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日本の超強毒型トキソプラズマは中南米産と同じルーツ

日本の超強毒型トキソプラズマは中南米産と同じルーツ

極東アジアのトキソプラズマの全ゲノム構造を高精細に解明

2024-5-22生命科学・医学系
微生物病研究所教授山本雅裕

研究成果のポイント

  • 新型ゲノム解析ツール「POPSICLE」を共同開発:病原体のゲノム構造を直感的に視覚化。
  • 日本のトキソプラズマが示す遺伝的リンク:北米・中南米の系統と遺伝的繋がりを発見。
  • 沖縄における新型超強毒株の産出機構:日本の公衆衛生に対する脅威、迅速な対策が急務。

概要

世界人口の約30%が感染しているといわれているトキソプラズマは、症状の強さなどその病原性が地域によって大きく異なり、一部では1000倍以上の差があります。これまで日本のトキソプラズマに関する詳細なゲノム研究は行われておらず、日本にいるトキソプラズマの危険性やどこが由来なのか(つまり、起源)についてはよく分かっていませんでした。

大阪大学微生物病研究所の猪原史成招へい研究員(研究当時 助教)と同研究所教授の山本雅裕教授(免疫学フロンティア研究センター、感染症総合教育研究拠点兼任)は、革新的な解析ツール「POPSICLE」を駆使し、岐阜大学応用生物科学部・高等研究院One Medicineトランスレーショナルリサーチセンターの高島康弘准教授を始めとする複数の研究機関によって収集された日本の合計15株のトキソプラズマの全ゲノム構造を高精細に解析することに成功しました。その結果、日本のトキソプラズマ集団は、ユーラシア大陸および南北アメリカ大陸の系統との間で独自の遺伝的混血が進んでいることが判明しました。特に注目すべきは、沖縄で確認された新型超強毒株が、中南米系統と同じルーツを持つ弱毒型株と、本土由来とみられる弱毒型株との交雑によって生じ、その病原性が著しく強くなっていることが示唆される点です。この発見は、トキソプラズマが日本国内で静かにそのリスクを拡大していることを示しており、我が国における迅速な公衆衛生医学的対策の必要性を明確にしています。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、5月22日(水)18時(日本時間)に公開されました。

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研究の背景

トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)は、免疫機能の低下した患者に致死的な肺炎や脳炎を引き起こし、妊娠中の女性においては流産や先天性障害の原因となる寄生虫です。この寄生虫はネコ科動物を唯一の終宿主とし、ヒトを含むほぼ全てのほ乳類や鳥類が中間宿主として感染します。一度感染すると、トキソプラズマは宿主の神経や筋肉細胞に「シスト」と呼ばれる囊胞を形成し、持続的な潜伏感染を続けます。健康な免疫システムを持つヒトには通常無害であるとされていますが、近年、慢性感染は動物の行動に影響を及ぼすことが示され、ヒトにおいても精神疾患のリスク増加や自傷行為、交通事故のリスクが高まるとの報告がされています。

これまでの研究では、トキソプラズマの病原性が遺伝的特性により大きく異なることが確認されています。2016年の米国グループの研究により、トキソプラズマは16のハプログループ(HG)に分類されています。その中でも、HG1は強毒型で、1虫体の感染でマウスが死亡します。一方、HG2やHG3は比較的弱毒型であり、マウスの半数致死量は1,000虫体以上です。欧州、中東、北米で一般的なHG1-3の系統が本寄生虫の分子生物学的な研究のほとんどを占めていますが、アフリカ、アジア、南アメリカでは遺伝的に大きく異なる系統が存在します。特に中南米に見られるトキソプラズマは、正常な免疫機能を持つヒトにも視力障害や肺炎を引き起こすケースが報告されており、その病因はまだ解明されていません。

沖縄で10年ほど前に発見された「沖縄4」株は、強毒型のHG1と同様の病原性タンパク質を持ちつつも、遺伝学的には異なる特性を示し、さらに毒性としてもマウスのみならず大動物であるブタを死亡させることができる超強毒型です。沖縄では、トキソプラズマによる家畜の感染症が頻発しており、全国の報告のほぼ100%を占め、ヤギ肉の生食もヒトへの感染リスクを高めています。2005から2014年の間に沖縄で報告されたヒトの眼トキソプラズマ症は207件に上ります。これらのデータは、本土と異なり沖縄には高リスクのトキソプラズマ株が存在することを示唆していますが、沖縄を含む日本のトキソプラズマ株の詳細なゲノム解析はこれまで行われておらず、沖縄4株のような超強毒型の起源(ルーツ)は謎です。そこで本研究の目的は、日本産トキソプラズマ集団の遺伝学的特徴を、それらの全ゲノム配列とその構造を高精細に解析し明らかにすることによって、地域固有のリスクを正確に評価し、効果的な対策を立てるための基盤を築くこととしました。

研究の内容

本研究では、日本国内のトキソプラズマ株とデータベースに登録されている世界各地の65株のゲノムを比較分析しました。遺伝的解析の結果、日本のトキソプラズマは欧米で広くみられるHG2のゲノムを持ちながら、他の系統との顕著な遺伝的混血が見られました(図1)。特に注目すべきは、沖縄で特定された超強毒型の【沖縄4】株で、さらに多様な遺伝的混血を持つことが判明しました。また、弱毒型である【沖縄5】株は中南米でのみ見られるHG15と類似していることが明らかになりました。

さらにアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のGrigg博士と共同で開発した「POPSICLE」というツールを使用して、トキソプラズマの全ゲノムの組換え構造を視覚化し直感的にとらえることに成功しました(図2)。その結果、日本で広く見られる混血株がHG2(黄)、中国に分布するHG13(赤)、そして未知の系統(ピンク)から構成されていることが確認されました。さらに、未知の系統の起源が北アメリカ大陸に存在する系統であることが推測され、日本本土のトキソプラズマと、中国(ユーラシア大陸)および北アメリカの系統間での大陸を跨いだ独自の遺伝的交流が明らかとなりました。

続く【沖縄5】株の詳細な全ゲノム構造分析では、中南米のHG15と類似した祖先構成が見られましたが、独自の祖先系統(シアン)のゲノムが大きな割合を占めることが新たな発見です。この祖先系統(シアン)は実質的に中南米の2株にしか見られず、沖縄固有のトキソプラズマと中南米型株との遺伝的な繋がりが確認されました。さらに、超強毒型【沖縄4】株は、弱毒型である日本土着の系統と、中南米産系統と類似している弱毒型の【沖縄5】の交雑から生じていることが強く示唆されました(図3)。また、【沖縄5】株のゲノムの40%を占める祖先系統(シアン)が中南米では断片化した形跡のみで確認され、中南米のトキソプラズマの一部が東アジアに起源を持つ可能性が示唆されました。
以上から本研究は、日本のトキソプラズマが北米や中南米にいるトキソプラズマと同じ遺伝的ルーツを持っているという大陸を跨いだ繋がりを明らかにしただけではなく、沖縄では本土型(弱毒)と中南米型に似た沖縄株(弱毒)の合体した沖縄4株のような超強毒の新型トキソプラズマが生じていることを示唆しています(図3)。

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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今後の研究では、POPSICLEを用いて、未解析の地域、特に東南アジアのトキソプラズマゲノムを調査し、アジアと北米・中南米のトキソプラズマ間の遺伝的な繋がりを深く理解することによって、未だ不明な点が多いアジアのトキソプラズマと他の地域との繋がりが明らかになると考えられます。

トキソプラズマは遺伝的特性によって病原性が大きく異なるため、地域固有の株の特性を理解することは、効果的な対応戦略を開発するために重要な情報です。この研究によって得られた知見をもとに、沖縄の超強毒型トキソプラズマと人間の病気との関連を調査し、他の地域、特に日本本土への本系統の拡散を防止するための監視体制の構築・強化が求められます。総じて、本邦での遺伝的に多様なトキソプラズマが生じる独特なメカニズムに基づいて、日本のトキソプラズマ症の予防および管理の方法を再考する必要があることを問題提起する点が本研究成果の社会的意義です。

特記事項

本研究成果は、2024年5月22日(水)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Far-East Asian Toxoplasma isolates share ancestry with North and South/Central American recombinant lineages.”
著者名:Fumiaki Ihara, Hisako Kyan, Yasuhiro Takashima, Fumiko Ono, Kei Hayashi, Tomohide Matsuo, Makoto Igarashi, Yoshifumi Nishikawa, Kenji Hikosaka, Hirokazu Sakamoto, Shota Nakamura, Daisuke Motooka, Kiyoshi Yamauchi, Madoka Ichikawa-Seki, Shinya Fukumoto, Motoki Sasaki, Hiromi Ikadai, Kodai Kusakisako, Yuma Ohari, Ayako Yoshida, Miwa Sasai, Michael E. Grigg, and Masahiro Yamamoto
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-024-47625-6

なお、本研究は、AMED 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 令和5-7年度 「日本のトキソプラズマとクリプトスポリジウムが起こすヒト胞子虫類原虫症の病態理解・感染実態把握・制御に向けた総合的研究開発」の一環として行われました。また本研究は、沖縄衛生環境研究所、岐阜大学、岡山理科大学、鹿児島大学、帯広畜産大学、千葉大学、岩手大学、北里大学、北海道大学、宮崎大学との国内共同研究およびアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)との国際共同研究の成果です。

参考URL

大阪大学微生物病研究所 感染病態分野(山本研)
https://immpara.biken.osaka-u.ac.jp/

山本雅裕教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0b3a8cfc76bb6001.html

用語説明

ゲノム

1個体が持つすべての遺伝情報

POPSICLE

POPSICLE(英語で元々、カラフルな「ペロペロキャンディー」の意味)は各株のゲノムを10,000塩基ずつのブロックに分割し、1ブロックごとに遺伝子配列の傾向を解析することで、そのブロックがどの祖先系統に分類するかに応じて色を割り当てます。全ゲノムの祖先系統を解決することで、特定の株の遺伝的な構成を可視化することができます。POPSICLEのプロットは要素の異なる3つのパーツによって構成されます。上部は、10,000塩基ごとに割り当てられた祖先系統の色を順番に並べることで具体的なゲノムの混血構造を示しています。中央部は、系統ごとに集計された割合を示しています。下は各株の主要な祖先系統に対して1色を割り当てます。このようにPOPSICLEによって、無機的な文字列でしかない全ゲノム構造をあたかも「ペロペロキャンディー」のようにカラフルに示すことで、直感的にとらえることが可能になります。

ハプログループ(HG)

遺伝的によく似た集団のあつまり