\ついに実現!/ “鉄”から高活性・高耐久性触媒を開発

\ついに実現!/ “鉄”から高活性・高耐久性触媒を開発

稀少金属を用いない次世代型触媒反応プロセスの開発に期待

2023-9-28工学系
基礎工学研究科准教授満留敬人

研究成果のポイント

  • 鉄を使った高活性・高耐久性の液相水素化用触媒の開発に世界で初めて成功。
  • 鉄は、地殻中に豊富に存在し、安価で低毒性であることから触媒として魅力的だが、高活性な鉄触媒の開発は著しく遅れていた。
  • 鉄とリンで構成されるリン化鉄ナノ粒子(Fe2P NC)が、200℃以下の低温領域で、化学工業において重要なニトリルの水素化反応に高活性・耐久性を示す触媒として機能することを発見。
  • Fe2P NCを酸化チタン(TiO2)と複合化して作製した触媒を用いたニトリルの水素化により、ポリマー原料や医薬中間体として重要な様々なアミン類の選択的な合成に成功。反応後の触媒は繰り返し再使用可能。
  • 枯渇や毒性による使用制限が懸念される稀少金属を用いない持続可能な化学反応プロセスの構築に期待。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科 満留敬人 准教授らの研究グループは、自然界に豊富に存在する、安価で低毒性の鉄を用いて高機能性触媒の開発に成功しました。開発した鉄触媒は工業的に重要なニトリルからアミンへの液相水素化反応において高い触媒活性を示し、反応後の触媒は繰り返し再使用できます。液相水素化反応において、高活性と耐久性を兼ね備える鉄触媒の開発は世界で初めての例です。

本研究成果は、2023年9月28日18:00(日本時間)に英国学術誌「Nature Communications」誌のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

鉄は遷移金属の中で地殻中に最も多く存在する金属です。さらに、鉄は他の金属に比べ、極めて安価で低毒性であることから触媒材料としてとても魅力的です。しかし、化学工業で重要な水素化反応において、鉄は200℃以下の温和な液相反応条件下では、他の金属に比べ著しく活性が低いことが一般的に知られていました。また、従来の鉄触媒は、微量の酸素存在下でも容易に酸化され失活してしまいます。そのため、触媒の取り扱いや改良が難しく、鉄系固体触媒の開発の進歩は著しく遅れています。そのため、大気中安定で取り扱いやすく、温和な液相反応条件下でも高活性を示す非在来型の鉄触媒を開発することができれば、鉄触媒の汎用性が飛躍的に拡張すると期待されていました。

研究の内容

今回、研究グループは、鉄とリンで構成されるリン化鉄をナノ化したリン化鉄ナノ粒子(Fe2P NC)を独自技術で合成し、Fe2P NCが工業的に重要なニトリルの水素化反応において高活性を示す固体触媒となることを見出しました(図1)。

従来のリン化していない鉄ナノ粒子触媒(Fe NP/TiO2)は、本反応にほとんど活性を示さない一方で、Fe2P NCは活性を示します。また、Fe2P NCは従来の鉄触媒とは異なり、大気に安定で取り扱い易く、触媒の改良が容易です。この特徴を活かし、Fe2P NCをTiO2と複合化すると、Fe2P NCの水素化能が著しく向上することがわかりました(図2(a))。得られたFe2P NC/TiO2触媒は温和な条件において、様々な種類のニトリルを水素化し、高選択的に1級アミンへと変換することができます(図2(b))。また、反応後の触媒は遠心分離で反応溶液から簡便に分離でき、さらに高活性を維持したまま再使用することができました。

20230928_1_1.png

図1. (a) 開発したリン化鉄ナノ粒子(Fe2P NC). (b) Fe2P NCの電子顕微鏡像: Fe2P NCは縦26 nm×横9 nmの六角柱のナノロッド構造を有する.

20230928_1_2.png

図2. (a) 従来の鉄触媒(Fe NP/TiO2)と今回開発したリン化鉄触媒(Fe2P NC)のニトリルの水素化反応における活性比較. (b) Fe2P NC/TiO2を用いた様々なニトリルの水素化反応による1級アミンの合成.

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、現在多くの触媒反応プロセスで使用され、枯渇が懸念されている稀少金属を自然界に豊富に存在する、安価な鉄に代替できる可能性を示唆しています。本技術は、他の金属に比べ、毒性の低い鉄を触媒として活用するため、反応後に残る毒性の金属不純物が大きな問題となるファインケミカルズ合成化学分野にも大きく貢献できると思われます。また、開発した鉄触媒は、高い水素化能を有しているため、カーボンニュートラルを指向したバイオマス変換やポリマー分解反応への応用も期待できます。本研究によって、非酸化物系鉄ナノ化合物が従来の鉄系固体触媒とは全く異なる新たな触媒物質群となることが明らかになりました。今後、非酸化物系鉄ナノ化合物が未踏の物質探索領域であることが認知され、様々な機能創出に繋がっていくと思われます。

特記事項

本研究成果は、2023年9月28日18:00(日本時間)に英国学術誌「Nature Communications」誌のオンライン版に掲載されました。

タイトル:“Iron phosphide nanocrystals as an air-stable heterogeneous catalyst for liquid-phase nitrile hydrogenation”
著者名:Tomohiro Tsuda, Min Sheng, Hiroya Ishikawa, Seiji Yamazoe, Jun Yamasaki, Motoaki Hirayama, Sho Yamaguchi, Tomoo Mizugaki, Takato Mitsudome*

なお、本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「未来材料」(研究総括:陰山 洋)JPMJPR21Q9、CREST「分解と安定化」(研究総括:高原 淳)JPMJCR21L5、及び科学研究費補助金(基盤研究(B))などの支援の元に行われました。

参考URL

大阪大学大学院 基礎工学研究科 化学工学領域 触媒設計グループ(水垣研究室)
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/Mizugaki/home.html

参考記事

〇プレスリリース

・高い耐硫黄性を示す新規水素化触媒の開発に成功(2023.4.17)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230417_1

・貴金属触媒の硫黄耐性の大幅向上に成功(2022.1.12)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220112_1

・化学工業で重要なカルボニル化合物のアミノ化反応に革新(2021.4.9)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210409_3

・食品添加物、化粧品原料等に使われるソルビトールをより安全・省エネ・低コストで生産可能に(2021.2.4)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210204_1

・発火性がなく、高活性!化学工業で重要な水素化反応に革新(2020.6.10)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200610_1

〇特集記事

「辿りついた“スマート触媒”の開発」(大阪大学NewsLetter 85号)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/story/2021/nl85_research02

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

ナノ化

一般に、100ナノメートル(nm)以下の物質をナノマテリアルと呼ぶ。 1ナノメートルは、1メートルの10億分の1という長さを示す単位。物質をナノの領域まで小さくする(=ナノ化)と通常とは異なる機能が発現することが知られている。

ニトリルの水素化反応

ニトリルの水素化反応は、1級アミンを合成する化学工業において重要な反応のひとつ。1級アミンは、医薬品中間体やポリマーの原料などの様々な化学品に必要不可欠な化合物である。

固体触媒

化学反応を進行させる触媒は、溶液に溶け込む均一系触媒と溶け込まない不均一系触媒(=固体触媒)に大別される。固体触媒は、粉末であるため反応後に反応溶液からろ過や遠心分離により簡単に分離することができる他、再使用ができるなどの多くの実用的な利点がある。