新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言は 対象地域外の人々にも影響を及ぼした可能性

新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言は 対象地域外の人々にも影響を及ぼした可能性

将来のパンデミック時の参考に

2025-1-29社会科学系
感染症総合教育研究拠点教授三浦麻子

研究成果のポイント

  • 2020年1月から2024年3月まで実施された、新型コロナウイルス感染症による危機的状況(以下、コロナ禍)に関する30回のパネル調査データを用いて、日本の緊急事態宣言が人々の行動や認知に与えた影響を検証。
  • 2020年4月から地域別かつ段階的に発出された緊急事態宣言だが、地域限定で発出されたにも関わらず、人々の衛生行動社会活動、リスク認知の変化に地域差はなかった(=緊急事態宣言は、全国的に効果をもたらした可能性がある)ことが明らかに。
  • 将来、同様のパンデミックが発生し、緊急事態宣言の発出が検討される場合、その発出方法を検討する材料になりうる。

概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点 山縣芽生連携研究員(同志社大学文化情報学部助教)、村上道夫教授、三浦麻子教授(兼 大学院人間科学研究科)の研究グループは、日本国内で2020年1月から2024年3月にかけて実施された30回のパネル調査のデータを用いて、日本政府のコロナ政策(第1回緊急事態宣言とコロナの5類移行)が人々の行動や認知に与えた影響を分析しました。

コロナ禍での緊急事態宣言は、2020年4月7日に東京など7都府県を対象に発出されたのを皮切りに、感染状況に応じて段階別、地域別に発出されました。しかし、その発出が対象地域の人々、あるいは全国の人々にどのような影響を及ぼしたのか、詳細に検討した研究はありませんでした。

今回、研究グループの検証により、感染状況に応じた地域別かつ段階的な緊急事態宣言の発出は、その地域限定で、日本人の衛生行動、社会活動、リスク認知に変化を及ぼしていたとは言えない(=地域限定で発出したにも関わらず、その影響は全国に及んでいた)ことが明らかになりました。

本研究成果は、2025年1月11日(土)に国際学術誌「International Journal of Disaster Risk Reduction」に掲載されました。

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図1. パネル調査実施時点(X軸垂線)および緊急事態宣言発出期間と1日当たりの新規感染者数推移

研究の背景

日本におけるコロナ禍での緊急事態宣言は、2020年4月7日に東京など7都府県を対象に発出され、その後同月16日に全国へ拡大されました。その後は、感染状況に応じて段階的に発出・解除が繰り返され、5月25日の首都圏1都3県と北海道を最後に全国で解除となりました。このような政府の対応を、一貫性を欠く迷走的なものだとする批判は当時から少なからずありました。では、実際のところ、どのような効果を持っていたのでしょうか。

そこで研究グループは、特に心理・行動的な側面に対する効果に注目して、地域別、段階別に発出された緊急事態宣言が日本人の衛生行動、社会活動、リスク認知(恐ろしさ認知未知性認知)に与えた影響を検証することを試みました。

研究の内容

分析に用いたのは、研究グループが2020年1月から2024年3月までの30回にわたり実施した、コロナ禍での日本人の社会心理を追うパネル調査のデータです。そのうち2020年3月から5月に実施した4回分のデータを用いて、緊急事態宣言の地域別発出・解除の段階ごとに、次の3つ―①3月下旬(全国発出前)と4月上旬(東京など7都府県のみ発出)の、発出された7都府県とそれ以外、②4月上旬(東京など7都府県のみ発出)と5月上旬(全国発出後)の、先ほどと同じ7都府県とそれ以外、③5月上旬(全国発出後)と5月下旬(全国解除後)の、最後まで解除されなかった5都道県とそれ以外―の比較を行いました(図1)。

分析の結果、感染状況に応じた地域別かつ段階的な緊急事態宣言が、日本人の衛生行動、社会活動、リスク認知に及ぼした影響は、発出された地域限定ではなかった(=地域限定で発出したにも関わらず、その影響は全国に及んでいた)ということが明らかになりました。

この解釈は、以下の結果から導かれました。図2に具体的な分析内容の一部を示しています。

a. 宣言が一部地域に発出されると、発出対象地域かどうかに関わらず、全国的に衛生行動と社会活動が増え、コロナへの恐ろしさ認知と未知性認知が高まった。
b. 宣言が全国に拡大された後も、これらの行動と認知に大きな変化は見られなかった。

宣言が一部地域で解除されると、解除対象地域かどうかに関わらず、全国的に社会活動が増加し、コロナへの恐ろしさ認知が低下した。

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図2. 緊急事態宣言期間における地域別の衛生行動とリスク認知の推移

研究グループは、緊急事態宣言の発出/解除の影響がそれの対象となった地域限定ではなかったことには、2つの解釈があり得ると考えています。1つは、緊急事態宣言の発出とは異なる何らかの要因によって人々の行動と認知に変化が生じた可能性、もう1つは、地域限定の政策が、その対象地域以外にも波及的な効果を持っていた可能性です。

この研究からそのどちらなのかを特定することはできませんが、もし後者の解釈が正しければ、将来同様のパンデミックが発生した際、緊急事態宣言の発出方法を検討するための参考になる可能性があります。具体的には、全国一律かつ一斉ではなく、地域限定的かつ段階的な発出を行うことで、発出による行動制限とそれに伴う経済的損失を最小限に抑えながら、感染予防に対する国民の意識を高く維持することができる可能性があります。

本研究成果の意義

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、日本政府はさまざまな政策を実施してきました。しかし、どの措置が効果的なのか明確な答えがないまま対応を迫られ、行動制限やその緩和が市民の行動や認知に与えた影響については十分に検証されていません。

本研究は、コロナ禍での政策がどのような条件下で効果を発揮したのか、またその限界点がどこにあったのかについての新たな洞察をもたらすものです。今後も、緊急事態宣言の実施前からコロナ5類移行後までを網羅したパネル調査データを活用して、政策の効果と日本人の行動や認知の関係を明らかにし、将来の公衆衛生の危機に備えるための手がかりを提供します。

特記事項

本研究成果は、2025年1月11日(土)に国際学術誌「International Journal of Disaster Risk Reduction」に掲載されました。

タイトル:Effects of political treatments during the COVID-19 pandemic on infection-prevention behavior and risk perception: A panel data analysis of Japan
著者名:山縣芽生・村上道夫・三浦麻子
DOI: 10.1016/j.ijdrr.2025.105201
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2212420925000251

本研究は、大阪大学大学院人間科学研究科ヒューマン・サイエンス・プロジェクトおよび日本財団・大阪大学 感染症対策プロジェクトの一環として行われました。

参考URL

新型コロナ感染禍の日本社会と心理:第1波(2020年3月下旬)の状況をリアルタイムで調査し、データを公開
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210415_1

新型コロナパンデミック前期における社会心理:パネル調査:2020年1月から3月上旬のデータ分析と平均値推移の公開
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210819_2

新型コロナ感染禍での回顧バイアス~人の記憶は容易に歪む~
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/1109_01

\マスク、いつから着けた?/ 感染対策の開始時期はニュースソースと関連する:コロナ禍3年間の継続調査で判明
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20231115_1

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

パネル調査

同じ対象に、時間をかけて何度も繰り返しデータを収集する調査手法。単発の調査と比較して、変化のダイナミクスを詳細に捉えることができ、長期的なトレンドや因果関係の解明に有効。

衛生行動

コロナ禍で実施している衛生行動(手のアルコール消毒、マスク着用、など5種類)の合計数。

社会活動

コロナ禍で実施している社会的な回避行動(電車やバスなどの公共交通機関の利用を避ける、商業施設など人が多くいる場所への外出を控える、など5種類)の合計数。

恐ろしさ認知

新型コロナについて「死に至る可能性がある」「いつ起きるかわからない」と感じるかという2項目に「1 = 全く感じない」から「7 = 非常に感じる」で回答した平均値。

未知性認知

新型コロナについて「気づかないうちに影響を受けているかもしれない」「どんな影響があるかよくわからない」」と感じるかという2項目に「1 = 全く感じない」から「7 = 非常に感じる」で回答した平均値。