Th1型制御性T細胞の除去は安全にがん免疫を誘導する
研究成果のポイント
- 特定の免疫細胞だけを標識し、さらに除去できる新型マウスの開発に成功
- このマウスを活用し、制御性T細胞(Treg)のサブセットの一つであるTh1-Tregを標識、様々な腫瘍に蓄積していることを発見
- Tregの除去は強い自己免疫をひきおこすことが知られているが、Th1-Tregのみを除去した場合は自己免疫をおこさずにがん免疫を誘導したことから、新規がん免疫療法への応用に期待
概要
大阪大学微生物病研究所の岡本将明 特任研究員(常勤)、山本雅裕教授(免疫学フロンティア研究センター、感染症総合教育研究拠点兼任)らの研究グループは、Tregのサブセットの一つであるTh1-Tregが様々な腫瘍に高度に蓄積すること、さらに、Th1-Tregを選択的に除去すると自己免疫にならずに強いがん免疫を誘導できることを世界で初めて明らかにしました。
制御性T細胞はヘルパーT細胞(Th細胞)を抑制する機能を持つ細胞で、対応するTh細胞によってTh1-Treg、Th2-Treg、Th17-Tregのサブセットに別れます。これまで研究されてきた制御性T細胞(Treg)除去療法では、すべてのTregを除去してしまうため、強い自己免疫をおこし免疫系が自らの組織を攻撃してしまうことが大きな問題でした。
今回、山本教授らの研究グループは、任意の免疫細胞集団を標識し除去できる新型マウス(VeDTRマウス)を開発し、Th1-Tregだけを標識・除去することに成功しました。その結果、Th1-Tregが腫瘍に高度に蓄積していること、また腫瘍形成後にTh1-Tregを除去することによって強いがん免疫が誘導され腫瘍の増大が抑制されることことを発見しました。全Tregサブセットを除去するとがん免疫のみならず、全身性の激しい自己免疫を起こしますが、Th1-Tregに絞った除去はがん免疫の効果はTreg全体の除去と同程度だったにも関わらず自己免疫は起こしませんでした。これにより、Th1-Tregを標的とした安全ながん免疫治療法の開発が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Cell Reports」に、7月13日(木)に公開されました。
研究の背景
私たちの体には腫瘍の形成や病原体の感染に対抗するために免疫系が備わっています。免疫系を担う細胞は抗体を産生するB細胞やそれに抗原の情報を伝えるT細胞、腫瘍や病原体を食べバラバラに分解し抗原ペプチドに分解するマクロファージや樹状細胞などの自然免疫細胞などの様々な亜集団(サブセット)から成り立っています。T細胞もCD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)やCD8陽性T細胞(キラーT細胞)などのサブセットから成り立ち、さらにヘルパーT細胞もTh1、Th2、Th17やTregなどのサブセットから成り立っています。Th1、Th2やTh17は感染の時に免疫系を誘導するCD4陽性T細胞のサブセットですが、Tregは逆にそれらの免疫を抑制しているCD4陽性T細胞サブセットです。腫瘍にはTregが蓄積していることからTregを標的とする様々ながん免疫療法がこれまで考案されています。動物モデルでのTregの除去やヒトでのTregの機能不全によってがん免疫が誘導されるだけではなく、全身性の自己免疫疾患となり、最悪の場合、致死となることが問題です。一方でTreg研究ではTregにTh1-Treg, Th2-Treg, Th17-TregといったTh1(あるいはTh2, Th17)依存的な免疫だけを抑制するサブセットがあることが報告されていました。抗腫瘍免疫ではTh1が重要であることから、Th1-Tregがそのがん免疫を抑制すると想定されていますが、Th1-Tregだけを解析できる適切な手法がなく、Th1-Tregのがん免疫での役割や自己免疫の抑制における役割はよく分かっていませんでした。
研究の内容
山本教授らの研究グループでは、2種類の遺伝子の発現で特徴づけられた任意の細胞集団の標識し除去できる新型マウスシステム(VeDTRマウス)を開発しました(図1)。Th1-TregがFoxp3とTbx21(T-betとしても知られている)の2種類の転写因子の発現で特徴付られることからFoxp3-Cre/Tbx21-Flp/VeDTRマウス(Th1-Tregマウス)を作製したところ、Th1-Tregが特異的に蛍光タンパク質(YFP)で標識され、さらに除去可能になりました(図1)。次に、Th1-Tregマウスを使って、生体内でどこの組織にTh1-Tregが存在しているかフローサイトメトリーで確認したところ、腫瘍内で顕著に多く存在していることを見出しました(図2)。さらにジフテリアトキシン投与によって腫瘍内からTh1-Tregを除去したところ、腫瘍の増殖速度が遅くなり(図3A),さらに、腫瘍内での抗腫瘍免疫反応が高まっていました(図3B)。最後に、Th1-Tregの選択的除去とTreg全体の除去のがん免疫と自己免疫を比較しました。その結果、Treg全体の除去では顕著な体重減少や全身性の強い自己免疫症状を示しましたが、Th1-Tregの除去では体重減少も見られず、また自己免疫症状も示しませんでした(図4A)。また抗腫瘍効果については、Th1-Tregの除去とTreg全体の除去との間で差は認められませんでした(図4B)。以上のことから、Th1-Tregのがん免疫における重要な役割が分かりました。
図1. VeDTRマウスによるTh1-Tregの除去は抗腫瘍免疫を起こすが、自己免疫は起こさない
図2. Th1-Tregは腫瘍に高度に蓄積する
Th1-TregマウスにB16メラノーマ及びMC-38大腸癌を移植した。その結果、特に腫瘍内でTh1-Tregが高度に蓄積していた。
図3. Th1-Tregの除去によって需要増大が抑制され、抗腫瘍免疫が誘導される
(A)Th1-TregマウスにB16メラノーマ移植後10日にジフテリアトキシン(DT)でTh1-Tregを除去後の腫瘍サイズを経時的に計測した。DT投与群では対照群よりも有意に小さかった。
(B)Th1-Treg除去時の腫瘍内のT細胞からの抗腫瘍サイトカイン産生をフローサイトメトリーで計測した結果、対照群よりも抗腫瘍サイトカイン産生が増大していた。
図4. Th1-Tregを除去しても、全身性の自己免疫疾患にならない
(A)全Tregを除去したマウスでは肝臓と肺で高度の炎症細胞の浸潤が見られた(←)。Th1-Tregを除去したマウスでは見られず、対照群と変わらなかった。
(B)全Treg除去マウスとTh1-Treg除去マウスで腫瘍サイズの増大に差は見られなかった。これはTh1-Treg除去で全Treg除去と変わらない効果が得られることを意味している。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、Th1-Tregの除去が自己免疫の起きない安全性の高い新規がん免疫療法となることが期待されます。また、本研究で開発されたVeDTRマウスはTregサブセットにとどまらず、他の免疫細胞や、理論的には様々な分野での任意の細胞集団を標的化でき、高い生物学的波及効果が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2023年7月13日(木)に米国科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“A genetic method specifically delineates Th1-type Treg cells and their roles in tumor immunity”
著者名:Masaaki Okamoto, Miwa Sasai, Ayumi Kuratani, Daisuke Okuzaki, Masaya Arai, James B Wing, Shimon Sakaguchi and Masahiro Yamamoto
DOI:10.1016/j.celrep.2023.112813.
なお、本研究は、JST創発的研究推進事業「次世代型免疫細胞サブセット解析手法の開発とその実装」の一環として行われました。
参考URL
大阪大学微生物病研究所 感染病態分野(山本研)
https://immpara.biken.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- 制御性T細胞(Treg)
獲得免疫系のT細胞のサブセットの一つで、獲得免疫系のブレーキ役。Tregが無くなると自己免疫疾患になる。転写因子Foxp3を特異的に発現する。
- がん免疫
抗腫瘍免疫ともいわれる。がん(腫瘍)に関する免疫系のこと。腫瘍内にはがん免疫を担う免疫細胞のみならず、がん免疫を抑制する免疫細胞も蓄積していることが分かっており、これらを標的とした新規のがん免疫療法の開発が世界的に競争になっている。
- ヘルパーT細胞(Th細胞)
CD4+細胞/CD4陽性細胞としても知られる。獲得免疫系で重要な役割を果たすT細胞の一種で、B細胞など他の免疫細胞の活動を助ける。Th1細胞、Th2細胞、Th17細胞の3つの主要なサブセットに分かれる。
- ジフテリアトキシン
細菌の毒素の一つで、ヒトやサルには毒性が強いが、マウスでは毒性が低い。マウスでヒト型のジフテリアトキシン受容体(DTR)を発現させると高感受性となる。これを利用して、特定の細胞でだけDTRを発現させて、ジフテリアトキシンで除去する方法が良く使われている。