新型コロナパンデミック前期における社会心理

新型コロナパンデミック前期における社会心理

パネル調査:2020年1月から3月上旬のデータ分析と平均値推移の公開

2021-8-19社会科学系
人間科学研究科教授三浦 麻子

研究成果のポイント

  • 新型コロナがパンデミックに至る前から、社会心理は強く感染を恐れる緊張状態にあった。
  • 感染を避けたいという気持ちの強さは、外国人に対するネガティブな態度と関連していた。
  • 日常生活で外国人と関わる機会の多さは、外国人全般に対する態度のネガティブさを緩和していた。

概要

大阪大学大学院人間科学研究科の大学院生の山縣芽生さん(博士後期課程2年生)、寺口司 招へい研究員、三浦麻子 教授の研究グループは、新型コロナ感染禍の日本社会と心理を広範な観点から捉えるために、2020年1月から継続して一般市民を対象としたパネル調査を実施しています。このたび「パンデミック前期」(パンデミックに陥る前の時期)と位置づけうる同年3月上旬までの3回の調査データにもとづく分析をまとめた成果が論文として公刊されました。さらに、これらのデータを含むパネル調査全体の主要項目の平均値の推移(現時点では2021年5月下旬の第13波まで)のグラフをご覧いただけるWebサイトを公開しました。

3回にわたる調査データの分析の結果、感染予防行動や外国人に対する態度は、普段からの「感染を避けたい気持ち」の強さの影響を受ける一方で、そこに感染脅威の拡大という「状況の力」による変化は認められませんでした。そして、その原因は、日本国内の感染者がほとんどいなかった調査開始当初から、社会心理は強く感染を恐れる緊張状態にあったことによるものではないかと考えています。

研究の背景

私たちが専門とする社会心理学は、「状況の力」が人心に影響するメカニズムを探究する学問です。この研究が始まったのは、中国(武漢)での集団感染が世界中への拡大の様相を見せ始め、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したとはいえ、日本ではまだ感染者がほとんど出ていなかった頃です。そのため、外来かつ確たる治療法やワクチンが存在しない感染症脅威の予兆が徐々に高まる状況に人心がどう動かされるかを知るにはまたとないタイミングでした。

かつて、ノーベル経済学賞を受賞した社会心理学者カーネマンたちは「『アジア病』の突発的発生にどう対処すべきか」という架空の場面を想定させることで人間の意思決定におけるフレーミング効果(何をどう強調するかによって印象が変わり、意思決定に影響する心理現象)を検証しました。彼らが想定させたのと類似した状況が現実に生じたのです。研究に着手した当時の私たちは、その後日本もパンデミック(世界的大流行)に巻き込まれ、1年以上も危機的な状態を経験することになるとは予想だにせず、あくまで外来の脅威に対する人々の反応をリアルタイムに、ただし短期的に観察できると考えていました。

そこで想定したのが、行動免疫という感染症という脅威への反応に関わる心理的システムが発動することが、外国人への態度に及ぼす影響です。人間が疾患に関連する知覚可能な手がかりを検知すると、嫌悪感情が誘発され、知覚された感染源から離れるよう動機づける認知モジュールが駆動されます。これが行動免疫システムです。従来の研究では、このシステムが発動すると、外国人のように日常生活でなじみのない人々に対して排斥的になるという傾向が示されていました。彼らを「自分たちの生活空間にウイルスを持ち込み、感染リスクを高めるかもしれない存在」として位置づけることによる一種の誤作動です。

しかし、先行研究は現実の感染症脅威の影響を扱ったわけではなく、カーネマンたちの研究と同じく架空の場面を想定させて回答を求めたもので、しかも、1時点限りのデータに基づいていました。そこで本研究では、現実社会の感染脅威に対する人々の反応に基づいてこの傾向を改めて検証するために、現実社会に根ざした縦断的なアプローチを採ることにしました。

研究の手続きと分析結果

一般市民(クラウドソーシングサービスの登録者)を対象者として2020年1月31日から2月1日の2日間に第1回のWeb調査を行い、1248名から回答を得ました。この方々にその後も継続して協力を依頼しています。論文で分析対象としたのは2020年3月上旬に行われた第3回までのデータで、その概要と当時の感染禍の状況は以下の表に示すとおりです。社会活動に重大な影響を及ぼす出来事がいくつか発生し、買い占めなど一般市民生活に混乱が見られる一方で、その後の拡大を考えると感染者数は「ごくわずか」と言える段階にありました。

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調査では、新型コロナ感染禍についてどう思うか(関心度、感染確率推測、リスク認知など)、実施している感染予防行動(手洗いなど感染を未然に防ぐ衛生行動と、感染源と思われる対象との接触を避ける回避行動の実施有無)、普段からの(新型コロナに限らず)感染を避けたいという気持ちの強さ、外国人に対する態度(日本に受け入れてよいかどうか)、日常生活で外国人と関わる機会の多さや友人・知人の数、そして回答者の特徴(性別、年代、居住地)など、多岐にわたる質問をしました。

先行研究をふまえて設定し、検証した仮説は以下のとおりです。

【仮説】

  1. 普段から感染を避けたい気持ちが強い人の感染予防行動は新型コロナの感染拡大に影響されないが、弱い人では感染拡大とともに増加する。
  2. 普段から感染を避けたいという気持ちが強い人は、新型コロナの感染が拡大しても外国人に対する態度を変えないが、弱い人では感染拡大とともに態度がネガティブになる。

一般化線形混合モデリングなどを用いた分析の結果、次のようなことがわかりました。

【結果】

  1. 普段から感染を避けたい気持ちが強い人は、弱い人よりも多くの予防行動をとっていたが、弱い人の予防行動が感染拡大と共に増加する傾向は認められなかった。
  2. 普段から感染を避けたい気持ちが強い人の外国人に対する態度は、弱い人よりもネガティブだという傾向が見いだされたが、感染拡大による変化は認められなかった。
  3. 日常生活で外国人と関わる機会が多い人は、感染が拡大しても外国人全般に対する態度があまりネガティブではなかった。ただし、中国人に限定して問うと、外国人と関わる機会の多さによらず、一貫してネガティブな態度が認められた。

つまり、本研究では、普段からの「感染」を避けたい気持ちの強さという「個人差」の影響は認められたものの、そこに感染脅威の拡大という「状況の力」による行動免疫システムの発動プロセスを確認することはできなかった、ということになります。本研究成果は、2021年8月11日(水)に日本心理学会が刊行している学術誌「Japanese Psychological Research」において早期公開されました。

では、こうした結果は、2020年1月末~3月当時の社会心理はまだパンデミックの予兆をさほど感じておらず、「状況の力」が弱かったことによるものなのでしょうか。今のところ、私たちはそうではないと考えています。その手がかりになるのが、その後も継続したパネル調査の結果です。例えば、新型コロナをどの程度の危機的なものととらえているかを示す「リスク認知」の平均値の推移を以下のグラフに示します。リスク認知は「恐ろしさ」と「未知性」の2次元で測定していますが、いずれも1-7の7段階で、1-3が「感じていない」、4がニュートラルで、5-7が「感じている」ことを示します。調査開始当初からの変化を追うと、第1回の緊急事態宣言発出時に上昇が見られるものの、一貫して高い値を示していることが分かります。これほどまでに感染が蔓延した昨今と、あまり変わりがないのです。つまり、調査開始当初に既に大きな「状況の力」がかかっており、行動免疫システムが既に発動していたがゆえに、その後の「変化」を捉えることができなかったのではないか、というのが私たちの解釈です。

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パネル調査は、2021年4月に発足した大阪大学感染症総合教育研究拠点(人間科学ユニット)の研究プロジェクトの一環として現在も継続中です(リリース時点では2021年7月下旬の第14波まで実施済)。私たちの現時点での解釈が正しいかどうかを、パンデミックが収束し、人々が抱く感染脅威が一定程度以下に落ち着いた時のデータと比較することによって検証する必要があるからです。

そして、私たちだけではなく、多くの方々に新型コロナ感染禍における社会心理の推移を推測する手がかりとしていただくため、第1回以降のパネル調査全体の主要項目の平均値の推移グラフをご覧いただけるWebサイト「阪大_COVID-19禍心理・行動・態度推移グラフ」を公開しました。同サイトでは、主要項目(5つまで)の平均値推移を、厚生労働省が公開している感染状況(新規陽性者数)の日別棒グラフと合わせて図示します。また、グラフは画像(PNG)ファイルとして、データはCSVファイルでダウンロードすることができます。

新型コロナ感染禍の早期の収束を待ち望むばかりですが、本研究をはじめとする私たちの成果は、将来のパンデミックに対してレジリエンスな社会・技術基盤の構築にも資するものと確信しています。

特記事項

【論文書誌情報】
タイトル:Effects of Pathogen-Avoidance Tendency on Infection Prevention Behaviors and Exclusionary Attitudes toward Foreigners: A Longitudinal Study of the COVID-19 Outbreak in Japan
著者名:山縣 芽生(やまがた めい)・寺口 司(てらぐち つかさ)・三浦 麻子(みうら あさこ)
雑誌名:Japanese Psychological Research
DOI: https://doi.org/10.1111/jpr.12377

【阪大_COVID-19禍心理・行動・態度推移グラフ】 URL: http://team1mile.mydns.jp:8080/handai-covid19/
【研究プロジェクト関連資料入手先】 URL: https://osf.io/r9kgt/

参考URL

用語説明

パネル調査

特定の対象者に対して、ある期間の間に何度も繰り返しアンケートを行って、その回答を収集する調査手法のこと。同一対象者に継続して回答してもらうことで、個人内の変化を検討できる。