下水サーベイランスに求められる適切な調査方法を明らかに

下水サーベイランスに求められる適切な調査方法を明らかに

地域のより的確な新型コロナ感染状況の把握に向けて

2024-10-16生命科学・医学系
感染症総合教育研究拠点教授村上道夫

研究成果のポイント

  • その地域の感染症の感染状況を把握する手段として知られる「下水サーベイランス(下水疫学)」について、適切な調査方法を解析した。
  • 「データの取り扱い」「分析感度」「分析再現性」「サンプリング頻度」「調査期間」の5項目について、適切な調査のために必要となる条件を明らかにした。
  • 本研究の副次的な知見として、下水中ウイルス濃度と感染者数の関係から、5類移行後に、医療機関を受診した新型コロナ感染症患者報告数が48%減少したことが示唆された。

概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)の村上道夫教授と北島正章連携研究員(本務:東京大学大学院工学系研究科特任教授)は、地域のCOVID-19(新型コロナ感染症)の感染状況を把握するために必要な下水サーベイランス(下水疫学)の調査方法を解析し、適切な調査方法に求められる条件を明らかにしました。

下水サーベイランスとは、地域の感染状況を把握するために下水処理場に入ってきた下水中の病原性微生物を測定することです。

下水サーベイランスは、対象地域の感染状況の把握や早期検知が可能となる手段として注目されていますが、地域の感染の流行状況を把握するために適切な調査の方法の詳細については不明でした。

そこで、研究グループは、過去に札幌市において取得された下水中SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)濃度データをもとに、新型コロナ感染症の感染状況を把握するために必要な調査方法を解析しました。このデータは、週15試料、2年半の期間にわたってEPISENS-S法という従来の手法よりも100倍高い検出感度を持つ分析方法を用いることにより得られたものです。

その結果、適切な調査のために以下の点が必要であることが明らかになりました。

① データの取り扱い:検出下限値(LOD)未満の試料の濃度に関しては、分布によって推定したうえで幾何平均値を用いて代表値を算出すること
② 分析感度:LOD未満の試料の割合が40%未満であること
③ 分析再現性:常用対数変換したうえでの標準偏差として0.4以下であること
④ サンプリング頻度:週に3試料以上(可能であれば5試料以上)測定すること
⑤ 調査頻度:50週以上の調査を行うこと

また、本研究の副次的な知見として、下水中ウイルス濃度と感染者数の関係から、5類移行後(2023年5月8日~2023年9月29日)の期間において、医療機関を受診した新型コロナ感染症患者報告数が48%減少したことが示唆されました。この一因として、5類移行後の受診控えなどが寄与している可能性が考えられます。

本研究成果は、国際学術誌「Science of the Total Environment」に、2024年10月5日に公開されました。

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図1. 地域の新型コロナの感染状況を把握するために下水サーベイランスに求められる調査方法

研究の背景

下水サーベイランスは、地域の感染状況を把握する有効な手段として注目を集めています。2024年7月の新型インフルエンザ等対策政府行動計画では、下水サーベイランスを平時から行い、その分析結果などを定期的に公表することが盛り込まれました。しかし、下水中のウイルス濃度を十分に定量的に測定できなかったり、そのばらつきが大きかったりした際などには、必ずしも地域の感染状況と下水中ウイルス濃度の相関が十分に強くない場合もあります。地域の感染の流行状況を把握するためには、適切な下水サーベイランスの調査方法を明らかにすることが重要です。

そこで、本研究では、地域の新型コロナ感染症の感染状況を把握するために必要な下水サーベイランスの調査方法を明らかにしました。

研究の内容

本研究では、地域の新型コロナ感染症の感染状況を把握するために必要な下水サーベイランスの調査方法を明らかにしました。

研究グループは、2021年4月12日から2023年9月29日までの札幌市の下水試料を用いて解析しました。本研究で用いたデータセットは、分析感度(通常の分析方法の100倍の分析感度)と分析再現性(対数変換後の標準偏差0.4以下)が高く、重厚な試料数(週15試料、合計1830試料)と十分な調査期間(2年半)があります。地域の感染者数と下水中ウイルス濃度の間の相関係数は0.87であり、この調査方法では十分に地域の感染の流行状況を把握することができます。

研究グループは、まず、データの取り扱い方法としてLOD未満のデータの置き換え方法と代表値の算出方法について検討し、それぞれ分布による推定と幾何平均値を用いることが適切であることを示しました。

その後、分析感度、分析再現性、調査頻度、調査期間が低下した場合を仮想的に設定し、地域の感染者数と下水中ウイルス濃度の相関がどのように低下するかを解析しました。

また、5類移行前後での地域の感染者数と下水中ウイルス濃度の関係から、5類移行後に医療機関を受診した新型コロナ感染症患者報告数の低下割合も推定しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

研究グループは、地域の新型コロナ感染症の感染状況を把握するために必要な下水サーベイランスの調査方法を、データの取り扱い方法、分析感度、分析再現性、サンプリング頻度、調査期間の観点から明らかにしました。

平時からの下水サーベイランスの実施と結果の公表が進む中、本研究は適切な下水サーベイランスの調査方法に関する判断材料として役立つことが期待されます。

特記事項

本研究成果は、国際学術誌「Science of the Total Environment」に、2024年10月5日に公開されました。

タイトル:Evaluating survey techniques in wastewater-based epidemiology for accurate COVID-19 incidence estimation
著者名:村上道夫(大阪大学)、 安藤宏紀(北海道大学/アリゾナ大学)、山口亮(札幌市保健所)、北島正章(大阪大学/北海道大学/東京大学)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2024.176702

本研究は、日本財団・大阪大学 感染症対策プロジェクト、AMED「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」、JST「未来社会創造事業」の一環として行われました。 

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 06 安全な水とトイレを世界中に
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

下水サーベイランス

より正確には、下水中の化学物質(違法薬物含む)や病原性微生物などを測定することで、対象地域の化学物質の使用状況や感染状況を把握する手法です。下水処理場に流入してきた下水だけでなく、個別施設からの排水や飛行機の排水なども対象とされています。

EPISENS-S法

北島連携研究員、安藤氏(共に当時北海道大学)らの研究グループが開発した、下水試料を遠心分離することにより得られた固形物の沈渣から市販のキットを用いてRNAを抽出し、逆転写・前増幅反応後に定量PCRにより試料中ウイルスRNA濃度を測定する手法。

(参考)北海道大学プレスリリース

https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/220808_pr3.pdf