クローン病を悪化させる免疫細胞を同定

クローン病を悪化させる免疫細胞を同定

腸粘膜に長期に留まる記憶T細胞が炎症を増悪させる

2022-12-27生命科学・医学系
医学系研究科教授竹田潔

研究成果のポイント

  • クローン病患者の腸管では、CD4陽性の組織常在性記憶T細胞が増加していることを発見。
  • クローン病患者において増加する組織常在性記憶T細胞は炎症性・組織傷害性の性質を有していた。
  • CD4陽性組織常在性記憶T細胞は腸管上皮細胞の近傍に局在し、IFN-gの分泌を介して上皮細胞を直接傷害し、病態を悪化させる。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の横井健人医師(大学院医学系研究科博士課程)、村上真理助教、竹田潔教授(大学院医学系研究科/免疫学フロンティアセンター)らの研究グループは、指定難病であるクローン病患者の腸管で増加し、病態を悪化させる組織常在性記憶T細胞を同定しました(概念図)。

クローン病は消化管に慢性の炎症を引き起こす疾患で、その発症にはCD4陽性ヘルパーT(Th)細胞の過剰な免疫応答が寄与していると言われています。その中でもクローン病ではIFN-gやIL-17を分泌するTh1やTh17の関与が指摘されてきましたが、病因となるTh細胞の詳細なプロファイルやマーカーは明らかではありませんでした。研究グループは外科的に切除されたクローン病、潰瘍性大腸炎、大腸がんの腸管検体を用いて、患者さんの大腸粘膜に含まれるT細胞を単一細胞解析技術を用いて網羅的にプロファイリングしたところ、以下のことが明らかになりました。

・クローン病では特にCD4+ CD103 CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞が有意に増加していましたが、潰瘍性大腸炎では逆に減少していました。
・CD4陽性の組織常在性記憶T細胞は疾患ごとに性質が異なり、クローン病の腸管だけに発現する細胞集団があることが明らかになりました。
・クローン病だけにみられる組織常在性記憶T細胞は、クローン病の腸環境下で増加することが知られるサイトカインによって刺激され、細胞傷害性の顆粒やIFN-gなどの炎症性因子を分泌することが明らかになりました。
・組織常在性記憶T細胞は、腸管上皮細胞の近傍に局在し、腸管上皮を直接傷害することが明らかになりました。
・クローン病患者のうち、この細胞集団の割合が多い人と少ない人を比較したところ、多い人の方が手術直前の血液検査の炎症所見が高く、臨床の重症度を示すスコアも有意に高いことがわかりました。

本研究成果によって、クローン病の病因となるT細胞が明らかになりました。本研究によって明らかになったクローン病の病態に関わる組織常在性記憶T細胞のマーカーは今後、炎症性腸疾患の治療標的として重要な候補因子となることが期待されます。

本研究成果はProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (2022年12月27日 オンライン版)に掲載されました。

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概念図. クローン病罹患者の腸管では炎症性のCCR5CD161CD103CD4組織常在性記憶T細胞(病原性TRM)が上皮細胞近傍に局在し、クローン病腸管環境下で豊富なサイトカインに刺激され、炎症性の因子を分泌し、炎症細胞をさらに活性化するとともに上皮細胞を傷害して病態を悪化させる。

研究の背景

炎症性腸疾患は、消化管に慢性の炎症が起こり寛解と再燃を繰り返す原因不明の難治性疾患で、クローン病と潰瘍性大腸炎という2つの疾患の総称です。クローン病と潰瘍性大腸炎は互いによく似た臨床症状を示す一方で、それぞれが特徴的な症状や病態を呈します。近年、炎症性腸疾患の治療薬の開発が進み、特に抗TNFa抗体製剤をはじめとする分子標的薬の参入により寛解導入率は飛躍的に改善しました。しかしながら、クローン病では腸管の狭窄や瘻孔、潰瘍性大腸炎では炎症性発癌など長期的予後に関する多くの課題が残されており、長期予後の改善が新たな治療目標となりつつあります。

炎症性腸疾患はTh細胞の過剰な活性化により誘導されますが、炎症慢性化のメカニズムや再発時の免疫応答発動の端緒となる因子については明らかになっていません。組織常在性記憶T細胞は、末梢のバリア組織に動員された後、長期間にわたって炎症局所に滞在する細胞です。そのため炎症の遷延化や慢性化との関連が示唆されますが、炎症性腸疾患の病態との関わりは解明されていませんでした。

研究の成果

今回、研究グループでは、クローン病、潰瘍性大腸炎、大腸癌にて外科的に切除された腸管検体各群26例の腸管粘膜固有層より免疫細胞を単離し、24種類の細胞表面マーカーに対する抗体を用いたマスサイトメトリーにて網羅的にT細胞の解析を行いました。大腸癌周囲の正常粘膜部位をコントロールとして使用しました。クローン病腸管ではCD4 CD103 CD161 CCR5組織常在性記憶T細胞が有意に増加していた一方、潰瘍性大腸炎の腸管ではこのT細胞は減少し、CXCR5陽性の濾胞ヘルパーT細胞が有意に増加していました (図1)。

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図1. マスサイトメトリーによるT細胞サブセット解析
A. クローン病ではCD4CD103CD161 CCR5組織常在性記憶T細胞(図中の#1)が増加し、潰瘍性大腸炎では濾胞ヘルパーT細胞(#12)が増加していた。
B. CD4T細胞に占めるCD4CD103 CD161 CCR5組織常在性記憶T細胞の割合。

臨床所見との関連でCD4+ CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞の比率と臨床的活動性の指標(IOIBD スコア)には正の相関が認められました。また、CD4+ CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞の割合の高いCD患者群では低いCD患者群に比較して術前血清CRP値が有意に高いことが明らかになりました。

次にクローン病、潰瘍背大腸炎、コントロール腸管のT細胞のシングルセルRNA-seq解析を行いました。決定木分析ではCD4+ CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞の遺伝子発現パターンは他のCD4T細胞サブセットよりもCD8T細胞サブセットに類似し、自然免疫様および細胞傷害性のパスウェイを高く発現していました。さらに研究グループはCD4+ CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞の中にクローン病の腸管にきわめて特異的に発現するT細胞集団を見出しました。このクローン病腸管に特異的なT細胞集団はNKG6KLRG1GZMGNLYなどの細胞毒性に関連する多くの遺伝子を高発現し、またIFNGTBX21CCR5 などのTh1細胞関連遺伝子の発現も有意に上昇していました(図2)。

さらに、CD4+ CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞を単離し、炎症性腸疾患の腸粘膜で増加していることが知られるIL-12、IL-18、IL-7, IL-15による刺激やPMA/ionomycin刺激を行ったところ、他のCD4T細胞にサブセットよりも鋭敏に反応し、IFN-gやIL-2などTh1型のサイトカインを有意に高く分泌しました。

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図2. シングルセルRNA-seq解析によるCD161 CCR5 CD103 CD4組織常在性記憶T細胞の解析
A. クローン病に特異的なクラスター(図中のC3)が存在する。
B. クローン病特異的なクラスター(C3)では細胞傷害性顆粒GZMAIFNGを高発現する。

クローン病腸管の組織学的な評価を行ったところ、CD4+ CD103+組織常在記憶T細胞は、腸管上皮細胞に接する形で粘膜固有層に集簇していました(図3A)。空間的な特徴も炎症の惹起に寄与している可能性が考えられたため、次にヒト腸管上皮細胞から作成したオルガノイドとCD4+ CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞をIL-12、IL-18、IL-7、 IL-15刺激下で共培養し、細胞傷害性を調べました。サイトカイン刺激群では非刺激群と比較し、有意に培養上清中のLDHが上昇するとともにオルガノイドの傷害スコアが上昇しました。また、この反応はIFN-gに対する中和抗体を加えることにより有意に抑制されました(図3B,C)。

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図3. CD4+ CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞は上皮オルガノイドを傷害する
A. CD4+CD103+組織常在性記憶T細胞の局在。
B. ヒト腸管オルガノイドとクローン病T細胞(CD4CD103+ CD161+ CCR5+組織常在性記憶T細胞)を共培養した時の培養上清中のLDHを測定。 
C. IFN-g中和抗体を加えた時のLDHを測定。

これらの結果から、クローン病では強い組織傷害性と向炎症性の疾患特異的なCD4陽性組織常在性記憶T細胞が出現していることが明らかになりました。さらに、その病原性の主体となる刺激因子、分泌因子および発現マーカーが明らかになりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で見出されたT細胞を規定するマーカーについては、炎症因子との相関をさらに絞り込むことで、治療標的の候補としての応用が期待されます。また本研究の炎症性腸疾患の病態に関する包括的な解析は、この疾患の根底にある分子メカニズムの解明への道を開くものであると考えられます。

特記事項

論文情報】
【掲載誌】 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (2022年12月27日 オンライン版)
【タイトル】 Identification of a unique subset of tissue-resident memory CD4+ T cells in Crohn’s disease
【著者名】Takehito Yokoi♯ , Mari Murakami♯, Takako Kihara, Shigeto Seno, Mitsuru Arase, James B. Wing, Jonas N. Søndergaard, Ryuichi Kuwahara, Tomohiro Minagawa, Eri Oguro-Igashira, Daisuke Motooka, Daisuke Okuzaki, Ryota Mori, Atsuyo Ikeda, Yuki Sekido, Takahiro Amano, Hideki Iijima, Keiichi Ozono, Tsunekazu Mizushima, Seiichi Hirota, Hiroki Ikeuchi, Kiyoshi Takeda* (♯; equal contribution, *; correspondence)

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED―CREST)「腸内微生叢の宿主共生と宿主相互作用の解明」、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤A「腸内細菌叢由来の生理活性を有する代謝物の同定」、日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究「炎症性腸疾患の新規バイオマーカーの探索と個別化医療へ応用」より支援を受けて実施されました。

用語説明

クローン病

炎症性腸疾患の一つで過剰な免疫応答により、消化管に慢性の炎症を引き起こし、出血、下痢、体重減少、発熱などの症状をひきおこす。口腔から肛門まで消化管のあらゆる部位に発症しうるが、小腸と大腸が主病変である。根治療法は現時点で存在しない。

組織常在性記憶T細胞

感染や炎症で末梢粘膜組織に動員された後、長期にわたって組織に常在し、局所の免疫記憶を担うT細胞。

ヘルパーT(Th)細胞

樹状細胞やマクロファージなど抗原提示細胞から受けた抗原情報に反応し、免疫応答を誘導する因子を分泌したり、B細胞に働きかけて抗体産生を促したりするCD4陽性T細胞。サイトカインの分泌能によりTh1、 Th2、 Th17に分類される。

マスサイトメトリー

金属元素で標識された抗体を用い、単一細胞レベルで30種類以上の蛋白質を同時に測定する手法。

シングルセルRNA-seq解析

次世代シークエンスを用いて単一細胞あたりに含まれる遺伝子の発現を解析する手法。