制御効率は従来材料の50倍! 磁化を持たない反強磁性体のスピンを電圧で制御!

制御効率は従来材料の50倍! 磁化を持たない反強磁性体のスピンを電圧で制御!

低消費電力・テラヘルツ駆動デバイスへ道

2024-4-5自然科学系
工学研究科准教授白土 優

お読みいただく前に

これまでスピントロニクスに利用されてきた磁性(スピン)材料は、マクロな磁化(N極-S極)を持つ強磁性体(磁石)でした。一方、磁性材料の中には、原子レベルでは磁性を持つがマクロな磁化は生じない反強磁性体と呼ばれる材料があります。従来の考え方では、反強磁性体は磁化を持たないため、利用価値に乏しい材料と考えられてきましたが、もし反強磁性体のスピンを利用できれば、強磁性体を用いたデバイスと比較して、動作速度が2~3桁高いテラヘルツ領域での駆動が可能とされています。今回、研究グループは、この反強磁性体において、スピンの向きを電圧で制御することに成功しました。

研究成果のポイント

  • 反強磁性体であるクロム酸化物(Cr2O3において発現する電気磁気効果を用いて、磁性の起源であるスピンを電圧で制御することに成功
  • 電圧(電界)によるスピンの向き(ミクロなN極-S極の向き)の制御効率を、従来材料の50倍以上増大させることに成功
  • 低消費電力かつ超高効率にスピン制御が可能で、電圧で動作できるナノスピン材料の開発指針を提示

概要

大阪大学大学院工学研究科の白土 優 准教授、同大学院生 氏本 翔さん(博士前期課程 研究当時)、鮫島 寛生さん(博士前期課程)、名古屋大学大学院工学研究科の森山 貴広 教授、三重大学大学院工学研究科の中村 浩次 教授、関西学院大学工学部の鈴木 基寛 教授、高輝度光科学研究センターの河村 直己 主幹研究員らの共同研究グループは、反強磁性体であるクロム酸化物(Cr2O3)薄膜に対して、低消費電力・高速駆動が可能な電圧によるスピン制御技術を開発しました。また、その制御効率を従来材料である強磁性体の50倍以上に高効率化することに成功しました。

強磁性体(磁石)は、磁化(マクロなN極-S極)をもつ材料であり、現在の磁性デバイスや磁性材料の主役です。反強磁性体は磁性材料の一種ですが、強磁性体(磁石)のように磁化(マクロなN極-S極)が発生しないため磁場による磁性制御や磁気情報記録が難しく、これまでは利用価値に乏しい磁性材料とされてきました。一方で、反強磁性体材料には、次世代高速通信(Beyond 5G(6G))での利用が期待されるテラヘルツ(テラは1012)の周波数領域で効率的な動作が可能であるという、強磁性体にはない利点があります。そのため、反強磁性体の磁性をどのように制御するかが重要な課題となっています。今回、研究グループは、反強磁性体であるクロム酸化物(Cr2O3)薄膜(図1(a))を用いることで、電圧によって反強磁性体のスピン(磁化の起源となるミクロなN極-S極の対)の向きを制御することに成功しました(図1(b))。また、印加する電圧や磁場の強さによってスピン反転条件を高効率に変調できることを明らかにし、変調効率(単位電界あたり)が従来の強磁性体の50倍以上の高効率であることを明らかにしました(図1(c))。

近年、IoT技術の発達による情報通信の高速化が予測され、また、AI技術の進展により情報処理デバイスの高速・低消費電力化が必要とされています。本成果は、不揮発メモリ素子として期待される磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)を含む様々なスピントロニクス素子における、低消費電力かつ高速なスピン方向制御技術のための「ナノスピン材料」に関する基礎物理学の理解を進展させるとともに、テラヘルツ領域で駆動可能な低消費電力スピンデバイスの実現に道を拓くものです。

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図1. (a) 本研究で用いたクロム酸化物を含むデバイスの模式図.電圧を加えると,上向き・下向きのスピンの大きさが変わる.(b) 固定磁場状態で電圧のみを変化させて、スピン反転によりシグナル(ホール電圧)が変化する様子.(c) 印加する電圧に応じたスピン反転磁場の変調.

研究の背景と研究成果

これまでのエレクトロニクスは、電子のもつ電荷を利用して発展してきました。電子は、電荷の他に磁性(磁石)の起源となる回転運動(角運動量)に基づくスピンという性質を持ちます。スピントロニクスは、電荷とスピンの両方を利用する学術分野であり、例えば、スピントロニクスを利用したメモリデバイスは、高速性・耐久性・高密度・低消費電力性(不揮発性:電源を切っても,情報が失われない)を兼ね備えたデバイスとなります。スピントロニクスデバイスでは、スピンが担う磁化の向き(N極-S極の向き)を情報の「1」と「0」に対応付けて、情報を不揮発に記録しています。このため、これまでスピントロニクスに利用されてきた磁性(スピン)材料は、マクロな磁化を持つ強磁性体(磁石)でした。一方、磁性材料の中には、原子レベルではスピンを持つがマクロな磁化は生じない反強磁性体と呼ばれる材料があります。従来の考え方では、反強磁性体は磁化を持たないため、利用価値に乏しい材料と考えられてきましたが、もし反強磁性体のスピンを利用できれば、強磁性体を用いたデバイスと比較して、動作速度が2~3桁高いテラヘルツ領域での駆動が可能とされています。そこで、反強磁性体のスピンの制御技術の開発が進められています。とりわけ、昨今の情報処理デバイスの低消費電力化の需要と相まって、低消費電力でのスピン制御技術である電圧によるスピン制御技術が注目されています。

最近、同研究グループは、反強磁性材料であるクロム酸化物(Cr2O3)に対して、スピン情報が強く表れるナノメートル(ナノは10-9)領域まで薄くすることで、反強磁性体のスピンを制御できることを明らかにしましたが(氏本 翔、白土 優 他、Applied Physics Letters, 123巻、022407(全7ページ)、2023年)、デバイスへの適用に向けて、低電力駆動に必要となる電圧による制御が必要でした。しかし、電圧で制御できる材料の性質は誘電性であり、磁石としての特性である磁性を電圧で直接制御することはできません。そこで、研究チームは、「電気磁気効果」と呼ばれる磁性と誘電性の結合効果に着目しました。この効果は、電圧による結晶内での磁性イオンの移動(誘電性)が、磁性イオンのスピン状態を変化させることによって生じる効果であり、反強磁性体においても適用できる効果です。研究グループは、この効果を利用して、クロム酸化物(Cr2O3)薄膜のスピンを電圧で制御することを試みました。その結果、磁場を変化させず電圧の変化のみで反強磁性体のスピン方向を反転できることを明らかにしました。スピン反転条件は、電圧や磁場の強さによって変化させることができ、その変調効率(単位電界あたり)が従来の強磁性材料を用いた場合と比較して、50倍以上も高効率であることを明らかにしました。また、電圧の向きにより、情報の「1」と「0」に対応するスピンの向きを選択できることも明らかにし(図2)、将来的なメモリ動作の可能性も実証しました。観測された現象の起源解明のために、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL25SU(軟X線固体分光ビームライン)、BL39XU(磁性材料ビームライン)において元素選択的な磁気測定(X線磁気円二色性測定)を行い、クロム酸化物(Cr2O3)と電極金属(Pt)との接合界面にあるクロム(Cr3+)スピンが反転しており、電気磁気効果による磁性制御に重要な役割を果たしていることや、強磁性体で観測される金属膜(Pt)自体の磁性による効果が無視できるほど小さいことから、観測された高効率のスピン制御が従来の強磁性体とは異なるメカニズムで発現していることを明らかにしました。さらに、電気磁気効果は磁性材料の中でも特殊な材料でのみ生じるものと考えられてきましたが、実験結果と第一原理計算を用いた理論的考察により、反強磁性体と金属の接合面において、結晶内部とは異なる原理で電気磁気効果が誘起できることを見いだし、他の材料系への適用指針も示しました。

磁化の向きを変えるには、磁化が向きを変えるための駆動力が、その向きを固定しているエネルギー障壁の高さを超える必要があります。駆動力は、磁化(マクロなN極-S極)と磁場の積で決まります。反強磁性体では磁化がないため、駆動力がほぼありません。これが、「反強磁性体のスピン(磁化の起源)が制御できない」とされてきた理由です。強磁性体では、電圧によってエネルギー障壁を低下させることを原理にした研究が進められていますが、これは、強磁性体では、磁化が電圧によって変化せず、電圧を印加した場合でも駆動力がほぼ変化しないためです。一方、研究グループが着目した電気磁気効果は、電圧によって一時的にマクロな磁化を生成する効果であり、この効果により、電圧によって磁化を反転させるための駆動力を変化させることができます。今回の成果は、この効果を利用することで、本来は磁化を持たない反強磁性体のスピンも制御できることを示したものであり、また、強磁性体とは異なる原理を使うことで、高い効率でスピンの向きを制御できることを明らかにしたものです。この発見は、今後の反強磁性体のスピン制御の指針を与えるとともに、電圧駆動型のスピントロニクスデバイス設計に向けたナノスピン材料の設計指針を与えるものとなります。

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図2. 磁場と電圧(電界)に対する安定なスピンの向き.電圧(電界)と磁場の組み合わせにより、上向きスピン状態と下向きスピン状態を選択できることを示している.

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

反強磁性体は、次世代高速通信(Beyond 5G(6G))での利用が期待される磁性材料であり、その磁性を担うスピンの低消費電力・高速制御が期待されています。今回の研究により、本来はマクロな磁化を持たない反強磁性体においても、電気磁気効果を利用することでそのスピンを制御できることが明らかとなりました。とりわけ、電圧によるスピン制御が実現したこととともに、接合界面を用いた他の材料への展開も示したことは、低消費電力・高速スピンデバイスの実現に向けて、新たな道を拓くものです。この成果は、電圧で駆動できるスピン材料の開発指針に関する重要な知見を提供するものであり、この知見に基づき材料探索を進めることで、より高い性能を有する電圧駆動型のナノスピン材料を見出すことができると考えています。

特記事項

本研究成果に関する情報は、英国科学誌Nature系の専門誌「NPG Asia Materials」(オンライン:2024年4月5日(金)午前9時(日本時間))に掲載されました。

タイトル:Giant gate modulation of antiferromagnetic spin reversal by the magnetoelectric effect
著者名:Kakeru Ujimoto, Hiroki Sameshima, Kentaro Toyoki, Takahiro Moriyama, Kohji Nakamura, Yoshinori Kotani, Motohiro Suzuki, Ion Iino, Naomi Kawamura, Ryoichi Nakatani, and Yu Shiratsuchi
DOI : 10.1038/s41427-024-00541-z
雑誌 : NPG Asia Materials vol. 16, article number: 20 (2024).

本研究は、主に、以下の事業の支援を受けて行われました。
・科研費基盤研究(B) 研究課題「交差相関材料における分極反転メカニズム」(課題番号:22H01757)
・科研費挑戦的研究(萌芽) 研究課題「薄膜成長プロセス制御による複合酸化物薄膜の強磁性化」(課題番号:22K18903)

参考URL

白土 優 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/a6295197f53987b2.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

反強磁性体

強磁性体とは、磁石につく性質をもった磁性体のことを指す。また、それ自身で磁石になりやすい性質も持つ。強磁性体の中では、磁化(電子のスピン)が同じ方向を向こうとする。それに対して、反強磁性体の中では、隣り合う電子のスピンは互いに反対方向に向く。このため、反強磁性体は、外部に磁束を発生しないため磁石につく性質をもたない。

クロム酸化物(Cr2O3)

クロム(Cr)と酸素による化合物であり、化学式としてCr2O3をもつ化合物が最も安定となる。結晶中で、クロムは3価のイオン(Cr3+)として存在し、酸素は2価のイオン(O2-)として存在する。磁性材料としては、クロム(Cr3+)が磁性を担うスピンを持ち、隣り合うスピンが反平行に配列することで、反強磁性を示す。

電気磁気効果

電界(=電圧/膜厚)によって、反対方向に向いたスピンの大きさが変わる現象であり、これによって正味の磁化が発生する。また、磁場の印加によって、誘電分極が発生する。通常の磁性体では、電界(電圧)と磁化(スピン)は結合しておらず、片方の変化がもう一方に影響を及ぼすことはないが(物理的には,非共役と呼ばれる)、電気磁気効果を利用することで、磁性と電界(電圧)を結晶構造を介して結合させることができる。

スピン

電子は負の電荷を持ち、電荷は静電気や電流の起源となる。また、電子が回転運動している場合、電子の回転運動に対応して、磁気モーメントが現れる。回転運動には、原子核の周りをまわる軌道運動に加えて、自転に相当するスピンと呼ばれる運動がある。磁気モーメントの大きさを決める主な原因は、スピンである。スピントロニクスとは、電子の電荷とスピンの両方を利用することで、一方の性質のみを利用したデバイスを凌駕する新しい機能を創出する学術分野である。

大型放射光施設 SPring-8

SPring-8は、兵庫県播磨科学公園都市にある理化学研究所の大型放射光施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。世界最高性能の放射光を生み出すことができ、固体物理、素粒子実験等の基礎科学研究からバイオ、ナノテクノロジーといった応用研究にまで幅広い研究が行われている。

X線磁気円二色性

X線は光や電波と同じく電磁波の一種であり、X線が進む方向に沿って電界と磁界の波が空間上を伝わっていく。円偏光とは、電界が螺旋状に回転しながら伝わる電磁波のことを指す。円偏光したX線が磁気をもつ物質に吸収されるときには、物質中の電子の磁気的状態によって吸収量が異なる。また、電界の回転方向が右回りか左回りかによっても吸収量が異なる。この現象を利用して磁性体に含まれる元素ごとの磁性を選別して解析する方法を、X線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism: XMCD) 分光法という。

第一原理計算

物質を構成する基本粒子である原子核と電子の運動、及びその間に働く相互作用のみを入力パラメータとして物質の性質を探る物理計算手法。実験とは独立して近似の範囲内では非常に高精度に、物質の物性を計算することができる。