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結核菌とたたかう新たな細胞を発見

結核菌とたたかう新たな細胞を発見

BCGワクチンに代わる予防法に期待

2025-1-20生命科学・医学系
微生物病研究所教授山﨑 晶

研究成果のポイント

  • 結核菌の持つ糖脂質であるトレハロースモノミコレート(TMM)を認識する新たな自然免疫型T細胞を発見した。
  • このT細胞の受容体(TCR)は特徴的な配列を持ち、人種を問わず広く共有されていることがわかった。
  • このT細胞は結核菌が感染した細胞を殺す作用を持ち、結核感染防御に働いていることが示唆された。
  • 結核ワクチンへの利用や、結核及びその他の抗酸菌症の治療への応用に期待。

概要

大阪大学大学院生命機能研究科 坂井由葵さん(博士課程)、大阪大学微生物病研究所 麻実乃莉 特任研究員(常勤)、山﨑晶教授(免疫学フロンティア研究センター(IFReC)、感染症総合教育研究拠点(CiDER)、先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター(CAMaD)兼務)らの研究グループは、結核菌が持つ特有の糖脂質であるトレハロースモノミコレート(TMM)を認識するT細胞を発見しました。

結核菌(M. tuberculosis)は厚い脂質外膜で覆われており、宿主はそれらの特有の脂質を標的とする免疫系を発達させてきました。一部の結核菌脂質を認識する自然免疫型T細胞が存在することはこれまでに報告がありますが、分化過程や機能などを含めその全貌はわかっていません。

今回、研究グループは、ヒト末梢血単核細胞(Peripheral blood mononuclear cells; PBMC)を結核菌の総脂質で刺激するスクリーニング法により、結核菌外膜に多く存在するトレハロースモノミコレート(TMM)を特異的に認識するT細胞を見出しました。TMMは、自然免疫受容体Mincleを介してアジュバント活性を持つことはこれまでに知られていましたが、CD1b分子拘束性のT細胞の抗原でもあることが初めてわかりました。さらに、このT細胞は多くの人が共通して持つ、結核菌に対して予め配備されたT細胞サブセットであることが示唆されました(図1)。TMMは1つの分子でアジュバント作用とT細胞を活性化する作用の両方を兼ね備えていることから、新規機序の脂質ワクチンに利用できると考えられます。

本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Clinical Investigation」(オンライン)に、12月24日に公開されました。

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図1. TMMを認識する自然免疫型T細胞は結核菌感染防御にはたらく

研究の背景

結核は現在も世界人口の約1/4が潜在感染しているとされる感染症で、薬剤耐性菌を生まないための効果的なワクチン及び治療薬の開発が望まれています。結核菌は特有の厚い脂質に覆われた細胞壁を持ち、ヒトの肺胞マクロファージなどに感染して何年も潜伏しますが、これに対抗するため宿主は結核菌脂質に対する免疫反応を発達させてきました。多くの結核菌脂質は自然免疫受容体のリガンドであり、アジュバントとして抗体産生などの獲得免疫応答を増強することが知られています。一方で、一部の結核菌脂質を認識するT細胞が存在し、それらのT細胞は、多型のない抗原提示分子に提示された非ペプチド抗原を認識する自然免疫型T細胞であると言われてきましたが、その全貌はわかっていません。

研究の内容

研究グループは、健常者由来のヒトPBMCを結核菌の総脂質で刺激し、増殖したT細胞のシングルセルTCR シークエンス(scTCR-seq)を読んで得られた44個のTCR配列をレポーター細胞に導入して、GFPとCD69を指標としたアッセイを行い、総脂質に強く反応する新規のTCR ”Y-50”を見出しました(図2)。続いて、総脂質を薄層クロマトグラフィー(TLC)で分画し、16フラクションの活性を調べたところ、Fr2が活性画分であることがわかりました。結核菌脂質のTLC分画のこれまでの知見とFr2の質量分析の結果より、Y-50が認識している脂質抗原はトレハロースモノミコレート(TMM)であると同定しました(図3)。さらに、TMMをY-50 T細胞に提示している抗原提示分子はCD1bであることを明らかにしました。

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図2. 結核菌総を認識するT細胞を非感染者から発見

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図3. Y-50細胞が認識する結核菌抗原は脂質であった

クライオ電子顕微鏡により、TCR(Y-50)-TMM-CD1bの三者複合体の構造解析を行なったところ、Y-50 TCRがどのように抗原脂質と抗原提示分子を認識しているのかを明らかにすることができました。Y-50は特徴的なTCRの抗原認識部位(CDR3)の配列を持っており、α鎖のCDR3αには正電化を持つ極性アミノ酸が多く存在し、これらがトレハロースの水酸基とミコール酸の水酸基を認識していることがわかりました。一方、β鎖のCDR3βのアミノ酸は非常に長いという特徴があり、かさ高いトレハロースへの認識に適した構造を持っていることが示唆されました(図4)。

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図4. Y-50細胞は特徴的な受容体配列でCD1bに提示された結核菌脂質をつかんでいた

ビオチン化したCD1bタンパクにTMMを乗せて4量体化したTMM-CD1b-テトラマーを作成し、テトラマーを用いて色々な人の血液検体中にTMMを認識するT細胞が存在するか調べたところ、日本人及び北米人の健常者からテトラマーに結合するT細胞が検出されました。TCR配列はY-50と全く同じではないものの、よく似た配列モチーフを有していることがわかりました(図5)。また、シングルセル解析の結果から、テトラマー陽性T細胞はCD4陽性でエフェクターメモリー(TEM)の性質を持つことが示唆されました。

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図5. 類似した受容体構造を持つTMM反応性細胞が異なる人の間で共有されていた

Y-50 T細胞の遺伝子発現の特徴を抗原刺激ありとなしで比較すると、刺激がない状態ではエフェクターメモリー、TMM刺激後には細胞傷害活性を持つことから、感染時に菌を殺して生体防御に寄与している可能性が示唆されました(図6)。さらに結核患者由来のPBMCから検出されたテトラマー陽性細胞数は、健常者と比較して有意に多かったことからも、TMMを認識するT細胞は感染時に増加して菌の排除に関わっていると考えられます。

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図6. TMM反応性T細胞は結核感染に伴って増殖・活性化し、感染細胞を殺す性質を獲得する

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

TMMはアジュバントとして知られていましたが、T細胞の抗原でもあることが本研究で明らかとなりました。加えて、CD1b拘束性のT細胞は個人のMHC型に依らず同じ抗原で活性化することができる利点があります。したがって、1つの分子で自然免疫と獲得免疫を双方活性化するという、これまで考えられていたアジュバントの作用機序とは異なる新規機序で、効果的に結核ワクチンに利用できる可能性があると考えています。さらに、抗原刺激等によりこのT細胞を体内に増やすことで、結核及びその他の抗酸菌症において治療的に応用できることも期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年12月24日(火)に米国科学誌「The Journal of Clinical Investigation」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“A conserved human CD4+ T cell subset recognizing the mycobacterial adjuvant, trehalose monomycolate”
著者名:Yuki Sakai, Minori Asa, Mika Hirose, Wakana Kusuhara, Nagatoshi Fujiwara, Hiroto Tamashima, Takahiro Ikazaki, Shiori Oka, Kota Kuraba, Kentaro Tanaka, Takashi Yoshiyama, Masamichi Nagae, Yoshihiko Hoshino, Daisuke Motooka, Ildiko Van Rhijn, Xiuyuan Lu, Eri Ishikawa, D. Branch Moody, Takayuki Kato, Shinsuke Inuki, Go Hirai and Sho Yamasaki
DOI:https://doi.org/10.1172/JCI185443

本研究は、科学研究費補助金研究 学術変革領域研究(A)(JP22H05183)、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(JP21gm0910010)、日本医療研究開発機構 先進的研究開発センター(AMED SCARDA)ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点)」(JP223fa627002)などの支援を受け、帝塚山大学、国立感染症研究所、複十字病院、九州大学、京都大学、ハーバード大学の共同研究チームによって実施されました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

糖脂質

糖と脂質が結合した分子で、生体膜の構成成分として重要な役割をもつ。糖脂質は、特に細胞膜の外側で見られ、細胞間の認識やシグナル伝達に関与する。

自然免疫型T細胞

T細胞は一般に、遺伝子再構成により約107通りにもおよぶ多様な配列のTCRで様々な外来抗原のペプチド断片を認識して、キラーT細胞あるいはヘルパーT細胞としてはたらくが、自然免疫型T細胞のTCRは多様性に乏しく、TCRを自然免疫系の受容体(パターン認識受容体)のように用いて、非ペプチド性抗原を認識し、素早い免疫応答を起こすことが特徴である。近年は、CD1d拘束性のNKT細胞やMR1拘束性のMAIT細胞がよく研究されている。

参考:2024年1月26日プレスリリース

自然免疫のように働くT細胞「MAIT細胞」の自己抗原を発見

捨てられるべき対象を再利用して免疫細胞を分化・維持する戦略を明らかに

https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240126_1

ヒト末梢血単核細胞(Peripheral blood mononuclear cells; PBMC)

血液中に含まれる単核の白血球の総称で、免疫応答において重要な役割を果たす細胞群。リンパ球や単球などの免疫細胞を含み、研究や診断で広く利用されている。

スクリーニング法

目的とする細胞や分子を効率的に選び出すための手法。本研究では、ヒト末梢血単核細胞(Peripheral blood mononuclear cells; PBMC)を結核菌の総脂質で刺激し、免疫応答を引き起こすT細胞を探索、この手法は、特定の抗原(結核菌の総脂質)に応答する免疫細胞を識別するためのアプローチとして用いている。

Mincle

Macrophage-inducible C-type lectin(マクロファージ誘導性C型レクチン)。免疫細胞表面に存在するC型レクチン受容体(糖鎖を認識する受容体。結合がカルシウム依存性であるため「C型」と呼ばれる)の一種で、病原体認識や免疫応答の調節に重要な役割を果たす。主にマクロファージや樹状細胞、単球などの免疫細胞に存在する。

アジュバント

ワクチンの効果を高めるために添加される物質のこと。アジュバントは自然免疫細胞(マクロファージや樹状細胞)を刺激し免疫系を活性化することで、B細胞による抗体産生やT細胞応答を促進するはたらきを持つ。動物に使われる強力なアジュバントとして、結核菌死菌を含む完全フロイントアジュバント(CFA)が知られている。

CD1b分子

ペプチド抗原はMHC分子に提示されるのに対し、脂質抗原を提示する分子としてCD1ファミリーが知られている。CD1a〜d分子は、抗原を載せられるポケットの大きさや形が異なり、生体内での局在もそれぞれ異なる。ヒトCD1b分子は主に成熟した樹状細胞で発現が高いとされており、in vitroではGM-CSF(顆粒球マクロファージコロニー刺激因子)で刺激した単球にも発現誘導される。

シングルセルTCR シークエンス(scTCR-seq)

次世代シーケンサー(NGS)により、1細胞ごとのTCR遺伝子配列を読むことができるようになった。バルクTCR-seqと異なり、1つのTCRのα鎖とβ鎖の遺伝子の組み合わせを知ることができる。