新型コロナ感染禍の日本社会と心理

新型コロナ感染禍の日本社会と心理

第1波(2020年3月下旬)の状況をリアルタイムで調査し、データを公開

2021-4-15社会科学系
人間科学研究科教授三浦麻子

研究成果のポイント

  • 「感染を避けたい」という気持ちの強さは、外国人を受け入れたくないという気持ちの強さと関連していたが、日常的に外国人と交流する機会の多さがその気持ちを緩和する可能性が示された。
  • 男性よりも女性の方が感染を忌避する気持ちが強く、感染禍を恐ろしいと考えており、予防のための行動も多く行っていた。
  • 回答データを公開し、研究グループ以外の方々による異なる角度からの分析機会を提供した。

概要

大阪大学大学院人間科学研究科の大学院生の山縣芽生さん(博士後期課程2年生)、寺口司 招へい研究員、三浦麻子 教授の研究グループは、新型コロナ感染禍の日本社会と心理を広範な観点から捉えるために、第1波時(2020年3月下旬)に一般市民を対象としたWeb調査を行いました。特に注目したのは、感染を避けたいという気持ちの強さ、感染症への反応としての予防行動をどの程度しているか、そして、外国人を受け入れたくないという気持ちです。こうした気持ちや行動の関わり合いを検討するとともに、回答者の特徴による違いが見られるかどうかも検討しました。

分析の結果、「感染を避けたい」という気持ちの強さが、外国人を受け入れたくないという気持ちの強さと関連していること、ただし、日常的に外国人と交流する機会が多いことは、その気持ちを緩和する効果をもつ可能性があることが示されました。そして、回答者の特徴による違いについては、男性よりも女性の方が感染禍を恐ろしいと考えており、予防のための行動も多く行っていた一方で、年代や居住地域の感染リスクの高さによる違いはほとんど見られませんでした。

本研究成果は、2021年3月20日に日本心理学会が刊行している学術誌「心理学研究」への採択が決定し、4月9日(金)(日本時間)に著者最終稿がPsyArXivで公開されました。
※より広範な議論へと繋げるためプレプリントサーバであるPsyArXivへ掲載しました。

研究の背景

2020年1月以来、新型コロナウイルス感染症の流行が世界中で拡大し、われわれは未曾有の事態を経験し、その甚大な影響を受け続けています。流行の動向が予測不能かつ刻一刻と事態が変化し続けるような新興ウイルスによるパンデミック禍では、われわれは多大な心理的、社会的、経済的影響を長期的に受けることになります。したがって、感染流行を封じ込めるための公衆衛生の管理、感染禍特有の差別の増加のような社会病理の解決、経済的・社会的活動が規制された生活の改善など、喫緊の課題が次々と立ち現れてくることとなります。

本研究の目的は、2つあります。1つは、2020年3月下旬時点の感染禍における日本人の認知、行動、態度、生活実態を広範な観点からリアルタイムで調査、集計し、探索的にそれらの関係性を検討することです。そして2つめは、ご回答いただいたデータをそのままの形で公開(オープンデータ)に供することで、私たち研究グループ以外の方々にも異なる角度からの分析機会を提供することです。特に後者は、実際の感染禍における認知、行動、態度、生活実態、さらに個人変数との関係性を把握しうるデータを提供することが、感染禍に関わる学術研究のみならず社会実践にとっても、重要な基礎資料となることを期待して行うものです。

研究の手続きと結果

2020年3月24日から26日にWeb調査を実施しました。WHOによるパンデミック宣言(3月11日)後から日本国内の一部区域への緊急事態宣言(4月7日)直前の国内外の流行状況が非常に緊迫した期間に当たります。対象者はクラウドソーシングサービスの登録者で、分析対象とした有効回答者は612名(男性214名、平均年齢38.27歳、SD = 10.14)でした。

調査では、新型コロナ感染禍についてどう思うか(関心度、感染確率推測、リスク認知、など)、実施している感染予防行動(手洗いなど感染を未然に防ぐ衛生行動と、感染源と思われる対象との接触を避ける回避行動の実施有無)、回答者の生活実態(情報収集手段、科学的知識、政府の感染対策の生活への影響など)、感染を避けたいという気持ち、日常生活で外国人と関わる機会の多さや友人・知人の数、外国人を受け入れたくないという気持ち、そして回答者の特徴(性別、年代、居住地)など、多岐にわたる質問をしました。

分析の結果、大きな特徴としては次のようなことがわかりました.

まず「感染を避けたい」という気持ちの強さは、外国人を受け入れたくないという気持ちの強さと関連していることが示されました(「観光/仕事のために日本に来るのはいいことだ」という気持ちとの相関係数:外国人一般 r = -.14、中国人 r = -.24)。感染への嫌悪や慢性的な病気への懸念が強いと、外国人のように日常生活でなじみのない対象を「自分たちの生活空間にウイルスを持ち込み、感染リスクを高めるかもしれない存在」として位置づけ、排斥的になるという傾向は、人間が備えている「行動免疫システム」の一種の誤作動として、先行研究でも示されてきたものです。

一方で、日常生活で外国人と関わる機会の多さは、外国人を受け入れたいという気持ちの強さと関連していました(「観光/仕事のために日本に来るのはいいことだ」という気持ちとの相関係数:外国人一般 r = .14、中国人 r = .17)。社会心理学の古典的な理論「接触仮説」によれば、差別・偏見が生じる主な原因は相手に対する知識が少ないことなので、相手との接触機会を増やし、真の情報に触れることが、それらの低減に効果をもつと期待されます。本研究で見られた関連も、これを支持する方向のものといえます。

さらに、回答者個人の特徴によって新型コロナ感染禍をどう思うかに違いがあるかどうかを検討しました。結論から言うと、性別以外ではあまり顕著な差は見られませんでした。性別では、女性の方が男性よりも感染を避けたいという気持ちが強く、感染禍を「恐ろしい」と感じており、感染予防行動を多く実施していること、また、よく「口コミ」で情報収集している傾向が示されました。年代(青年 vs 中年)と居住地(客観的な感染リスクの高 vs 低)による差はほとんどありませんでした。ただし、今回の調査の協力者は30-40代の方の比率が高かったため、比較対象は青年と中年です。客観的な重症化リスクが高い高齢者の特徴は興味深いところですが、今後の課題です。また、居住地については、調査実施直後に緊急事態宣言が発出された7都府県かどうかで感染リスクの高低を分類しており、公衆衛生における疫学調査のようなきめ細やかさはありません。これは、本研究の限界のひとつです。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

かくも劇的に人々を不安に陥れ、社会的行動の変容を強いる、そして、こうした形でその際の人心に関する調査データを収集できるできごとを私たちは今までに経験したことがありません。感染禍のありのままを捉えた本研究の分析結果とデータを、心理学のみならず、感染禍特有の社会病理への解決や公衆衛生の管理、生活改善に向き合う社会やそれに貢献しようとするあらゆる学術研究や社会実践にとって、重要な基礎資料としていただくべく、同時に公開しました。

なお、本研究グループでは、このたび公開した成果のほかにも、2020年1月末以来継続して感染禍における社会心理に関するWeb調査を実施しています。今は新型コロナ感染禍の早期の収束を待ち望むばかりですが、本研究をはじめとする研究成果は、将来のパンデミックに対してレジリエンスな社会・技術基盤の構築にも資するものと確信しています。

特記事項

本研究成果は、2021年3月20日(土)に日本心理学会が刊行している学術誌「心理学研究」への採択が決定し、4月9日(金)(日本時間)に著者最終稿をPsyArXivで公開しました。
※より広範な議論へと繋げるためプレプリントサーバであるPsyArXivへ掲載しました。

タイトル:COVID-19禍の日本社会と心理──2020年3月下旬実施調査に基づく検討──
著者名:山縣 芽生(やまがた めい)・寺口 司(てらぐち つかさ)・三浦 麻子(みうら あさこ)
URL: https://psyarxiv.com/cp32r
また、回答データと調査票等はOpen Science Frameworkで公開しています。
URL: https://osf.io/hyzqs/

参考URL

用語説明

行動免疫システム

感染症という脅威への反応に関わる心理的システム。疾患に関連する知覚可能な手がかりを検知すると、嫌悪感情が誘発され、知覚された感染源から離れるよう人間を動機づける認知モジュールが駆動される。