熟度」の2つの観点から定量測定した。
(赤枠: 腫瘍部、黄枠: 腫瘍辺縁部、白矢印: TLS)

TLSは正常部~前がん病変にあたる異形成部位では密度(発現)が極めて低いのに対して、癌部(とくに早期がん)の辺縁に著しい発現がみられ、腫瘍Stageが進行するとともにその発現が低下することがわかりました。TLS密度が高い(TLS高発現)群は腫瘍Stageが浅く、手術時の血液検査による栄養免疫学的指標が良好である傾向が見られました。またTLS高発現群は低発現群と比べて予後良好であり、とくに成熟したTLSでのみこの傾向を認めました(図2)。さらに、この傾向は腫瘍Stage別にみても同様であることが示されました。

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図2. TLS発現・成熟性に基づく予後予測
上図:TLS高発現が良好な予後と相関した。下図:未成熟TLS(E-TLS)の発現は予後と関連しなかったが、成熟TLS(PFL-/SFL-TLS)は予後の層別化に寄与した。縦軸は無再発生存率、横軸は術後経過(月数)を表す。

また腫瘍辺縁に存在するTLSの構成細胞分析を行ったところ、成熟TLSでは免疫細胞数が多く多様性に富み、とくにCD138陽性形質細胞が著明に集積していることが明らかになりました。さらに本研究では、術後再発に対してICI(抗PD-1抗体; Nivolumab)による治療を施行した症例において、初回手術時検体の腫瘍辺縁TLSを評価しました。TLS高発現は良好なICIの治療効果と相関することを明らかにし、治療前の組織検査によってのちのICI治療の効果を予測できることが示唆されました(図3)。

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図3. TLSの構成細胞分析、TLS密度とICI治療効果
TLSの成熟度による免疫細胞組成を測定した。成熟度に伴い免疫細胞数および多様性に富む様子が撮影され、最も成熟したSFL-TLS周囲にはCD138陽性形質細胞が著明に集積していることが確認された。
初回手術時の切除標本でTLS高発現例は後のICI治療効果が良好(Responder)なことが示された(右図)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、腫瘍辺縁に存在するTLSが食道がんにおける予後やがん免疫治療の重要なバイオマーカーとなることが示されました。今後ICI投与前にTLSを誘導するなど、TLSを標的とした治療開発にも貢献できる可能性が期待されます。

特記事項

本研究成果は、英国科学誌「British Journal of Cancer」(オンライン)に、2023年4月4日(日本時間)に公開されました。

【タイトル】 “Density and Maturity of Peritumoral Tertiary Lymphoid Structures in Oesophageal Squamous Cell Carcinoma Predicts Patient Survival and Response to Immune Checkpoint Inhibitors”
【著者名】 Yoshinori Hayashi1,2, Tomoki Makino1※, Eiichi Sato3, Kenji Ohshima4, Yuya Nogi1, Takashi Kanemura5, Keiichiro Honma6, Kotaro Yamashita1, Takuro Saito1, Koji Tanaka1, Kazuyoshi Yamamoto1, Tsuyoshi Takahashi1, Yukinori Kurokawa1, Hiroshi Miyata5, Kiyokazu Nakajima1, Hisashi Wada1,2, Eiichi Morii4, Hidetoshi Eguchi1, Yuichiro Doki1 (※責任著者)
【所 属】 1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 臨床腫瘍免疫学
3. 東京医科大学 病理診断科
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
5. 大阪国際がんセンター 消化器外科
6. 大阪国際がんセンター 病理・細胞診断科
DOI: https://doi.org/10.1038/s41416-023-02235-9

参考URL

用語説明

三次リンパ様構造

tertiary lymphoid structures : TLS。非リンパ組織に形成される、リンパ節などの二次リンパ組織に類似した構造、免疫細胞の集合体。感染部位や関節リウマチなどの自己免疫性疾患、臓器移植の慢性拒絶反応などにおける慢性炎症にともなって後天的に誘導されることが知られている。ある種のがん組織などにおいても出現が確認されている。