室温で半導体pn接合を介したスピン伝導を初観測!

室温で半導体pn接合を介したスピン伝導を初観測!

消費電力の増大に歯止めをかける次世代スピントロニクスデバイス開発に期待

2025-5-27自然科学系
基礎工学研究科教授浜屋 宏平

研究成果のポイント

  • ほとんど全ての半導体デバイスには、電流のON/OFF制御のためにpn接合が搭載されている。
  • 半導体pn接合を用いたスピントロニクスデバイス構造では「室温」での実証例はない。
  • 本研究では、次世代半導体であるゲルマニウム(Ge)のpn接合を有するスピントロニクスデバイス構造において、室温でスピン伝導を観測することに成功。
  • 優れたON/OFF特性を有する半導体スピントロニクスデバイスの要素技術を構築。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の大木健司さん(博士後期課程)、上田信之介さん(博士前期課程)、浜屋宏平教授、同大学先導的学際研究機構 スピン学際研究部門 宇佐見喬政講師、熊本大学半導体・デジタル研究教育機構の山本圭介教授、東京都市大学総合研究所の澤野憲太郎教授らの共同研究グループは、半導体pn接合を有するデバイス構造において、世界で初めて室温でスピン伝導を観測することに成功しました(図1)。

現在、AI(半導体)の普及により大規模データセンターの消費電力は深刻な増大を続けています。そこで、低消費電力演算機能と不揮発メモリ機能を併せ持つ次世代の半導体スピントロニクスデバイスの開発が進められています。この不揮発メモリ機能の実現には、電子が持つ磁石としての性質(スピン)を保持したまま、半導体中を電子が伝導する「スピン伝導」の実証が不可欠です。これまで共同研究グループは、半導体ゲルマニウム(Ge)と高性能スピントロニクス磁性材料(強磁性ホイスラー合金)を高品質に直接接合した構造を独自に開発し、「室温スピン伝導」を実証してきました。しかし、一般的な半導体デバイスには、電流のON/OFF制御を担うpn接合が存在しているため、このpn接合を有するデバイス構造における「室温スピン伝導」を観測する必要があります。これまでの先行研究では、極低温のみで動作するIII-V族強磁性半導体を利用した知見のみしか存在せず(図1)、pn接合がスピンデバイスの室温動作にどのような影響を与えるのかさえも不明でした。

共同研究グループは今回、量子力学的バンド間トンネル(band-to-band tunneling; BTBT)伝導を利用して電流変調を行うトンネルFET(TFET)の技術を、半導体スピントロニクスデバイスに応用するという新たなアプローチを着想しました(図2)。本研究では、新型の半導体スピントロニクスデバイスである「スピンTFET」の実現に向けた第一歩として、半導体Geと強磁性ホイスラー合金を高品質に直接接合した構造にpn接合を取り入れ、pn接合におけるBTBT伝導を介した室温スピン伝導を観測することに成功しました。

本研究成果は、スピンTFETの実現に向けた重要な一歩として評価され、米国物理学会の学術論文誌「Physical Review Applied 」にLetterとして掲載(オンライン:2025年5月23日)されました。

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図1. 半導体pn接合を有するデバイスにおけるスピン伝導観測温度の歴史。先行研究においては、低温環境での実証に限定されていたが、本研究では室温(27℃)環境で十分に動作することを確認。

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図2. Ge pn接合を介したスピン注入技術の模式図。今回研究では、上部の高性能磁性体(強磁性ホイスラー合金)から下部のn-Ge半導体層へ、スピン偏極電子が量子力学的バンド間トンネル伝導を介して高効率に注入され、室温においてスピン伝導が観測された。

研究の背景

AI技術やIoT技術の進展に伴い、半導体を用いた演算素子およびメモリ素子には、さらなる低消費電力化が強く求められています。こうした要求を満たす次世代省電力デバイスとして、低消費電力演算機能と不揮発メモリ機能を併せ持つ次世代の半導体スピントロニクスデバイスの研究開発が進められています。これまで共同研究グループは、半導体Geと高性能スピントロニクス磁性材料(強磁性ホイスラー合金)を直接接合した低接合抵抗電極構造を用いることで、Geスピンデバイス構造における高効率な「室温スピン伝導」の観測に成功してきました[NPG Asia Materials 12, 47 (2020)]。しかしながら、多くの半導体デバイスに搭載されているpn接合を有する構造では、世界中でこれまで誰も「室温スピン伝導」を観測することはできませんでした。

研究の内容

低消費電力動作が期待されている半導体デバイスとして、トンネルFET(TFET)が知られています。今回、このTFETの構造と半導体へのスピン注入技術を融合した新構造を提案しました(図2)。この方式ではこれまで、III-V族強磁性半導体を利用した知見が存在していましたが、極低温での研究成果のみが存在している状況でした(図1)。今回、共同研究グループがこれまで蓄積してきたIV族半導体Geへの高効率なスピン注入技術と室温スピン伝導観測技術を活用することで、世界で初めてGe pn接合におけるBTBT伝導を介した「室温スピン伝導」を観測することに成功しました。本研究成果は、TFETの低消費電力演算とスピンデバイスの低消費電力不揮発メモリを併せ持つ「スピンTFET」を実現するための要素技術を室温で実証した重要な成果といえます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

低消費電力演算と低消費電力不揮発メモリ機能を併せ持つ「スピンTFET」の実現は、大規模データセンターにおける消費電力の増大に歯止めをかける新しいスピントロニクスデバイスとして期待されます。本研究成果をさらに発展させることで、日本初の革新的な半導体デバイスの実現と、2050年カーボンニュートラル社会の実現に貢献できると考えています。

特記事項

本研究成果に関する情報は、米国物理学会の学術論文誌「Physical Review Applied 」にLetterとして掲載(オンライン:2025年5月23日)されました。

タイトル:Room-temperature spin transport through band-to-band tunneling at semiconductor pn junctions
著者名:K. Oki, S. Ueda, T. Usami, S. Fujii, S. Kikuoka, K. Yamamoto, K. Sawano, and K. Hamaya
DOI : https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.23.L051005
雑誌 : Physical Review Applied (Letter版)

本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S)(No. 24H00034)、基盤研究(S)(No. 21H05000)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST (No. JPMJCR23A5)、文部科学省 次世代X-nics半導体創生拠点形成事業 (No. JPJ011438)、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点(大阪大学大学院基礎工学研究科スピントロニクス学術連携研究教育センター)の補助を受けて行われました。

参考URL

浜屋 宏平 教授 大阪大学 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0dd095b8b5e7f0cc.html

澤野 憲太郎 教授 東京都市大学 研究者情報データベース
https://www.risys.gl.tcu.ac.jp/Main.php?action=profile&type=detail&tchCd=5001636000

山本 圭介 教授 researchmap
https://researchmap.jp/yamakei?lang=ja

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

pn接合

半導体には、電気伝導を担うキャリアとして電子と正孔の2種類が存在する。キャリアとして電子が多い半導体をn型半導体、正孔が多い半導体をp型半導体と呼び、n型半導体とp型半導体を積層した構造はpn接合と呼ばれている。pn接合は、電流を一方向に流す整流性や、電流注入による発光などの特性を持ち、半導体デバイスの基盤技術として広く利用されている。

強磁性ホイスラー合金

ホイスラー合金は構成原子が規則正しく配列した規則合金のことであり、その構成元素や規則性に依存して様々な特性を示す。特に、強磁性ホイスラー合金では完全にスピン偏極した状態の材料が理論的に予想されており、高性能なスピントロニクス材料として注目を集めている。

III-V族強磁性半導体

半導体と磁性の両方の性質を併せ持つ材料を指す。代表的な強磁性半導体としては、GaAsなどのIII-V族半導体にMnなどの不純物元素を添加したものが挙げられる。従来の半導体技術を基盤としつつ、磁性を活用したデバイスへの応用が可能であり、スピントロニクス材料として研究されている。

バンド間トンネル(band-to-band tunneling:BTBT)伝導

半導体のpn接合は、電流を一方向に流す整流性と呼ばれる性質がある。しかし、pn接合の幅を適切に設計することで、量子力学的なトンネル効果が生じ、伝導が制限される方向にもキャリアの伝導が可能となる。この現象をバンド間トンネル(BTBT)伝導と呼ぶ。後述のトンネルFETにおける急峻なスイッチング特性の実現に重要な役割を果たす。

トンネルFET(TFET)

バンド間トンネル(BTBT)伝導を利用して、急峻なON/OFF動作を実現する新型トランジスタのこと。ゲート電圧の印加によって電子のトンネル確率を制御でき、この原理によりデバイスのON/OFF動作が可能となる。従来のMOSFETと比較して低電圧での動作が可能であり、低消費電力動作が期待されている。