高性能スピントロニクス界面マルチフェロイク構造の 信頼性を飛躍的に向上

高性能スピントロニクス界面マルチフェロイク構造の 信頼性を飛躍的に向上

次世代低消費電力メモリへの応用に向けて前進

2024-12-27自然科学系
基礎工学研究科教授浜屋宏平

研究成果のポイント

  • 次世代のスピントロニクスデバイスで使用される電圧情報書き込み技術(界面マルチフェロイク構造)に関して、スピントロニクス強磁性体(磁石)圧電体の接合構造に金属バナジウム(V) 界面原子層を追加した新しい構造を開発。
  • 高性能(世界最高性能)でバラツキの小さな磁気電気結合効果を実現。
  • 次世代低消費電力メモリとなりうるME-MRAMなどの基本技術として期待される「電圧情報書き込み技術」の可能性を提示。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の宇佐見喬政助教(研究当時・現:先導的学際研究機構 スピン学際研究部門 講師)、真田祐彌さん (同研究科修了生・研究当時:大学院博士前期課程)、浜屋宏平教授、大学院工学研究科の白土優准教授らの共同研究グループは、次世代のスピントロニクスデバイスにおける電圧情報書き込み技術として応用が期待される界面マルチフェロイク構造[図1(a)]において、強磁性体(磁石)と圧電体の界面に金属バナジウム(V)原子層を新たに設けることで、同グループがこれまで報告していた界面マルチフェロイク構造の性能指標(磁気電気結合係数)を向上させるとともに[図1(b)]、不揮発メモリ状態の信頼性(安定動作)を飛躍的に向上する指針を確立しました。

次世代の半導体不揮発メモリとして注目されているSTT-MRAMなどのスピントロニクスメモリデバイスは、情報書き込み時に電流を使用するため、書き込み時のエネルギー消費の低減が今後の課題となります。そこで、省電力な書き込み方法として、界面マルチフェロイク構造を利用したME-MRAMが注目されています。この構造では、圧電体の歪みによって磁化の方向を制御することが可能です。

本研究では、高い性能指数を実証してきたスピントロニクス界面マルチフェロイク構造に対して、新たに強磁性体層と圧電体層の界面に金属バナジウム(V)原子層を設けることで、上記の特性を左右する磁気異方性を自在に制御できることを見い出しました。これにより、同グループが報告してきた性能指数をさらに上回る値を実証するとともに[図1(b)]、不揮発メモリスイッチングを高い信頼性(安定動作)で実現するための指針が確立されたと言えます。これは、次世代のME-MRAMのような電圧情報書き込み半導体不揮発メモリ技術の候補となる構造の実証と言えます。

本研究成果に関する情報は、Wiley発行の「Advanced Science」(オンライン:2024年12月25日)に掲載されました。

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図1. (a)今回開発された界面マルチフェロイク構造の概略図。(b) スピントロニクス界面マルチフェロイク構造の開発(性能指数:磁気電気結合係数)の現状。

研究の背景

磁石の磁化の向き(N極 とS極)を情報の「1」と「0」に対応させる磁気メモリでは、情報を不揮発に記録することができるため、ハードディスクドライブ(HDD)などの大容量ストレージとして利用されています。この磁石の不揮発メモリ機能を電子デバイスに応用した「スピントロニクスデバイス」の代表例であるMRAMは、国内外の研究機関をはじめ、世界中の半導体メーカーにおいて盛んに研究開発が進んでいます。STT-MRAMは磁気トンネル接合素子と呼ばれる磁気メモリを利用しており、情報書き込み時に磁石の磁化方向をスイッチするために、素子に電流を印加することが求められています。そのため、情報書き込み時に生じるジュール発熱によるエネルギー損失が存在し、今後は書き込み時の消費電力抑制が重要となります。そこで近年、低消費電力書き込み方式として、電圧印加方式の技術を用いたME-MRAMの開発も同時に進められています。ME-MRAMの技術としては、図1(a)に示すような強磁性体(磁石)と圧電体の2層から構成される界面マルチフェロイク構造を利用して、圧電歪みを強磁性体に伝播させる方式が注目されています。この界面マルチフェロイク構造は、材料の組み合わせが豊富であり、室温を含む幅広い温度での動作が可能となるため、他の手法に比べてデバイス応用上の様々な利点を有しています。

本共同研究グループでは、この界面マルチフェロイク構造に着目し、2022年にスピントロニクスデバイス用の磁石として重要な指標である「高スピン偏極率」を有することが知られるCo系ホイスラー合金磁石の一種のCo2FeSiに着目し、界面マルチフェロイク構造を作製しました。その結果、高い性能指標(磁気電気結合係数)と電圧印加による不揮発メモリスイッチング動作の実証に成功していました[阪大プレスリリース(2022/05/20)]。

前述の高性能と不揮発スイッチングの同時実証は、MRAMをはじめとする全てのスピントロニクスメモリデバイスにこの界面マルチフェロイク構造を適用する上で重要な要件となります。この時にポイントとなるのが、圧電体上の強磁性体層における磁気異方性を自在に制御することです。しかしながら、本研究グループがこれまで実証してきたCo2FeSi/Fe/PMN-PT界面マルチフェロイク構造では、強磁性体層と圧電体層の界面において、原子配列が不規則で結晶構造を取らない「アモルファス層」が形成されていました[図2(左)]。このアモルファス層は、上部Co2FeSi強磁性層の結晶配向性を低減させており、高信頼性の材料開発を阻んでいました。

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図2. 強磁性Co2FeSi層/原子層/圧電体層界面の電子顕微鏡像。界面原子層にFeを利用した左図の構造(先行研究)に比べて、Vを利用した場合(本研究)は、明瞭な界面が実現しており、上部の強磁性Co2FeSi層の配向性が向上している。

研究の内容

本研究では、新たに強磁性体Co2FeSi層と圧電体PMN-PT層の界面に、新たに金属バナジウム(V)原子層を設ける技術を開発し、明瞭な結晶性の界面構造を実現することで[図2(右)]、高い配向性を有する強磁性体Co2FeSi層を実現することに成功しました。これにより、上記の特性を左右する磁気異方性制御の鍵である元素(Fe)の軌道磁気モーメントの寄与[阪大プレスリリース(2024/01/11)]を自在に制御できることを見出しました。結果として、同グループが報告してきた性能指数をさらに上回る値を実現するとともに[図1(b)]、スピントロニクス材料としての最高値を記録しました。これにより、Co2FeSi/V/PMN-PT積層構造が効率的に電界で磁性を制御することが可能な構造であることを実証するとともに、次世代のME-MRAMのような電圧情報書き込み半導体メモリ技術の候補となる不揮発メモリスイッチングの高信頼性(安定)動作も実証することに成功しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

磁石を用いた不揮発メモリ素子として期待されるSTT-MRAMを含む全てのスピントロニクスデバイスでは、磁化方向を制御することが情報の書き込みに相当します。STT-MRAMに用いられる現行の電流印加方式は、約0.1 pJ(ピコジュール)/bitの書き込み電力を必要としますが、電圧印加方式ではそれよりも3桁低い、約0.1 fJ(フェムトジュール)/bitという超低消費電力で書き込むことができると期待されています。今回開発された技術は、ME-MRAMのような次世代スピントロニクスデバイスの「低消費電力情報書き込み技術」の可能性を提示するものであり、界面マルチフェロイク材料を用いた新しいタイプの半導体不揮発ロジックデバイスへの可能性も期待させるものです。今後は、高集積・低消費電力半導体スピントロニクスデバイスとの融合などを視野に研究を進めていく予定です。

特記事項

本研究成果に関する情報は、Wiley発行の「Advanced Science」(オンライン:2024年12月25日)に掲載されました。

タイトル:Artificial control of giant converse magnetoelectric effect in spintronic multiferroic heterostructure
著者名:Takamasa Usami, Yuya Sanada, Shumpei Fujii, Shinya Yamada, Yu Shiratsuchi, Ryoichi Nakatani, and Kohei Hamaya
DOI : 10.1002/advs.202413566
雑誌 : Advanced Science

本研究は、以下の事業の支援を受けて行われました。
・科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST [グラント番号 JPMJCR18J1]
研究領域
「実験と理論・計算・データ科学を融合した材料開発の革新」
(研究総括:細野秀雄 東京工業大学 栄誉教授/元素戦略研究センター長)
研究課題「界面マルチフェロイク材料の創製」
(研究代表者:谷山智康 名古屋大学大学院理学研究科 教授)

参考URL

宇佐見 喬政 講師 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/dbc046b0b3a0a62d.html

浜屋 宏平 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0dd095b8b5e7f0cc.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

スピントロニクスデバイス

電子の電気的な性質(電荷)を利用するエレクトロニクスデバイスに、電子の磁気的な性質(スピン)も活用することで、低消費電力デバイスの開発を目指す研究分野をスピントロニクスと呼び、スピントロニクス技術を利用した新機能デバイスをスピントロニクスデバイスと呼ぶ。

界面マルチフェロイク構造

強磁性体と圧電体または強誘電体(圧電体の中でも、自発的に分極が生じ、その自発分極が電圧により反転可能な物質)の2層構造で構成され、磁性状態を電圧で制御することができる。

強磁性体(磁石)

物質中の原子の磁気モーメントが同一の方向に揃って整列した状態を強磁性状態と呼び、そのような状態が実現する物質が強磁性体である。磁石のこと。

圧電体

外場を加えた時に物質を構成する原子やイオンの相対位置が変化し、表面にプラスとマイナスの電荷(分極)が生じる現象を圧電効果と呼ぶ。一方、電圧印加により物質の形状を変化させることを逆圧電効果と呼ぶ。圧電体とは、これらの現象が顕著に現れる物質である。機械的変化と電気的変化を互いに変換できるため、振動センサー、圧力センサー、アクチュエータなどに用いられている。

ME-MRAM

磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(MRAM)の一種。MRAMは、電源をOFFにしても情報が保持される不揮発メモリである。高速動作、高書き込み耐性などを有することから、次世代のランダムアクセスメモリとして期待されている。MRAMの中で、情報書き込みを電圧によって行うタイプをME-MRAMとよぶ。後述のSTT-MRAMが素子に電流を通電して情報書き込みを行うのに対して、ME-MRAMでは界面マルチフェロイク構造を利用して、電圧による情報書き込み動作を行う。これにより、書き込み動作時に生じる電力消費を著しく低減可能になると期待されている。

磁気電気結合係数

界面マルチフェロイク材料の性能指標として用いられる値であり、印加した電界(E)に対して変調された磁化(M)の値を用いて、μ0(dM/dE)で表される。ここで、μ0は真空の透磁率である。この値が大きいほど、効率的に電界で磁性を制御可能な材料であることを意味する。

STT-MRAM

MRAMの一種。特にスピントランスファートルク(STT)現象を利用して電流により磁化反転を誘起し、情報書き込みを行うMRAMをSTT-MRAMと呼ぶ。

ハードディスクドライブ(HDD)

強磁性体を記録媒体とし、磁気ヘッドを移動させることで情報を読み書きする大容量磁気メモリデバイスのこと。HDDは大容量・安価・不揮発という長所を有しており、データセンターにおいてメインストレージデバイスとして使用されている。

磁気トンネル接合素子

強磁性層/絶縁層/強磁性層の三層で構成される構造を磁気トンネル接合と呼ぶ。このような構造においては、二つの磁性層の磁化配置が平行か反平行かによって、素子の電気抵抗が大きく変化する「トンネル磁気抵抗効果」が発現する。この効果は、HDDの読み取りヘッドやMRAMの記録セルなどに使用されている。

電圧印加方式

電圧を印加することにより、磁化の向きを変調する手法のこと。この方式は、通電に伴うジュール損失が生じないため、エネルギー消費の少ない新しい磁化制御技術として期待されている。歪み効果を積極的に活用する界面マルチフェロイク構造の他に、超薄膜金属強磁性体/誘電体界面に電圧を印加して界面磁気異方性(磁化を特定の方向に向かせる性質)を変調することで、磁化の向きを制御するアプローチも研究されている。

スピン偏極率

物質の電気伝導に寄与する電子のスピンは、上向きと下向きの二種類の状態を取る。スピン偏極率は、この上向きスピン数と下向きスピン数の差で定義され、スピン偏極率が1となる材料はハーフメタルと呼ばれる。スピントロニクスデバイスの高性能動作に重要な指標である。

ホイスラー合金磁石

構成原子が規則正しく配列した規則合金磁石の一種であり、ドイツのホイスラーによって発見された。その構成元素や規則性に依存して様々な特性を示す物質が発見されている。特に、Co2FeSiなどのCo系ホイスラー合金磁石では完全にスピン偏極したハーフメタル状態が理論的に予想されており、高性能なスピントロニクス材料として注目を集めている。