コロナ禍3年間で「感染は自業自得」と「政府による行動 制限」に対する考え方はどう変わったか:国際比較
研究成果のポイント
- 2020年における調査では、日本の新型コロナウイルス(以下、「コロナ」)感染を「自業自得」と考える度合い(自業自得感)が他国よりも高いことが知られていた。
- 今回の研究では、2020年から2022年までの日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国における自業自得感や「政府による行動制限」へ賛成する度合い(行動制限意識)の経年変化を分析した。
- 自業自得感は日本で高く、イギリスで低かった。中国を除いた4ヶ国で2020年から2021年にかけて自業自得感が増加した。
- 行動制限意識は中国が高く、日本が低かった。日本では、2020年から2021年にかけて、アメリカ、イギリス、イタリアでは、2020年から2022年にかけて行動制限意識が低下した。
- 日本とイタリアでは、行動制限意識の高い人ほど、自業自得感が高い傾向があった
- 日本とイタリアにおいて、自業自得感が低い人の行動制限意識は弱まった一方で、行動制限意識が高い人の自業自得感は強まった。
- 日本で、差別や偏見を軽減するためには、感染流行初期に、「感染は感染者自身のせいではない」という啓発を、行動制限意識が高い人に対して行うことが重要である。
図1. 「コロナ感染は自業自得」と考える度合い(自業自得感)や非常時における政府の行動制限への賛成の度合い(行動制限意識)の経年変化(エラーバーは95%信頼区間)
研究の概要と成果
大阪大学感染症総合教育研究拠点の村上 道夫特任教授(常勤)、三浦 麻子教授(大阪大学大学院人間科学研究科、(兼)感染症総合教育研究拠点)、平石 界教授(慶應義塾大学文学部)、山縣 芽生助教(同志社大学文化情報学部、(兼)感染症総合教育研究拠点 連携研究員)、中西 大輔教授(広島修道大学健康科学部)らの研究グループは、コロナ禍3年間にわたっての「感染は自業自得」と「政府による行動制限」に対する考え方の国際比較を行いました。
感染拡大初期(2020年春と夏)の調査では、日本の自業自得感は他国よりも高いことが知られていました。しかし、その経年変化や自業自得感と行動制限意識の関係については詳しくは検討されていませんでした。そこで今回、村上道夫特任教授(常勤)、三浦麻子教授らの研究グループは、日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国を対象に2021年と2022年の春に実施したアンケート調査データを加えて、コロナ流行後における自業自得感と行動制限意識の経年変化及び各国における両者の関係性を調べました。
その結果、自業自得感は日本で高く、イギリスで低い傾向がありました。また、中国を除いた4ヶ国では、2020年から2021年にかけて自業自得感が増加していました。行動制限意識は中国が高く、日本が低いものでした。日本では、2020年から2021年にかけて、アメリカ、イギリス、イタリアでは、2020年から2022年にかけて行動制限意識が低下していました。
自業自得感と行動制限意識に正の関係が見られた日本とイタリアを対象に両者の因果関係を分析したところ、自業自得感が低い人の行動制限意識は徐々に弱まった一方で、行動制限意識が高い人の自業自得感は強まったという結果が共通して示されました。
このことから、日本では、感染症が流行した際に差別や偏見を軽減するためには、感染流行初期に、「感染は感染者自身のせいではない」という啓発を、行動制限意識が高い人に対して行うことが重要だと考えられます。
本研究成果は、英国・米国の科学誌「PeerJ」(オンライン)に、2023年9月28日に公開されました。
研究の背景
感染症に伴う差別や偏見は世界的な公衆衛生上の課題です。歴史上も、さまざまな感染症の流行によって差別や偏見がもたらされており、コロナ禍においても感染した人や特定の職業に対する差別や偏見といった問題が顕在化しました。また、感染予防行動をしない人へ私的な取り締まり(いわば「自粛警察」)といった行動も日本を含める様々な国で行われました。このような状況下において、本研究グループは、2020年春と夏の調査で日本の自業自得感が他国よりも高いことを報告してきました(三浦ら, 科学, 90(10), pp.906-908, 2020)。また、日本では自業自得感と行動制限意識が強く関連することを示しました(Murakami et al, PeerJ, 10, e14545, 2022)。
しかし、これまで、自業自得感や行動制限意識の経年変化や両者の関係性について詳しくは検討されていませんでした。そこで、本研究では、日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国における自業自得感と行動制限意識の経年変化及びその両者の関係性を明らかにするために、2020年に加えて2021年、2022年の春に実施したアンケート調査データも対象とした解析を行いました。
研究の方法
日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国の18歳以上の市民を対象に2020年~2022年春に3回のオンラインアンケート調査を行いました。すべてに回答した人数は、日本から順に99名、71名、138名、51名、9名で、少なくとも1回は回答した人数は、同じく775名、921名、761名、969名、1299名でした。
自業自得感は、
・新型コロナウイルスに感染した人がいたとしたら、それは本人のせいだと思う
・新型コロナウイルスに感染する人は、自業自得だと思う
の2項目に、「1:まったくそう思わない、2:あまりそう思わない、3:どちらかといえばそう思わない、4:どちらかといえばそう思う、5:ややそう思う、6:非常にそう思う」から1つを選択することを求めました。
行動制限意識は、
・非常時には、政府からの移動の自由を制限する要請に応えるのが良い
・非常時には、政府からの言論の自由を制限する要請に応えるのが良い
・非常時には、政府の外出制限方針に反して外出した人は法律によって罰されるべきである
・非常時には、政府の方針に反する言論は法律によって罰されるべきである
・非常時には、他の人たちが政府の方針に従っているか、一人ひとりが見張るべきである
・非常時には、他の人たちを政府の方針に従わせるために、個々人の判断で行動を起こして良い
の6項目に、いずれも「1:全く違うと思う、2:おおよそ違うと思う、3:少し違うと思う、4:どちらともいえない、5:少しそう思う、6:まあまあそう思う、7:強くそう思う」から1つを選択することを求めました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、感染症に関する差別や偏見について、国ごとや経年的な変化に関する特徴を明らかにしました。自業自得感、行動制限意識、及びその関連は国によって違いがあり、国ごとに差別、偏見を軽減するアプローチを検討することが重要です。特に、日本においては、差別や偏見を軽減するうえで、感染流行早期に、行動制限意識が高い人に対して、感染の原因が感染者のせいではないという啓発を行うことが重要であると考えられます。ただし、国による自業自得感の違いは規範や処罰の厳しさを、行動規制意識の違いは感染予防行動に対する国の法的措置のあり方を反映している可能性があり、その機序の決定的な特定までは至っていません。
特記事項
本研究成果は、2023年9月28日(木)に英国・米国の科学誌「PeerJ」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Differences in and associations between belief in just deserts and human rights restrictions over a 3-year period in 5 countries during the COVID-19 pandemic”
著者名:村上 道夫*, 平石 界, 山縣 芽生 , 中西 大輔, Andrea Ortolani, 三船 恒裕, Yang Li, 三浦 麻子 (*責任著者)
DOI: http://dx.doi.org/10.7717/peerj.16147
本研究は、科研費(19H01750)および日本財団・大阪大学感染症対策プロジェクトの一環として行われました。
参考URL
村上道夫特任教授(常勤)
https://www.cider.osaka-u.ac.jp/researchers/murakami.html
三浦麻子教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/9bdf67161c88e954.html
阪大_COVID-19禍心理・行動・態度推移グラフ(パネル調査の結果を概観できます)
http://team1mile.mydns.jp:8080/handai-covid19/
新型コロナ感染禍の日本社会と心理(2021年4月15日プレスリリース)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210415_1
新型コロナパンデミック前期における社会心理(2021年8月19日プレスリリース)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210819_2
新型コロナ感染禍での回顧バイアス~人の記憶は容易に歪む~(2022年11月9日プレスリリース)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/1109_01
「感染は自業自得」と考える人の特徴は何か(2022年12月19日プレスリリース)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20221219_2