窒化ガリウム(GaN)への 世界最高効率・低消費電力スピン注入を室温で実証

窒化ガリウム(GaN)への 世界最高効率・低消費電力スピン注入を室温で実証

バッテリー駆動する次世代スピン発光デバイス技術への道を切り拓く成果

2023-5-9工学系
基礎工学研究科准教授山田晋也

研究成果のポイント

  • 日本発の高性能半導体材料として注目されている窒化ガリウム(GaN)からなるスピントロニクスデバイスの実現に向けた室温で従来比3~4倍の高効率なスピン注入技術の開発
  • GaN上に結晶構造が大きく異なる高性能スピントロニクス材料(ホイスラー合金磁石)をエピタキシャル成長し、従来よりも低接合抵抗のスピン注入電極構造を開発
  • バッテリーレベルの低電圧で駆動する小型・低消費電力の次世代スピン発光デバイス実現への道を切り拓く成果

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の山田晋也准教授(当時 助教)、加藤昌稔氏(当時 大学院基礎工学研究科博士前期課程)、浜屋宏平教授、同大学大学院工学研究科の市川修平助教、藤原康文教授らの共同研究グループは、日本発の高性能半導体材料として注目されている窒化ガリウム(GaN)上に高性能スピントロニクス材料(ホイスラー合金磁石)を作製することに成功し、高性能磁石/GaNからなる低接合抵抗電極構造を用いた室温・高効率スピン注入技術を開発しました。

GaNは、光エレクトロニクスやパワーエレクトロニクスなど、多くの分野での応用が期待される高性能半導体材料ですが、電子のスピン自由度を積極的に活用するスピントロニクス分野においても期待され始めています。特に、半導体スピントロニクスデバイスとして期待されているスピン発光デバイス用の半導体材料として魅力的な材料です。しかし、これまでの研究のほとんどは、強磁性体からGaNへのスピン注入の際に、「強磁性体/絶縁体トンネルバリア/GaN」という絶縁体トンネルバリア層を用いた高抵抗の電極構造を用いることが一般的であり、デバイス動作に大電圧が必要であるばかりでなく、素子性能に直接関わるスピン注入効率もそれほど高くないという応用上の課題がありました。

研究の内容

今回の研究では、GaNへの低消費電力・高効率なスピン注入を実現するため、スピン注入源材料としてホイスラー合金磁石とGaNのショットキートンネル直接接合を利用しました。ホイスラー合金磁石は、高性能スピントロニクス材料として知られており、砒化ガリウム(GaAs)やゲルマニウム(Ge)などの半導体材料への高性能なスピン注入源材料として利用されています。しかし、ホイスラー合金磁石とGaNは結晶構造が大きく異なり、表面の原子配列も整合していないため、GaN上にホイスラー合金磁石を高品質に作製する(エピタキシャル成長する)ことは極めて困難でした。

本共同研究グループは、ホイスラー合金磁石とGaNの接合界面にコバルト(Co)を数原子層(約0.4 nm)挿入することで、GaN上にホイスラー合金磁石をエピタキシャル成長し(図1)、ショットキートンネル直接接合を実現することに成功しました。また、そのショットキートンネル直接接合電極構造を用いたテストデバイス構造を作製し、室温でスピン注入信号を観測することに成功しました(図2)。

今回の研究では、高性能磁石とGaNの間に絶縁体トンネルバリア層を用いていないスピン注入電極構造であるため、従来よりも3桁以上低い接合抵抗値を実現し、低消費電力でのスピン注入を実現しています。また、スピン注入源として高性能ホイスラー合金磁石を利用することで、従来よりも3~4倍以上高いスピン注入効率を実現しています。つまり、今回の研究成果は、GaNへの「低消費電力かつ高効率」なスピン注入技術の実証であり、今後、電池レベルの低電圧で駆動するスピン発光デバイスの開発につながることが期待されます。

本研究成果の関連情報は、国際学術誌「Advanced Electronic Materials」(オンライン: 5月9日)に掲載されました。

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図1. (左) 高性能磁石(ホイスラー合金磁石)と高性能半導体(GaN)の結晶構造.(右) 高性能磁石/GaN接合の電子顕微鏡写真.

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図2. スピン注入現象を検証するためのテストデバイスとして作製したGaN横型スピントロニクス素子(左)と室温スピン伝導信号の例(右).

研究の背景と研究成果

GaNは、青色発光ダイオード、レーザーダイオードなどの発光デバイスや、パワーデバイスなどの電子デバイスの半導体材料としての研究開発が盛んに進められていますが、電子のスピン自由度を積極的に活用するスピントロニクス分野においても期待され始めています。特に、室温でのスピン緩和時間が長いと考えられていることから、室温で動作するスピン発光デバイス用の半導体材料として魅力的な材料とされており、半導体技術とスピントロニクス技術の融合を目指した研究が国内外で盛んに進められています。2017年に電流注入方式のGaN系スピンレーザーの室温実証が報告されていますが、絶縁体トンネルバリア層を用いた高抵抗のスピン注入電極構造を用いているため、レーザー発振のために大電圧を印加する必要があるという課題がありました。また、スピン注入源として用いた磁石のスピントロニクス材料としての性能が低いため、半導体へのスピン偏極状態の生成効率も低いという課題がありました。

本共同研究グループでは、これらの課題を解決するために、従来から検討されてきた磁石/絶縁体トンネルバリア/GaNという高抵抗電極構造を用いた電気的スピン注入技術ではなく、高性能ホイスラー合金磁石/GaN直接接合が実現する低抵抗電極構造を用いた低消費電力・高効率スピン注入技術を開発しました。ホイスラー合金磁石は、高性能スピントロニクス材料として知られており、GaAsやGeなどの半導体材料への高性能なスピン注入源材料として利用されてきました。しかし、体心立方構造のホイスラー合金磁石とウルツ鉱型結晶構造のGaNは、結晶構造が大きく異なり、表面の原子配列も整合していないため(図1)、GaN上にホイスラー合金磁石を高品質に作製する(エピタキシャル成長する)ことは極めて困難でした。

本研究では、ホイスラー合金磁石とGaNの接合界面に六方最密充填結晶構造のコバルト(Co)を数原子層(約0.4 nm)挿入することで、GaN上にホイスラー合金磁石をエピタキシャル成長し(図1)、ショットキートンネル直接接合を実現することに成功しました。また、独自に開発した微細加工プロセスを用いて、ショットキートンネル直接接合電極構造を用いたテストデバイス構造を作製し、室温でスピン注入信号を観測することに成功しました(図2)。今回の研究では、高性能磁石とGaNの間に絶縁体トンネルバリア層を用いていないスピン注入電極構造であるため、従来よりも3桁以上低い接合抵抗値を実現し、低消費電力でのスピン注入を実現しています。また、スピン注入源として高性能ホイスラー合金磁石を利用することで、従来よりも3~4倍以上高いスピン注入効率を実現しています。つまり、今回の研究成果は、GaNへの「低消費電力かつ高効率」なスピン注入技術の実証であり、今後、電池レベルの低電圧で駆動するスピン発光デバイスの開発につながることが期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

スピン発光デバイスの代表例であるスピンレーザーは、光通信技術における大容量暗号通信用の低消費電力量子光源への応用などが期待されています。今後、本研究成果をもとに、室温でのスピン注入効率をさらに増大させ、低消費電力かつ高効率なスピン注入電極構造をレーザーデバイス構造に適応して研究開発を進めることで、室温・低電圧で電流注入により駆動する小型のGaN系スピンレーザーの実現につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果に関する情報は、国際科学誌「Advanced Electronic Materials」(オンライン: 5月9日)に掲載されました。

タイトル:“Half-metallic Heusler alloy/GaN heterostructure for semiconductor spintronics devices”
著者名:Shinya Yamada, Masatoshi Kato, Shuhei Ichikawa, Michihiro Yamada, Takahiro Naito, Yasufumi Fujiwara, and Kohei Hamaya
DOI:https://doi.org/10.1002/aelm.202300045

なお、本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S)(No. 19H05616)、特別推進研究 (No. 18H05212)、文部科学省 スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点(大阪大学大学院基礎工学研究科スピントロニクス学術連携研究教育センター、大阪大学先導的学際研究機構スピン学際研究部門)の補助を受けて行われました。

参考URL

大阪大学 大学院基礎工学研究科 附属スピントロニクス学術連携教育センター 浜屋研究室
http://www.semi.ee.es.osaka-u.ac.jp/hamayalab/

山田晋也准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/64485a288afe36be.html

浜屋宏平教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0dd095b8b5e7f0cc.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

窒化ガリウム(GaN)

ガリウムと窒素から成る化合物半導体。青色発光ダイオード(LED)、レーザーダイオードなどの半導体発光デバイスや、半導体パワーデバイスなどの電子デバイスの半導体材料として用いられている。2014年のノーベル物理学賞に、青色LEDを開発した3人の日本人研究者(赤﨑勇教授、天野浩教授、中村修二教授)が選ばれている。

スピントロニクス

電子の電荷とスピン(角運動量)の両方の自由度を積極的に利用することにより、新機能デバイスの開発を目指している研究分野のこと。

ホイスラー合金

ホイスラー合金は構成原子が規則正しく配列した規則合金であり、その構成元素や規則性に依存して様々な特性を示す。特に、強磁性ホイスラー合金では完全にスピン偏極した状態の材料が理論的に予想されており、高性能なスピントロニクス材料として注目を集めている。

エピタキシャル成長

薄膜結晶成長技術のひとつで、単結晶基板上に結晶方位が揃った薄膜を結晶成長させる技術。一般に、基板結晶と格子定数が近く、原子配列が同じである場合、非常に良質な薄膜が得られる。

スピン発光デバイス

スピンLEDは、片方の電極を強磁性層とし、半導体量子井戸を発光層とするLEDのこと。強磁性電極を用いてスピン角運動量の揃った電子を注入、再結合させることによって、円偏光(振幅の方向が時間の経過で円を描く光)を得ることができる。レーザー発振させることができれば、コヒーレントな(位相のそろった)円偏光を得ることができる。

絶縁体トンネルバリア層

強磁性金属から半導体に電流を注入すると、半導体にスピン偏極状態が生成されるが、金属と半導体では電気伝導度が大きく異なるため、電気伝導度の高い強磁性金属にスピンが吸収されてしまい、半導体へのスピン注入は実現しない。強磁性金属と半導体の間に膜厚が非常に薄い絶縁体(絶縁体トンネルバリア層)を挿入し、スピン吸収現象を抑制することで、半導体へのスピン注入が実現するが、高抵抗電極構造となってしまうため、低消費電力動作の妨げとなっている。

スピン注入効率

強磁性金属から半導体にスピン偏極した電流を注入して、半導体にスピン偏極状態がどれくらい生成されるかを表す指標。半導体スピントロニクスデバイスを設計する上で重要な性能指標である。

ショットキートンネル直接接合

金属と半導体を接触させると、金属と半導体の組合せによって2種類の電流電圧特性(整流性を示すショットキー特性、線形性を示すオーミック特性)が生じる。整流性を示す金属/半導体接合においては、その界面にショットキー障壁と呼ばれるポテンシャル障壁が形成されるが、半導体の不純物濃度を増加させ、ショットキー障壁の厚みを非常に薄くすると、ショットキー障壁をトンネルする電流が流れるようになる。そのような電流電圧特性を示す金属/半導体接合のこと。

スピン緩和時間

電子のスピンの情報(磁石の性質)を保持する時間のこと。固体中では、母体材料、外部温度、不純物量などにより変化する時間であり、スピントロニクスデバイスへの応用を考慮すると長い方が良い。半導体スピントロニクスデバイスを設計する上で重要な物性値である。

スピン偏極状態

電子のスピンには上向きと下向きの2種類の状態があり、それが偏っている状態のこと。