消費電力 1/10、性能指標 100 倍!世界最高性能の 半導体スピン伝導素子を実証

原子層制御技術が拓く高性能半導体スピンデバイス

2020-6-19自然科学系

研究成果のポイント

・次世代半導体材料として注目されるゲルマニウム(Ge) のスピントロニクス伝導素子において、消費電力1/10及び室温での磁気抵抗比100倍という世界最高性能を実証
・高性能スピントロニクス材料と半導体の界面を原子層レベルで制御して接合することで、従来方式とはことなる新型スピン注入技術を開発
・IoT技術・AI技術が益々進展する中、電子機器の消費電力の爆発的な増加に歯止めをかける革新的超低消費電力デバイス実現への道を切り拓く成果

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の山田道洋特任助教(常勤)・浜屋宏平教授、大阪大学産業科学研究所の黒田文彬氏(当時大学院博士後期課程)・福島鉄也氏(当時 特任准教授)・小口多美夫教授、東京都市大学総合研究所の澤野憲太郎教授らの共同研究グループは、次世代の高速電子デバイスや光デバイスへの応用が期待されている半導体材料のゲルマニウム(Ge)を用いたスピントロニクス電子デバイス構造における新技術を開発し (図1) 、室温における世界最高性能(消費電力1/10・性能指数100倍)を実現しました (図2右) 。

これまで、浜屋教授らの共同研究グループは、半導体Geと高性能スピントロニクス材料(ホイスラー合金磁石 )を直接接合した低接合抵抗の電極構造を用いることで、Ge電子デバイス中で純スピン流 を生成・輸送することに成功していました[Phys. Rev. Applied 8 , 014007 (2017); Appl. Phys.Express 10 , 093001 (2017).]。しかし、スピン伝導デバイスの性能指標である磁気抵抗比 は、室温で0.001%以下と非常に小さいことが課題でした[Appl. Phys. Express 12 , 033002 (2019).]。

今回の研究では、ホイスラー合金磁石とGeの接合界面に、異種原子である鉄(Fe)を数原子層だけ挿入することで (図1) 、室温での磁気抵抗比がこれまでの100倍に増大することを実証しました。これは、従来よりも数桁低い接合抵抗値で実現する電極構造を用いていることから、「低消費電力かつ高効率」な半導体へのスピン注入技術の実証であり、IoT技術・AI技術の低消費電力化に貢献する室温動作半導体スピントロニクスデバイスの実現への道を切り拓く成果です。本研究成果の関連情報は、英国科学誌Nature系の専門誌「NPG Asia Materials」(オンライン:6月19日)に掲載されました。

図1 原子層レベルで制御された高性能磁石/鉄原子制御層/半導体接合界面の電子顕微鏡写真とスピン注入モデル

図2 本研究で明らかになったバンド対称性マッチング型のスピン注入機構の概念図(左)と室温での高性能化(右)

研究の背景と研究成果

ゲルマニウム(Ge)は、電子・正孔の移動度※5がそれぞれシリコン(Si)の2倍・4倍であり、Siに代わる次世代の半導体材料として期待されています。世界最先端の半導体研究では、既にGe-CMOS と呼ばれる半導体デバイスのコア技術や、Geを用いたSiフォトニクス 技術も開発され始めています。このGe中に電子のスピン自由度を電気的に注入し、不揮発メモリ機能を付加しようという半導体スピントロニクスデバイス研究が世界中で展開されています。

2011年にアメリカのグループから世界で初めて低温におけるGe中のスピン伝導の観測が報告されましたが、そのデバイスの電極構造はFe/絶縁体(MgO)/Geという構造であり、スピン注入・スピン伝導を実証する際に高抵抗絶縁体層の存在による大電圧駆動を要するため、大きな課題となっていました。また、この高抵抗絶縁体層はスピン伝導デバイスの性能指標である磁気抵抗比にも大きく影響するため、元来、低消費電力動作と高性能を両立することが困難でした。

本共同研究グループでは、ホイスラー合金磁石という高性能スピントロニクス材料をGe上に作製する世界最高峰の技術と独自の不純物ドーピング技術 を併用した手法で、世界で初めて室温スピン伝導を実証し、研究を重ねてきました[Appl. Phys. Express 10 , 093001 (2017).]。その一方で、スピン伝導デバイスの性能指標である室温磁気抵抗比が依然として小さいことが課題でした[Appl. Phys. Express 12 , 033002 (2019).]が、最近の研究から、電極に用いているホイスラー合金磁石とGeの接合界面に、数ナノメートル領域にわたって原子同士の拡散(相互拡散)が生じており、磁石電極の性能劣化が引き起こされた結果、スピン伝導デバイスの性能も劣化していることが判明していました[Phys. Rev. B 98 , 115304 (2018).]。

今回、これまでのホイスラー合金磁石とGeの接合界面に鉄(Fe)原子をわずかに(数原子層)挿入するだけで、上述の原子の相互拡散が抑制され、ホイスラー合金磁石の高品質化と高性能化が実現しました (図1) 。さらに、その高品質化によって、スピン注入の過程でエネルギーバンド の対称性マッチングが有効に作用していることが判りました (図2左) 。これらの結果から、室温での性能指標(磁気抵抗比)がこれまでの100倍に増大し、世界最高性能(消費電力1/10・性能指数100倍)を実現したことが明らかとなりました (図2右) 。これは、従来の半導体へのスピン注入技術の概念を覆す発見であり、Geのみならず様々な半導体材料への応用展開が期待される原理の実証です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ゲルマニウム(Ge)は、現行のSiエレクトロニクスと高い親和性を有し、次世代の電子・光デバイスを融合する材料として期待されています。Geへの高効率スピン生成技術が確立すれば、次世代半導体技術を「低消費電力・高速動作」という観点から革新するスピントロニクス技術となります。本研究成果は、IoT技術・AI技術が益々進展する中,電子機器の消費電力の爆発的な増加に歯止めをかける革新的超低消費電力デバイス実現への道を切り拓く成果として大きな意義があります。

特記事項

本研究成果に関する情報は、英国科学誌Nature系の専門誌「NPG Asia Materials」(オンライン:6月19日)に掲載されました。
タイトル:Spin injection through energy-band symmetry matching with high spin polarization in atomically controlled ferromagnet/ferromagnet/semiconductor structures
著者名:M. Yamada, F. Kuroda, M. Tsukahara, S. Yamada, T. Fukushima, K. Sawano, T. Oguchi, and K. Hamaya
DOI : 10.1038/s41427-020-0228-5
雑誌:NPG Asia Materials 12 , 47 (2020).

なお、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(No. 19H05616)、基盤研究(S)(No. 17H06120)、基盤研究(A)(No. 16H02333)、特別研究員奨励費(No. 18J00502)、文部科学省スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点(大阪大学大学院基礎工学研究科スピントロニクス学術連携研究教育センター)の補助を受けて行われました。

参考URL

基礎工学研究科 浜屋研究室HP
http://www.semi.ee.es.osaka-u.ac.jp/hamayalab/

用語説明

ゲルマニウム(Ge)

シリコン(Si)と同じ結晶構造(ダイヤモンド構造)を持つIV族の半導体で、バンドギャップは約0.7eV。トランジスタの初期の研究は、ゲルマニウムで行われた歴史がある。最近では、Siよりも高い移動度であるという観点から、Siに代わる次世代の半導体チャネル材料として注目されている。

磁気抵抗比

スピントロニクスデバイスでは、磁石の向きが揃っている(On)時と反対を向いている(Off)時の抵抗変化(磁気抵抗変化)を情報記憶に用いている。磁気抵抗比は、磁気抵抗変化をOn時の抵抗で割った比で、デバイスの性能指標として用いられている。

ホイスラー合金磁石

ホイスラー合金は構成原子が規則正しく配列した規則合金のことであり、その構成元素や規則性に依存して様々な特性を示す。特に、ホイスラー合金磁石では完全にスピン偏極した状態の材料が理論的に予想されており、高性能なスピントロニクス材料として注目を集めている。

純スピン流

電流はアップスピン電子とダウンスピン電子の2種類の電子の流れに分けることができる。一般的に、電流とはこれら2つの和であるのに対し、スピン流は2つの差に相当する。今回の実験では、正味の電流がゼロで、スピン角運動量のみが流れている純スピン流と呼ばれるスピン流を伝導させている。

移動度

電場を印加されたキャリア(電子または正孔)が、固体中(主に半導体中)で移動する際の移動のし易さの指標。単位はcm 2 /V・s、m 2 /V・sなどがある。

CMOS

極性の異なる電界効果トランジスタ(p-MOSFETとn-MOSFET)を組み合わせた構造を有しており、スマートフォンやネットワークサーバーなど身の回りの電子機器に搭載されている最も重要な半導体デバイスのこと。

Siフォトニクス

現在、半導体材料として広く使われているSi上に発光、伝送、受光素子などの光デバイスを集積しようとする分野のこと。

不純物ドーピング技術

半導体中にキャリア(電子または正孔)を生成し、電気伝導特性を発現するための異種元素添加のこと。価数4のSiやGeに電子を生成する場合、価数5のP(リン)やAs(ヒ素)を添加することが多い。今回の実験では、不純物は全てPである。

エネルギーバンド

一つの原子の周りを回る電子はとびとびのエネルギー準位をとる軌道上を動く。その一方で、複数の原子が隣接した場合には、電子の軌道が重なり合うことである幅を持った連続的なエネルギー準位を電子が取りうるようになり、原子間で共有される。このある幅を持った連続的なエネルギー準位のことをエネルギーバンドと呼ぶ。エネルギーバンドの構造は原子の並び方、種類によって異なり、電子の進む方向によっても異なる構造を有している。