次世代半導体ゲルマニウム中のスピン伝導現象を解明

次世代半導体ゲルマニウム中のスピン伝導現象を解明

半導体素子の高速化・低消費電力化に近づく

2017-4-27自然科学系

本研究成果のポイント

・次世代の半導体チャネル材料として応用が期待されているゲルマニウム(Ge) 中の純スピン流 伝導現象を詳細に調査
・これまで、電流を伴わない純スピン流をゲルマニウム中に生成し、輸送・操作・検出という一連の過程を高い信頼性で電気的に検出した報告は非常に少なく、その詳細は明らかにされていなかった
・ゲルマニウムスピントロニクス 素子の実現に向けた主要な物性パラメータを取得し、応用展開への道を開拓

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の浜屋宏平教授と東京都市大学総合研究所の澤野憲太郎教授の共同研究グループは、次世代の半導体チャネル材料として応用が期待されている『ゲルマニウム:Ge』と、高性能なスピントロニクス材料を高品質に接合した微小スピン素子を用いて、ゲルマニウム中のスピン流伝導におけるスピン散乱 現象の詳細を明らかにしました。

これまで、電流を伴わない純スピン流をゲルマニウム中に生成し、輸送・操作・検出という一連の過程を高い信頼性で電気的に検出した報告は非常に少なく、そのスピン伝導メカニズムの詳細は明らかにされていませんでした。

今回の研究では、ゲルマニウム中の不純物ドーピング 量を意図的に変化させた複数の素子を用いて、純スピン流伝導を高感度に検出した結果 (図1) 、ゲルマニウム中のスピン伝導が、不純物原子がつくるスピン軌道相互作用を介したポテンシャルの影響を受けて散乱されることを実験的に突き止めました (図2) 。

これは、最近提案された理論と整合するものであり、ゲルマニウムスピントロニクス素子の実現に向けた重要な物理が解明され、半導体素子の高速化と低消費電力化に近づいたことを意味しています。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review B (Rapid Communications)」(オンライン)で4月14日(金)に公開されました。

図1 スピン寿命(反転時間)と不純物濃度の関係.
不純物のドーピング量が僅かに異なるだけで、スピン寿命は1桁変化する。Ge中でスピンを利用するためには、不純物ドーピング量を精密に制御することが重要である。

図2 明らかにした物理現象の概念図.
Ge(母層)中にリン(P)などの不純物がドーピングされると、Ge伝導層中にポテンシャルの変化を生成し、その影響を受けてスピンが散乱される。

研究の背景と研究成果

ゲルマニウム(Ge)は、電子・正孔の移動度 が、それぞれ、シリコン(Si)の2倍・4倍ということで、Siに代わる次世代の半導体チャネル材料として期待されており、世界最先端の半導体研究では、既にGe-CMOSと呼ばれる半導体のコア技術も開発され始めています。このGe中に電子の「スピン」自由度を電気的に注入し、不揮発メモリ機能を付加しようというスピントロニクス研究が世界中で展開されています。

2011年にアメリカのグループから世界で始めてGe中のスピン伝導を低温で観測した結果が報告されて以来、そのスピン伝導の観測を高い信頼性で実証する研究グループは非常に少ないという現状がありました。それは、スピントロニクス分野で重要である強磁性体を構成する遷移金属とGeとの相性が悪く、スピントロニクス素子を作製する技術的なハードルが高いことに原因の一つが挙げられます。

これまで浜屋教授らの研究グループでは、強磁性ホイスラー合金という高性能なスピントロニクス材料を、澤野教授らが作製するGe(111)伝導層上に高品質に作製し、純スピン流を生成・操作・検出することに成功してきました[Appl.Phys.Exp.7,033002(2014);Phys.Rev.B 94,245302(2016)]。今回、その技術をさらに高度化することで、不純物濃度を変化させた様々なGeスピン素子で高感度にスピン信号を検出することに成功し、系統的なスピン信号の変化から、スピン散乱現象と不純物ドーピング量の関係を明瞭に見いだすことに成功しました。これは、次世代のGeスピントロニクス素子の実現に向けた重要な物理を解明したことを意味しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ゲルマニウム(Ge)は、半導体産業の中核材料であるシリコン(Si)の次世代を担う材料であると期待されています。そのGe中で不揮発メモリ機能を融合する革新的な技術であるスピントロニクス技術が確立されれば、半導体素子の高速化と低消費電力化を両立することが可能です。本研究成果は、我々が有するスピン注入技術が世界トップレベルであることを示しており、その技術を利用してGeスピントロニクス素子の実現に向けた重要な物理現象を解明した点に大きな意義があります。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review B (Rapid Communications)」(オンライン)で4月14日(金)に公開されました。

タイトル:“Large impact of impurity concentration on spin transport in degenerate n-Ge”
著者名:M. Yamada, Y. Fujita, M. Tsukahara, S. Yamada, K. Sawano, and K. Hamaya,
DOI:10.1103/PhysRevB.95.161304

なお、本研究の一部は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ナノスピン変換科学」(No.26103003)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)(No.16H02333,No.25246020)の補助を受けて行われました。

参考URL

大学院基礎工学研究科 システム創成専攻 電子光科学領域 固体電子工学講座(浜屋研究室)
http://www.semi.ee.es.osaka-u.ac.jp/hamayalab/index.html

用語説明

ゲルマニウム(Ge)

シリコン(Si)と同じ結晶構造(ダイヤモンド構造)を持つIV族の半導体で、バンドギャップは約0.7eV。トランジスタの初期の研究は、ゲルマニウムで行われた歴史がある。最近では、Siよりも高い移動度であるという観点から、Siに代わる次世代の半導体チャネル材料として注目されている。

純スピン流

電流はアップスピン電子とダウンスピン電子の2種類の電子の流れに分けることができます。一般的に、電流とはこれら2つの和であるのに対し、スピン流は2つの差に相当します。今回の実験では、正味の電流がゼロで、スピン角運動量のみが流れている純スピン流と呼ばれるスピン流を伝導させています。

スピントロニクス

電子の電荷とスピン(角運動量)の両方の自由度を積極的に利用することにより、新機能デバイスの開発を目指している研究分野のこと。

スピン散乱

例えば、アップスピンに偏って生成されている状態(スピン偏極状態)が、何らかの相互作用によってダウンスピン状態に変化した結果、スピン非偏極状態になってしまうこと。

不純物ドーピング

半導体中にキャリア(電子または正孔)を生成するために異種元素を添加すること。価数4のSiやGeに電子を生成する場合、価数5のP(リン)やAs(ヒ素)を添加することが多い。今回の実験では、Pの添加量を変化させている。

移動度

電場を印加されたキャリア(電子または正孔)が、固体中(主に半導体中)で移動する際の移動のし易さの指標。単位はcm 2 /V・s、m 2 /V・sなど。