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辿りついた“スマート触媒”の開発

~常識に逃げない挑戦が生んだブレークスルー~

基礎工学研究科 准教授 満留敬人

プラスチックや合成繊維、医薬品など私たちの便利で豊かな生活を支えているのが様々な化学製品だ。一方で大量生産・大量消費の結果として、環境に大きな負荷をもたらしてきた側面も見逃せない。こうした反省から、20世紀末になって「グリーンケミストリー(環境に優しい化学)」が提唱されだした。そのカギを握るのが「触媒」である。触媒は、省エネ・高効率、そして廃棄物を出さないものづくりを可能にする。極めて微細な金属粒子を使った画期的な触媒で、高温高圧で大量のエネルギーを消費する反応を、世界で初めて「温和な条件」で実現した大阪大学大学院基礎工学研究科の満留敬人准教授(触媒設計学)に、次世代の触媒技術が秘めた可能性を聞いた。

辿りついた“スマート触媒”の開発

100年来の「夢の反応」を実現

満留准教授が研究するのはナノ(10億分の1)メートル単位の金属粒子を使った触媒だ。地球を10億分の1にしたらおよそ1.27cmのビー玉くらいの大きさになる。それほど小さなナノメートルサイズの金属粒子は普通の金属とは異なる性質を発揮する。これを武器に挑んだテーマが、「温和な条件下で進行するアミドの還元反応」だった。これは米国化学会グリーンケミストリー会議が2005年に次世代の研究ターゲットとして掲げた12の「夢の反応」の一つ。この反応は有機化合物のアミドと水素を反応させ、医薬品や農薬、電子材料などに不可欠なアミンを生成するものだ。この水素化は、アミン以外に水しか排出しないクリーンな反応だ。しかし化学的に極めて安定なアミドを水素化するには水素を数百気圧に加圧し、かつ高温にした過酷な条件が必要だった。約100年前から多くの化学者が「温和な条件」での反応に挑んできたが、誰も成功しなかった。

満留准教授は様々な物質を試した結果、白金とバナジウムがわずかながら触媒活性を示すことに注目し、この2種の金属を複合化した直径約2ナノメートルの超微細粒子をつくった。これをアミド還元の触媒に使うと、同会議がいう「温和な条件」(水素30気圧・70℃以下)下でアミドは全て水素化され、99%収率でアミンが生成した。室温の25℃にしても、つまりエネルギー(熱)を加えなくてもアミンができた。組み合わせをロジウムとモリブデンに変えると、1気圧の水素・室温でアミン収率92%という驚くべき結果が。今までとは全く違う世界が広がった。これらのナノ粒子触媒は固体のため、反応後にろ過して容易に回収でき、繰り返し使っても能力は落ちない。究極のエコ触媒が実現した。常識に逃げ場を求めず、答えのない状況に踏みとどまることで漸くたどりついた成果だった。

“妄想”から生まれたブレークスルー

次に挑んだのはやはり化学工業で重要な、ニトリルを高圧水素で水素化してアミンにする反応だ。従来はラネー触媒と言われる、スポンジ状に細かい穴の空いたニッケルが触媒として広く使われてきたが、ニッケルは安価な半面で錆びやすく、大気中で発火する危険がある。その弱点を克服すべく狙いを定めたのは、錯体触媒のコンセプトを、ナノ粒子触媒に導入する試みだった。

「錯体触媒は、リンや窒素などの化合物が配位子として金属原子を取り囲み、安定化させることで活性が高まります。では金属ナノ粒子の骨格そのものにリンを配位子として組み込めばどうなるか? そう〝妄想〟したのです」と話す。取り組んでいた他の研究を一度すべて止めて、この誰も取り組んでいないテーマに挑んだ。

 試行錯誤の末、コバルトとリンが2対1の比率で並んだ長さ20ナノメートルの六角柱のリン化コバルトナノ結晶をつくり、ニトリル溶液に加えるとこれまで開発された触媒の20~500倍の世界最高活性を示した。リン化コバルトナノ結晶を大気中に置いても、非貴金属のコバルトは、リンに保護されているため、発火したり、錆びて触媒活性を失うことはなかった。常圧の水素でも反応し、繰り返し利用も可能だ。

大気中で安定なリン化金属は、金属の種類やサイズや形状、リンの比率を変えるなど無数の組み合わせがあるため、今後、さらなる新機能が生まれる可能性が高い。安全性・耐久性・高活性を兼ね備えた「スマート(賢い)触媒」として社会実装へ向けて取り組んでいる。

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▲「スマート触媒」の開発により、研究室で従来型のラネー触媒を使うことはなくなったが、満留准教授は学生にあえてデリケートな扱いが必要なラネー触媒での作業を体験させる。「実際に作業してみて、扱いづらいということを実感してもらう。実感せずに“妄想”を思いつくことはできないから。」と満留准教授は言う。

目指すは「持ち運べる化学プラント」

満留准教授の研究室はバランスボールで溢れている。ブレークスルーの秘訣を満留准教授は「常識から自分をずらすこと」だと言う。満留准教授はそれを意識的に行っていて、実はバランスボールもその例のひとつである。バランスボールに邪魔されながら部屋を出る動線を考える、そんな日常の小さなつまづきや違和感から今まで見えていなかったことが見えてきたりする。

「コペルニクスは太陽や地球を発見したわけではない。しかし『地球の方が動いている』と常識を逆転させた瞬間に世界の見え方は変わった。リン化金属ナノ粒子も新物質ではない。けれども、私たちがリンをナノ粒子の配位子とみなした時、リン化金属の解釈が変わり、新触媒になるのです」

安全で温和な条件で駆動する「スマート触媒」の開発を足がかりに、今後は真の意味での化学プラントのグリーン化を目指す。「ものづくりのある過程だけを省エネにするのではなく、製品設計、原料選択、製造方法、使用方法、リサイクルなど製品の全ライフサイクルを通して環境に優しい必要がある」。究極の姿として描くのは人間が持ち運べるモバイルプラント。必要なものを必要なだけ、必要な土地でつくる「地産地消型」の製造ラインだ。

「インターネットでカセット型触媒を購入し、卓上型の装置にカシャっと差し込むと反応が起きて製品ができる。そんな時代がやってくるかも」と化学の未来を見据える。

満留准教授にとって研究とは

独創。他人が考えないことを考え、他人がやらないことをやること。性急に表層の答えを出そうとせず、不確定さ、不思議さの中で、正解のない問題を腑に落ちる迄考え続ける営み。苦しいが何かをつかみかけた時の喜びは計り知れない。

満留敬人(みつどめたかと)
大阪大学大学院基礎工学研究科准教授。
2006年大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻博士課程修了、同年基礎工学研究科特任助手。07年同特任助教、同年10月より助教。16年4月から現職。博士(工学)。専門はナノ材料や触媒の開発。

(本記事の内容は、2021年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです )

(2021年7月取材)