化学工業で重要なカルボニル化合物のアミノ化反応に革新
安全性・耐久性・高活性を兼ね備えるスマート触媒を開発
研究成果のポイント
- カルボニル化合物のアミノ化反応において高活性なリン化コバルトナノロッド触媒の開発に成功。
- 常圧の水素下においてアミノ化反応を促進させる世界で初めての非貴金属触媒を開発。触媒は大気中安定で、繰り返し再使用可能。
- 本研究グループが開発した安定で高活性な非貴金属ナノ合金を作る「P-alloying」という“リン化技術”による新たな成果。
- 医薬品やポリマー原料として重要なアミンを安全かつ低コスト・省エネルギーでつくり出す、高効率かつ環境に優しい次世代型触媒プロセスの開発に期待。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科満留敬人准教授らは、化学工業で重要なカルボニル化合物の還元的アミノ化反応に極めて高い活性を示すナノ触媒(リン化コバルトナノロッド)を開発しました。
既存の触媒は、大気に不安定で失活しやすく、高水素圧(高エネルギー)が必要です。一方、本触媒は大気中安定であり、常圧の水素下という極めて温和な反応条件下で反応が進行します。また、反応後の触媒は繰り返し再使用できることも明らかにしました。
水素化反応は、化学工業において最も重要な反応の一つです。中でも、カルボニル化合物の還元的アミノ化反応は、得られる1級アミンが、医薬品やポリマーの原料などの様々な化学品に必要不可欠な化合物であるため重要です(図1)。化学工業における還元的アミノ化反応では、一般にニッケルとアルミとの合金を作り、そのアルミだけを塩基により溶かすことで、ニッケルをスポンジ状にして高表面積化した、スポンジニッケルが触媒として用いられています。しかしながら、スポンジニッケルは、大気中に不安定ですぐに酸化され失活します。また、その酸化熱による発火の危険性も伴います。そのため、触媒プロセスの全工程を嫌気性雰囲気下で行わなければならず、触媒の取り扱いが難しいという問題を抱えています。また、スポンジニッケルは触媒活性が低いことから、反応を促進させるためには高温・高水素圧が必要です。よって、発火性がなく、取り扱いが容易で、さらにより高活性な触媒の開発が求められていました。
今回、満留敬人准教授らの研究グループは、安価で入手可能な非貴金属であるコバルトにリンを加え合金化したナノサイズのロッド状ナノ合金 (Co2PNR)(図2)を開発し、Co2PNRが大気中において安定で、カルボニル化合物の還元的アミノ化反応に高活性を示すことを見出しました。Co2PNRは従来の非貴金属触媒の中で世界最高の活性を示し、様々なカルボニル化合物を高選択的に1級アミンへと変換できます。また、非貴金属触媒では世界で初めて、常圧(1気圧)の水素下という極めて温和な条件下でカルボニル化合物を1級アミンへと変換できました。さらに、開発した触媒は、固体触媒であるため、反応液からのろ過により容易に分離ができ、繰り返し使用することができます。つまり、安全性・耐久性・高活性を兼ね備えたスマート触媒を開発できました。これにより、より安全かつ省エネルギー・低コストでカルボニル化合物をアミンへと変換する、環境に優しい次世代型触媒プロセスの開発が期待されます。
本研究成果は、米国化学会誌「JACS Au」に、4月8日(木)6時(日本時間)に公開されました。
図1. カルボニル化合物の還元的アミノ化反応
図2. 開発したリン化コバルトナノロッド:(a)電子顕微鏡像と(b-e)元素マッピング像
研究の背景
カルボニル化合物の還元的アミノ化反応から得られるアミンは、医薬品やポリマーなど様々な用途で必要不可欠な化合物です。これまでこの反応では、様々な貴金属及び非貴金属を用いた触媒の開発が精力的に研究されてきました。貴金属は稀少かつ高価な元素であるため、より入手が容易で安価な非貴金属をベースとした触媒が希求されています。しかし、反応に活性を示す非貴金属は、電子が豊富な低酸化状態(0価)であり、この低酸化状態の貴金属は大気中の酸素により容易に酸化され、活性を失います。また、発火性もあり危険なため、触媒の取り扱いが難しいという点があります。さらに、非貴金属触媒は、一般に活性が低いため、反応を促進させるためには高温・高水素圧(高エネルギー)が必要であるなど、多くの問題点が残っています。したがって、より持続可能な社会の実現を目指した次世代の化学反応プロセスの開発には、これらの問題を全て解決するような、安全性が高く、高活性な新規非貴金属触媒の開発が重要な鍵となります。発火性のない、大気中安定な非貴金属ナノ粒子に関する研究では、非貴金属ナノ粒子を窒素を含む炭素膜でコーティングする方法がこれまでに報告されています。しかしながら、この手法では、活性点となる金属表面を炭素で覆ってしまうため、高い触媒活性は発現しません。
満留敬人准教授らの研究グループでは、これまでに、この金属をリン化する手法「P-alloying」が、安定なかつ高活性な非貴金属ナノ合金を作る新たな手法となることを世界に先駆けて報告してきました( https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200610_1)。今回、この手法を用いることで、コバルトとリンとを合金化する方法により低酸化状態にもかかわらず大気中安定な新奇なナノ合金を合成しました。さらに合成したナノ合金がカルボニル化合物からアミンへの還元的アミノ化反応において極めて高い活性を示すことを見出しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、現行の触媒プロセスを代替する、より安全かつ省エネルギー、低コストの還元的アミノ化反応プロセスの開発が期待できます。現在の化学工業で用いられている水素化反応用のニッケルやコバルトなどの安価な非貴金属触媒は、発火性が高く危険で、活性が不十分であるため、高温・高水素圧を必要とします。一方、今回開発したリン化コバルト合金触媒は、発火性がなく安全で、かつ温和な反応条件(常圧水素下)でアミノ化反応を効率よく促進させることができます。また、この“リン化技術”は安定かつ高活性な非貴金属ナノ粒子を作る有用な手法となるため、今後様々な実用反応に応用されると予想されます。
特記事項
本研究成果は、2021年4月8日(木)6時(日本時間)に米国化学会誌「JACS Au」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Single-Crystal Cobalt Phosphide Nano-Rod as A High-Performance Catalyst for Reductive Amination of Carbonyl Compounds”
著者名:Min Sheng, Shu Fujita, Sho Yamaguchi, Jun Yamasaki, Kiyotaka Nakajima, Seiji Yamazoe, Tomoo Mizugaki and Takato Mitsudome
なお、本研究は、科学研究費補助金(基盤研究(B)研究代表者:満留敬人)の支援の下に行われました。
参考URL
満留敬人准教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/d49ce33c10e8c48a.html?k=%E6%BA%80%E7%95%99%E6%95%AC%E4%BA%BA
SDGs目標
用語説明
- リン化コバルトナノロッド
コバルトとリンから構成される、長さ50-100ナノメートル、直径約10ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1(10-9)メートル)のロッド状ナノ合金を合成することに成功しました。このナノロッドが、カルボニル化合物の還元的アミノ化反応を非常に効率よく促進させます。
- 固体触媒
化学反応を進行させる触媒は、溶液に溶け込む均一系触媒と溶け込まない不均一系触媒(= 固体触媒)に大別できます。固体触媒は、粉末であるため反応溶液からろ過により簡単に取り除くことができる他、再使用ができるなどの多くの実用的な利点があります。